CYCLINGFAN!!

自転車をこよなく愛し、自分の脚と熱いハートで幾つになっても、可能な限り、どこまでも走り続けます~♪

オリンピックを考える(最終回)

2024-08-16 09:20:41 | オリンピック
 メダルを取るために国費、つまり税金を投じる事に懐疑的な人もいるでしょう。貧困に苦しむ国民も少なくない中で年間100億を超える税金がスポーツに使われているのですから。ここでは税金よりスポーツの意義が問われることになるのでしょう。つまり、スポーツに税金を投じる価値があるか否かという問題です。私はあると思っていますし、国家予算が100兆円を超える国で100億という金額は決して多いとも思えません。

 そもそもスポーツの意義とは何でしょう。文科省には「スポーツ振興基本計画」というものがあり、「スポーツは、人生をより豊かにし、充実したものとするとともに、人間の身体的・精神的な欲求にこたえる世界共通の人類の文化の一つである。心身の両面に影響を与える文化としてのスポーツは、明るく豊かで活力に満ちた社会の形成や個々人の心身の健全な発達に必要不可欠なものであり、人々が生涯にわたってスポーツに親しむことは、極めて大きな意義を有している。」と記されています。

 スポーツをしない人には興味がないかもしれませんが、スポーツ=運動と考えてみると、自らの健康に直結することでもあることが分かってもらえると思います。運動習慣のある人とそうでない人との健康寿命の差は歴然です。私もスポーツと呼べるレベルではないかもしれませんが、40代後半からロードバイクに乗り始めて初めてそのことに気付かされました。今では一定強度の運動を1回30分、週に3日以上することで生活習慣病が20%改善し、うつや関節痛の症状も50%以上改善し、その結果、医療費も20%削減できるということが科学的に明らかになっているのです。

 個人的にもストレス発散を飲酒に頼っていたのですが、40代後半からロードバイクに乗り始め、飲酒の費用がバイクの費用になってしまったことで酒量も減り、心拍を上げて走ることで、頭の中が真っ白になり、ストレスも徐々に消えていったのです。今季は骨折もあり満足のいく走りは出来ていませんが、ロードバイクで走ることで心身ともにリフレッシュ出来ていることは確かです。4年に1度のオリンピックはこうしたスポーツの意味や意義を改めて考える良い機会だと思っています。また、興味を持った競技があればやってみる機会にもなるはずです。
 



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オリンピックを考える(16)

2024-08-15 08:47:05 | オリンピック
 オリンピックが始まるとメダルメダルとメダルにばかり注目が集まり、これを批判的に見る向きもあります。ただ、競技者にとっては勝利することメダルを取ることを目的にするのは当然のことでしょう。しかも、メダルを取ることで自分たちの競技環境を整えることに繋がると考えれば、選手側からしてもプレッシャーにはなることが分かっていてもメダルを取ることを一番の目的にせざるを得ないという現実もあるようです。

 2014年まで選手強化費は日本オリンピック委員会(JOC)が担っていました。しかし2015年10月1日に文部科学省の外局としてスポーツ庁が設置され、スポーツ庁から費用が交付されることになりました。スポーツ庁は文部科学省、JOC、JSC、日本パラリンピック委員会、日本体育協会などが一つにまとまり、選手強化や施設整備をするのが狙いです。2020年の東京五輪・パラ五輪でのメダル獲得も目的の一つでした。
 スポーツ庁の予算額は年々増資され、2015年度の予算額は約290億円でしたが、2016年度の概算要求額は約367億円となっています。中でも選手強化活動支援、若手選手の発掘・育成を行う「競技力向上事業」については、前年度の予算額は74億円でしたが、2016年度は103億円を割り当てています。その後も同等の予算が割り当てられ続けているのです。この国のオリンピックでのメダル獲得数増加の背景にはこの予算があるのです。

 その典型的な例がフェンシングでしょう。国内の競技人口は2000人程度とされる競技で、北京オリンピックで太田選手がメダルを取る迄注目すらされてこなかったのですが、このたったひとつのメダルから始まった改革はパリで5つのメダルという成果に繋がったのです。フェンシング発祥の地フランスでこの活躍で、競技に対する認知度は勿論、競技人口の増加に繋がって行くことは間違いないでしょう。ここ数年間のフェンシングに投じられた強化費は3億円を超えていて、且つては僅か4面しか無かったステージが、今は国立トレーニングセンター内に40面もあるそうです。
 



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オリンピックを考える(15)

2024-08-14 09:20:42 | オリンピック
 様々な勝利と敗戦、笑顔と涙が生まれ、選手の表情や言動も様々でしたが、笑顔が溢れていたフェンシングやレスリングに対し、悲壮感が溢れていたのが柔道でした。同じ色のメダルを手にしていても、その受け止め方には個人差があるのは当然ですが、競技によってこれほど対照的だったのには驚かされました。それぞれの連盟の色がでるのでしょうか?

 スケートボードやスポーツクライミング、今大会が初となったブレイキン等の歴史の新しい競技は若い選手も多く、総じて笑顔で楽しめたという感じなのは理解出るのですが、レスリングより歴史の浅い柔道が未だに古い日本人体質を脱却できていないのは意外でした。世界はとっくに「JUDO」へ移行しているのに、日本人だけは「柔道」に縛られてしまっているような感じです。いっそのこと剣道のようにオリンピック競技になることを拒否し、武道へ立ち戻ってみても良いのかもしれません。

 韓国は剣道をオリンピック種目へという強い要望をIOCに出しているようですが、剣道発祥の日本の全日本剣道連盟が反対しているからだと言われています。理由は「武道ではなくなってしまう」からというのです。今回のオリンピックで良く理解できたのですが、日本発祥の武道「柔道」はオリンピック競技の「JUDO」となり「武道」ではなくなってしまったのです。全日本剣道連盟の杞憂が現実になっているということなのでしょう。

今回のオリンピックで考えさせらことは、アスリートは健康だというのは間違いなのかもしれないということでした。スポーツをやっているのだから健康だろうと思うのは常識でしょう。ただ、そもそも「健康」とは何でしょう。WHO憲章では 「健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱 の存在しないことではない。」とされています。
まずはアスリートの肉体に関しては強靭ではあっても万全な状態とは限らないということです。オリンピックに出てくるような選手ならどこかしら痛めていても不思議ではありません。中には怪我を押して出ている選手もいました。これを健康な状態と言えるのかということです。

 スポーツ医学や科学的トレーニングの発達で、怪我をしても、きちんと手術を受け、しっかりリハビリとトレーニングをすることで、体操の岡選手のように前十字靭帯断裂といった大怪我から復帰し、金メダリストになった選手もいます。女子レスリングの藤波選手も今年3月に肘の手術を受けているというのだら驚きです。大谷翔平選手も2度の手術を経て今の活躍です。スポーツをする以上怪我は付き物ですが、大切なことは直せる怪我ならしっかり治すことでしょう。これには周りの知見と理解が不可欠です。

 精神面に関してもアスリートのメンタルは強いと信じられていますが、それでもオリンピックという特殊な舞台では、極限的な精神状態になり、緊張のあまり力を出せずに終わってしまった選手も沢山いました。これは、次の「社会的に良好な状態」にも関わってくるのですが、社会のメダルへの期待が高くなるほど、それが選手のプレッシャーになり、精神的に追い詰められて行くことが健康的といえるのかということです。
メダルの期待が高い選手ほど、メダルを取れて嬉しいというよりホッとしたと口にします。本来は嬉しいだけのはずなのに、誰かの期待に応えようとするあまり、それがプレッシャーになっている証拠でもあります。心身共に強靭なアスリートでもそれが強すぎると壊れてしまいます。追い込んでいるのは私たち外側にいる人々やメディアです。加えてSNSの普及で選手は心無い誹謗中傷にもさらされることも大きな問題です。
 私もそうですが、オリンピックが始まるとにわかファンになってしまいます。その熱意が強すぎて、熱狂する反面、結果によっては落ち込んでしまうことも少なくありませんでした。その個人的な感情がSNSの短文で表現されると、想定外のことも起こるのです。本人には自覚がないまま選手を傷付けてしまうのです。
 私はSNSのアカウントも持っていますが、どうしても文字数制限があるプラットフォームでは、自分の考えを正確に伝えるのが難しいと感じています。自分にその気が無くても第3者を傷つけるのは本意ではありませんから、SNSでのコメントは極力控えるようにしています。


 
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オリンピックを考える(13)

2024-08-13 10:06:34 | オリンピック
 ただ、残念だったことも少なくありません。その第一はセーヌ川の水質問題でした。多額の費用を投じての大計画でしたが、結局、トライアスリートに被害が出てしまいました。主催者の都合で選手に健康被害が出るのは最悪の事態です。東京オリンピックでもマラソンと競歩の開催地を急遽札幌に移すことで事なきを得ましたが、札幌の夏も決して涼しくはないのです。

 その二は審判の判定に関してです。VARの問題には触れませんが、とにかく開催国に有利な判定が多かったように思います。同調圧力のようなものかもしれませんが、審判は中立であって欲しいものです。ケイリンでも不可解な判定があり、日本はメダルを逃してしまいました。スプリントでも不可解判定の末、イエローカードをもらっていた太田海也選手がこの日のケイリンの準決勝でも4位に入りながら、マレーシアの選手のアピールで降格、決勝に進んだ中野真嗣選手の落車の原因を作ったのもこの選手でした。

 スプリントでも先に肘を出していたのはイギリスのカーリン選手で、太田選手はその肘を払いにいっただけなのです。これはビデオでも流れていて、先に肘を出し太田選手を妨害(これを妨害と見るかも疑問ですが)していたのは明らかにカーリン選手でした。
 ツール・ド・フランスでもゴール前のスプリントに関して降格になった選手もいますが、これは明らかに斜行し進路を塞いだと判定されてのことです。ロードレースではプロトン内での身体の接触や押し合いなどは日常茶飯事のことなのです。今回のトラック競技の審判は総じてレベルが低かったように思います。これは東京大会から日本を指導してきたフランス人ブノワTD(テクニカルダイレクター)も同じ指摘をしています。その上で、他国のコーチ陣とともに、国際自転車連合(UCI)に報告書を出すとまで言っているようです。

 少なくとも世界レベルの自転車競技においてレベルの低い選手は出るべきではないし、出すべきではないのです。IOCの理念に反するかもしれませんが、高速域での落車は選手の命に係わる問題なのですから。UCIはワールドツアーに参加するチームには厳しい基準を設けています。これは選手の安全面を考慮してのことなのです。それはトラックレースでも同じはずです。ただ、トラックは路面が反発力のある板なので、ロードレース程の大怪我にはならないのかもしれませんが、実際に落車で骨折する選手はいるのです。
 ただ、自転車競技はトラックでも世界の速さの前に歯が立ちませんでした。日本記録を出しても、あっさりと世界新記録で上書きされてしまう。ロードレースもそうですが、機材の進化で速度がどんどん速くなっています。お家芸のケイリンでも駆け引きはともかく、単純なスピード比べではなかなか勝てなくなってしまっているのです。
 今回の日本選手にはV-IZU TCMという2千万円近い価格のバイクが提供されていたのですが、歯が立ちませんでした。このトラック専用バイクについては改めて書くつもりですが、中野選手や太田選手は元々競輪のトップ選手ですが、普段レースで使用しているのはクロモリの競輪専用バイクなので、トラック競技とはトップスピードが違い過ぎるのです。今後はプロの競輪選手にもトラック専用のトレーニングを強化して行く必要があるのですが、彼らはプロ選手なので、おそらくそのあたりの調整が難しいのかもしれません。
 



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オリンピックを考える(12)

2024-08-12 14:04:21 | オリンピック
 パリオリンピックが17日間に渡る熱闘に幕を下ろしました。開会式でのセリーヌ・ディオンの「愛の讃歌」に感涙を流したものの、お家芸の柔道で苦戦を強いられ、バスケットボール、バスケットボール、サッカーが続々と予選で姿を消してしまった日本選手団でしたが、終わってみれば金メダル20個で世界3番目のメダル数になっていました。アメリカと中国の40個の半分ですが、対人口比で考えれば圧倒的な数といえるでしょう。

 GDPでは世界第3位に甘んじている日本ですが、このスポーツ界での世界3位の奮闘は明るい話題でしょう。経済の低迷も政治不信も吹き飛ばすパワーをスポーツは持っているようです。オリンピック期間中に円高になったのもスポーツの力だったりするのでしょうか?
 柔道やバスケットボールなどで疑惑の判定が続きイライラさせられましたが、フェンシングの躍進は柔道の借りをフェンシングで返したような爽快感がありました。母国発祥の競技が逆転した奇妙な構図ですが、母国発祥のお家芸競技であっても、少しでも隙を作るとあっという間に形勢が逆転してしまうのは経済もスポーツも同じなのかもしれません。

 今回、競技人口が世界第2位のフランスの柔道人気に圧倒されました。その象徴がリネール選手なのでしょう。開会式では誰かも分からなかったのですが、柔道界とフランス人にとっては超の付く有名人だったようです。4年に一度しか本気で観ることも無い競技なので。東京オリンピックの金メダリストを忘れていても不思議ではありません。

 その4年に一度のにわか柔道ファンがこの国では多いはずです。競技人口も減る中で、今後、日本の柔道はどこへ向かって行くべきなのかを考える時期がきているのかもしれません。どうやら日本の「柔道」とオリンピック競技としての「JUDO」には違いがあるようで、技も判定基準も「柔道」ではなく「JUDO」に沿っているというのです。東京オリンピックから正式種目となった日本の「柔道」は半世紀の時を経て、世界の「JUDO」へと変わっていったということのようです。日本人の柔道論は「JUDO」には通用しないことが良く分かった大会でした。
 逆にフェンシングは小柄で俊敏な日本人向きの競技で、本格的に強化すれば今回のような結果が残せることも分かりました。バレーボールやバスケットボールの高さの壁に泣かされた日本人ですが、小柄でも俊敏な動きとたゆまぬ努力ができる民族性が加われば強くなれるスポーツがあることが証明されたのは嬉しい限りです。

 今回は銀メダル1個に終わったスポーツクライミングもそんな競技のひとつでしょう。ロスでは正式種目になるので、種目数が増えればメダルの数も自ずと増えていくはずです。勿論、東京からメダルラッシュが続いているスケートボードも同様でしょう。
 



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