陶芸をして暮らしている私を、人によっては「芸術家さんですね」と言ってくることがありますが、私 個人的にはあまり嬉しく思えないのは「陶芸家は芸術家ではない」と思ってるからでしょう。あ、別に人を批判しようと思っているのではないのです。ふと 思ったことを書いています。
芸術家って、自分の価値観でいいと思ったものをいいと思ったように描いたり彫ったり作ったりしている人を言うんじゃないかなあと思っています。
私はある程度 自分の思うようには作れるんだけど、実際は作ったものを使う人のことを思いながら作っています。「使いやすいサイズかなあ」「重くないかなあ」とか、「花が入れやすいかなあ」「景色はいいかなあ」とか。自分の価値観と使っていただくだろう未だ知らない人の価値観を合わせて作っています。
だから、芸術家ではなく、農家さんに近いような気がしています。美味しいもの、綺麗なもの。いつも食べるもの、いつも盛るもの。飾り付けるもの。収穫の時、窯出しの時。日々の積み重ね。
だから、よく人から、「自分を出して」「自分らしいものを」「北海道らしい伸び伸びとした雰囲気のあるものを」と言われがちですが、変に「人とは違うもの」意識するあまり、ヘンテコな形になって日常で使いにくくなったり、箱の中に入れられて使われなくなったりするのだけは やらないと決めています。
「いつも なんとなく使っているよ」と言われるようなものを目指してがんばります。
芸術家って、自分の価値観でいいと思ったものをいいと思ったように描いたり彫ったり作ったりしている人を言うんじゃないかなあと思っています。
私はある程度 自分の思うようには作れるんだけど、実際は作ったものを使う人のことを思いながら作っています。「使いやすいサイズかなあ」「重くないかなあ」とか、「花が入れやすいかなあ」「景色はいいかなあ」とか。自分の価値観と使っていただくだろう未だ知らない人の価値観を合わせて作っています。
だから、芸術家ではなく、農家さんに近いような気がしています。美味しいもの、綺麗なもの。いつも食べるもの、いつも盛るもの。飾り付けるもの。収穫の時、窯出しの時。日々の積み重ね。
だから、よく人から、「自分を出して」「自分らしいものを」「北海道らしい伸び伸びとした雰囲気のあるものを」と言われがちですが、変に「人とは違うもの」意識するあまり、ヘンテコな形になって日常で使いにくくなったり、箱の中に入れられて使われなくなったりするのだけは やらないと決めています。
「いつも なんとなく使っているよ」と言われるようなものを目指してがんばります。