タイトルは本当は最後の日とする予定でした。
理由は。
暦の上で今日、2月12日というのはとても特別な一日でした。
少なくとも3年前の私には。もちろん今の私にも特別ですが、意味合いが全然違います。
こういえばある程度推察される方もいらっしゃるかもしれませんが、昔の恋人と初めて出会った日です。
個人的にはその相手の誕生日とかそういったもの以上に私はこういう日を大事だと感じます。
自身の誕生日にあまり執着を抱けない性質のせいかも知れませんが。
大事な理由は、二人の日であるからです。
そして付き合いだした日は10月20日。
出会いは、ダブルスクールに私は入りたて、最初の一度目の授業だったことも多少は思い出深い理由となっていることでしょう。
第一印象は、可愛い人だなと。特に屈託のない笑顔が印象的だったように思います。
まあ、その時のことを考えればなんとなく気に入った、そういった感じだったのでしょう。
それから・・・。
いろんなことが始まった日でもあります。
確かにその日からすぐ好きになったとかそういったわけではありません。
その時私は別に付き合っていた人もいましたし、複数の人を同時に想えるほど自分の気持ちを整理できる人間でもありません。
そういう時は好悪に関する思考はとりあえず範疇外に置こうとする人間です。
それからいろいろとあって。
一緒にいるときの短さにびっくりしたことも、たくさん。
27時間ほど、ずっと話をしていたことも忘れられないですし、おそらくそれを超えることは二度とないでしょう。
おいしいケーキ屋といってパパジョンズというチーズケーキのお店に連れて行ったことも。
基本的に私は気に行った店に友達でも連れて行った場合は奢る習性があります。
でも、彼女は奢られることがいやで。
苦肉の策で、ドリンク代は出して、ケーキ代は出すから。としたことを覚えています。ケーキを教えに来たのだからという理由で(ケーキ代よりもドリンクのほうが100円安いということも理由です)
不満そうでしたが。
正直に、まだ毎日思い返す自分がいる。
忘れてしまおうと思ったことも何度もある。
そのたびに元彼女の笑顔が・・・。強力な破壊力をもって心を砕いていく。
相手と私の想いはもう違って。
すれ違いのままの一生でしかないのでしょう。
そう思っても迷いっぱなしです。
そして、だからこそ今日は一日惚けていました。
昨日もですがね。
すくなくとも、一つ区切りをつけるべき時が来ている・・・いやもうとっくに来ていたのに。
これから先会うことも、連絡を取ることも多分・・・。
でも、すねるのは止める。
もし、なにかの気まぐれが再び巡り合わせたときに以前と変わらぬ私では嫌だから。
どういう道に進むにしろ、彼女の望んだ俺ではない形で、彼女に驚きを与えないわけにはいかない。
それが恋に対する最後の思い出だと信じるが故に。
そのためには少なくとも。
以前の彼女を思い続ける俺ではダメなのだろう。
だから。始まりの日。
誰かを好きになるかもしれず。
何もかも捨てて、どこかへ旅立とうとするかもしれない。
少なくとも、自分を縛る鎖。
それを解き放つ。
言い訳も、憐憫も、逡巡も。
もう充分なほどしたはず。
ここ数日ほとんどこのことばかり考えていた。
何をしていても。
こういう場での宣言は。
自分をある意味で追い込むことになり、ある意味で心を軽くし、泣きたい気分にしてくれる。
ふとした時に。8月24日に。10月20日に。その他もろもろの特に思い出深い日々に場所に。
幾度もよぎることでしょう。
それが後悔にせよなんにせよ。
前に進むことを受け入れる。
君がそばにいないことを嘆いても何も変わらない。
わすれようとか、機にしないとか。そんなつもりはない。
もし君のそばにだれかができたら、多分気も狂わんばかりに苦しむだろう。
いや、今も十分。
逃避はしない。
ただ、先に進む。
君が思い出そうと出さまいと。
君を思っていたこと、未だ好きという事実は変わらないけれども。
私個人というものもなんら変わることなく。
ただ、これからを歩いていく。
そう決めた。始まりの日。
多分別れてからずっと考えていたことなんだろうけれども。
揺り戻す時もあるだろうけど。
考えなくてわざと軽く書いたときもあるけれど。これからも発作的に思い出すだろうけど。
あの笑顔に負けていられない。
ただそれだけなのだろう。
今と現在(イマ)
いかほどの差も
ないはずで
けれどもきっと
天と地の差が
理由は。
暦の上で今日、2月12日というのはとても特別な一日でした。
少なくとも3年前の私には。もちろん今の私にも特別ですが、意味合いが全然違います。
こういえばある程度推察される方もいらっしゃるかもしれませんが、昔の恋人と初めて出会った日です。
個人的にはその相手の誕生日とかそういったもの以上に私はこういう日を大事だと感じます。
自身の誕生日にあまり執着を抱けない性質のせいかも知れませんが。
大事な理由は、二人の日であるからです。
そして付き合いだした日は10月20日。
出会いは、ダブルスクールに私は入りたて、最初の一度目の授業だったことも多少は思い出深い理由となっていることでしょう。
第一印象は、可愛い人だなと。特に屈託のない笑顔が印象的だったように思います。
まあ、その時のことを考えればなんとなく気に入った、そういった感じだったのでしょう。
それから・・・。
いろんなことが始まった日でもあります。
確かにその日からすぐ好きになったとかそういったわけではありません。
その時私は別に付き合っていた人もいましたし、複数の人を同時に想えるほど自分の気持ちを整理できる人間でもありません。
そういう時は好悪に関する思考はとりあえず範疇外に置こうとする人間です。
それからいろいろとあって。
一緒にいるときの短さにびっくりしたことも、たくさん。
27時間ほど、ずっと話をしていたことも忘れられないですし、おそらくそれを超えることは二度とないでしょう。
おいしいケーキ屋といってパパジョンズというチーズケーキのお店に連れて行ったことも。
基本的に私は気に行った店に友達でも連れて行った場合は奢る習性があります。
でも、彼女は奢られることがいやで。
苦肉の策で、ドリンク代は出して、ケーキ代は出すから。としたことを覚えています。ケーキを教えに来たのだからという理由で(ケーキ代よりもドリンクのほうが100円安いということも理由です)
不満そうでしたが。
正直に、まだ毎日思い返す自分がいる。
忘れてしまおうと思ったことも何度もある。
そのたびに元彼女の笑顔が・・・。強力な破壊力をもって心を砕いていく。
相手と私の想いはもう違って。
すれ違いのままの一生でしかないのでしょう。
そう思っても迷いっぱなしです。
そして、だからこそ今日は一日惚けていました。
昨日もですがね。
すくなくとも、一つ区切りをつけるべき時が来ている・・・いやもうとっくに来ていたのに。
これから先会うことも、連絡を取ることも多分・・・。
でも、すねるのは止める。
もし、なにかの気まぐれが再び巡り合わせたときに以前と変わらぬ私では嫌だから。
どういう道に進むにしろ、彼女の望んだ俺ではない形で、彼女に驚きを与えないわけにはいかない。
それが恋に対する最後の思い出だと信じるが故に。
そのためには少なくとも。
以前の彼女を思い続ける俺ではダメなのだろう。
だから。始まりの日。
誰かを好きになるかもしれず。
何もかも捨てて、どこかへ旅立とうとするかもしれない。
少なくとも、自分を縛る鎖。
それを解き放つ。
言い訳も、憐憫も、逡巡も。
もう充分なほどしたはず。
ここ数日ほとんどこのことばかり考えていた。
何をしていても。
こういう場での宣言は。
自分をある意味で追い込むことになり、ある意味で心を軽くし、泣きたい気分にしてくれる。
ふとした時に。8月24日に。10月20日に。その他もろもろの特に思い出深い日々に場所に。
幾度もよぎることでしょう。
それが後悔にせよなんにせよ。
前に進むことを受け入れる。
君がそばにいないことを嘆いても何も変わらない。
わすれようとか、機にしないとか。そんなつもりはない。
もし君のそばにだれかができたら、多分気も狂わんばかりに苦しむだろう。
いや、今も十分。
逃避はしない。
ただ、先に進む。
君が思い出そうと出さまいと。
君を思っていたこと、未だ好きという事実は変わらないけれども。
私個人というものもなんら変わることなく。
ただ、これからを歩いていく。
そう決めた。始まりの日。
多分別れてからずっと考えていたことなんだろうけれども。
揺り戻す時もあるだろうけど。
考えなくてわざと軽く書いたときもあるけれど。これからも発作的に思い出すだろうけど。
あの笑顔に負けていられない。
ただそれだけなのだろう。
今と現在(イマ)
いかほどの差も
ないはずで
けれどもきっと
天と地の差が
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