生まれてこの方、楽しいと思ったことなんて、一度もなかった。
人に小馬鹿にされいじめられてきた半生。
その埋め合わせに、なんか楽しいことが待っていると思って生きてきたけどもう限界。
俺みたいな半生を送ってきた人に、冥土の土産に楽しい思いをさせてあげたいと思う優しい人は、父親の最晩年にそうしてあげた母と妹。
その母だって、不肖の息子である私のせいで孫の顔すら見られない有様です。
そもそも神が慈悲なる存在だったら、こんな運命を人に背負わせることなんかあり得ない。
そもそも阿弥陀が慈悲のある存在だったら、死んだ後に極楽浄土に送るんじゃなくて、今すぐ弥陀を信じる人を、すべて極楽に往生させろと言いたい。
そもそも赤の他人であるエホバや弥陀の言っていることなんて信じられるわけないじゃないですか。
死んだ後じゃなくて、今すぐ俺を救ってみろ、不幸な人たちを救ってみろと言いたい。
それでも五体満足で、三度の飯にありついているじゃないかというのは、そういえばそうですが、これは単なる神や弥陀の弁護。
神や弥陀の弁護を始めた時点で、その教えは何の力もないアヘンなんです。
なんかね、俺自身つらい分、つらく悲しい思いをしている人たちをよくしてあげたいと頑張ってきたけど、もう我慢の限界だし、俺自身溺れそうだし。
疲れました。
わたしゃ疲れた。寝る。