私が幼稚園の頃、左利きを右利きに直されたので、どもりが出た。
びっくりした親に、私は新宿戸山にあった言語障害センターに連れて行かれ、言語療法士のお姉さんの治療を受けた。
まあ、幼い子供は優しいお姉さんが好きだ。
私はそのお姉さんが自分だけのものだと思っていた。
が、あることがきっかけで、「私が彼女の患者」であり、ほかの児童にも優しくしていたことを知り、幼心に私は傷ついた。
それからだ。
私が私にとっての特別な女性を作ることを諦めたのは。
特別な女性を作っても裏切られる。
私だけの女性は存在しない。
幼心に心にダメージを受けた。
怖いよ。
未だに怖いよ
特別な女性を選んで聖別するのは。
こわかったんだ。こわいんだ。
ただ一人を愛して、裏切られたり、死なれたりするのが。
私が傷ついた話をだらだらと書いても詮無きこと。
ただ、私の道の跡をたどる人たちが、前車の轍を踏まないことを願うのみ。
スペシャルトゥーミー
言い換えればバイブルの神を私たちをスペシャルトゥーミーというのと同様に、私がある神をスペシャルトゥーミート選ぶということ。
実はギリシャの都市、アテナイも、ポセイドンを神とするか、バラスアテナを神とするか迷ったそうな
その中で、ユダヤ人たちはバイブルの神を選び、アテナイの人たちもアテナを選んだ。
選ぶ。
実は誰が好きかじゃなくて、誰を選ぶかが大事になのかもしれない。
このぐらいにしておこう。
それではおやすみなさい。