コロナ禍から5年 「全国一斉休校」に意味はあったか──生徒にもたらした副作用 #こどもをまもる
yahoo news 2025/3/8(土) Yahoo!ニュース オリジナル 特集
世界で新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた2020年2月下旬、安倍晋三首相(当時)は突然、全国の学校に一斉休校を要請した。文部科学大臣など当時の閣僚も反対するなか、安倍首相が押し切った決断だった。結局、休校は最長で3カ月近くに及んだが、感染の抑制効果はなかったという研究結果もある。現在では、一斉休校は「副作用」のほうが大きかったという指摘も少なくない。5年前のあの一斉休校は何をもたらしたのか。教育関係者や議員、研究者を取材した。
(文・写真:サイエンスジャーナリスト・緑慎也/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
安倍首相の「全国一斉休校」要請
「全国すべての小学校、中学校、高等学校、特別支援学校について来週3月2日から春休みまで臨時休業を行うよう要請します」
2020年2月27日、安倍晋三首相(当時)は新型コロナウイルスによる「感染リスクにあらかじめ備える」ためとして、全国一斉休校を要請すると発表した。
突然の発表は児童・生徒や保護者、そして教育現場に大きな影響を与えた。その後、自治体によって差があるものの、大半の学校は5月中下旬まで3カ月近く休校することになった。
当時のニュースや各種団体によるアンケートの調査結果には児童・生徒、保護者、教職員の不満や困惑を伝える声が数多く残されている。
児童・生徒の「友達と遊びたい」「先生に会いたい」という素朴な声もあれば、保護者の「(子どもが)一日中着替えもせず寝ている」「ゲームばかりしている」という生活面の心配の声もある。また、教職員の「(期末テストが行えず)成績がつけられない」「卒業式が行えず、学校生活の締めくくりができない」という実務への心配もあった。
あれから5年。学校は一見、コロナ禍以前の日常を取り戻している。しかし、コロナ禍での一斉休校を境に、子どもたちに変化が出たものもある。子どもたちへの影響はどのようなものだったのか。
コロナ禍以降、急増した不登校
「一斉休校は学習権、生活権の侵害であり、子どもたちの学校生活という貴重な時間を奪いました」
安倍政権の2016年6月から2017年1月に文部科学事務次官だった前川喜平氏はそう断じる。
「大人と子どもの時間は全く異なります。大人には1年があっという間に過ぎるように感じられますが、成長期の子どもには1カ月でも長く感じられ、大きな変化がもたらされます。一般の休業命令は金銭による補償が可能ですが、子どもたちが集団で学んだり遊んだりするはずだった時間をお金で埋め合わせることはできません」
長期の一斉休校から再開した学校は、休校中の学習の遅れを取り戻そうとした。夏休みの短縮や1日当たりのコマ数の増加だ。これが子どもたちにストレスを与えた可能性を前川氏は指摘する。
「運の悪いことにパンデミックが始まった2020年度は新学習指導要領が小学校で本格実施される初年度でした。改訂により学習内容が増える一方、休校により授業日数が減った。その結果、再開すると過重に詰め込むことになりました。授業漬け、宿題漬けで、子どもたちは学習意欲をそがれたのではないか」
一斉休校の前と後ではっきりとした変化が出ているのが不登校だ。
文科省の調査では、全国の小・中学校における不登校児童生徒数は2023年度、過去最多の約35万人(34万6482人)に達した。11年連続で増加した結果だが、2020年度までは1万〜2万人ずつ増加していたものが、2020年度以降は約5万人ずつ増加している。
前川氏は、一斉休校が不登校を増やす一因になったと考えている。
「全国一斉休校を要請するとき、安倍首相は『子どもたちの健康、安全を第一に』と言っていました。つまり、『学校は危ない』というメッセージを子どもや保護者に送ったのです。学校が再開した後、コロナの感染回避を理由として長期欠席する子どもたちがかなり出ました。コロナによる子どもたちの重症化率は低いことはわかっていたのに、一斉休校は明らかに不合理でした」
休校による感染の抑制効果は乏しかった
政府は、集団による感染=クラスター化を防ぐことに力を入れていたが、当時から感染経路に学校が少ないことは報告されていた。2021年4月発表の文科省のマニュアルによると、学校再開後、児童生徒の感染経路で最も多かったのが家庭内感染で、学校内感染はその数分の1にすぎない(「学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル」)。
その後、2022年には一日に20万人が新規に陽性と判定されるほど感染は拡大した。各地の年代別累計では20代がもっとも多く、30代、40代と続いて、10代、10代未満となっている。だが、コロナによる感染で亡くなった子どもは決して多くなかった。厚労省の人口動態統計によれば、2024年8月までにコロナが原因で亡くなったのは約13万2000人で、そのうち20歳未満は141人、全体の0.1%である。
もし2020年の一斉休校が地域の感染を抑制していたのなら、感染対策として意味があったと言える。だが、その効果は乏しかったという研究結果がある。学習院大学法学部教授(当時)の福元健太郎氏らの調査による論文(Nature Medicine、2021年10月27日発表)は、休校した自治体と、開校した自治体を比較した結果、「休校による新規感染者の抑制効果はない」と結論づけている。
そもそもなぜ一斉休校が必要だったのか。いったい誰がどのような経緯で決めたことだったのか。
3カ月に及んだ休校
一斉休校が始まる前、20代以下の重症化率は極めて低い(0.2%)と言われていた。当時、コロナ対策のアドバイザーを担っていた政府の専門家会議も一斉休校を支持していなかったとされる。報道によれば、官邸幹部の議論でも菅義偉官房長官が異論を挟み、萩生田光一文科相も賛成していなかった。だが、今井尚哉首相補佐官の助言を受け、安倍首相が一斉休校に踏み切ったとされる。
文科省は感染者も濃厚接触者もいないのに休校にするつもりなどなかった。2月25日に全国の教育委員会等に対して発出した事務連絡の内容からそれがわかる。感染して症状のある児童生徒が登校していた場合は学校の一部または全部を休校にする、児童生徒が濃厚接触者だった場合はその児童生徒に対し出席停止の措置を取るなどの方針が書かれていた。一斉休校の「要請」が出る2日前のものだ。
だが、民間団体による調査報告『新型コロナ対応・民間臨時調査会 調査・検証報告書』によれば、当時の文科事務次官の藤原誠氏は、安倍首相から一斉休校の意向を聞かされたとき、「私もやったほうがいいと思っているんです」と賛同していたという。前川氏は「情けないことに首相に迎合してしまった」と悔やむ。
安倍首相が全国一斉休校の要請を発表した結果、同年3月4日時点で公立の小学校98.8%、中学校99.0%、高等学校99.0%が休校を実施。4月7日には緊急事態宣言が首都圏、関西圏、福岡の7都府県を対象に発令され、4月中は全国の約9割の公立学校が依然として休校を続けた。
その後、5月半ばから「宣言」が徐々に解かれるにつれて再開する学校が増え、6月1日にはほぼすべてが再開した。ただし、全面再開は半分にとどまり、残りの半分は分散登校や短縮授業の形態だった。春休みまでの約1カ月の予定で始まった休校は結局約3カ月に及んだ。
休校期間、学校の対応はバラバラだった。紙の宿題や課題を大量に出して提出させる教師もいれば、いち早くタブレットが普及していた学級では録画によるリモート授業に乗り出した教師もいる。前年から進められていたGIGAスクール構想(タブレットなどの機材が1人1台貸与されてデジタル教材が活用される教育)も前倒しされ、急ピッチで導入されるようにもなった。
Wi-Fi機器の貸与も進められたが、なかなか入手できない学校もあった。そんなデジタル環境の違いで学力の格差が広がるのではという懸念が教育関係者から出たのもコロナ1年目の時期だった。
こうした学校の動きを見て、前川氏は全国の教育委員会も情けなかったとこぼす。
「公立学校の休校措置をとる権限と責任は、自治体の教育委員会にあります。それなのに、わずかな例外を除いてほとんどの自治体や教育委員会は、首相の要請に唯々諾々と従った。子どもたちには『主体的な学び』が大事だと教えているのに、大人たちのほうが主体性を放棄してしまったのです」
こうした教育関係者の批判的な声もあるが、政府のコロナ対策について、「まだ検証は済んでいない」と考える人もいる。国民民主党代表代行の古川元久氏だ。
全校児童数人の学校まで休校にした意味はあるか
古川氏は、出入国を厳しくするなど他にすべき対策はあったのに、真っ先に学校を一斉休校にしたのはおかしいと振り返る。
「子どもたちの学びの場を奪うのは重大なことです。山間部や島嶼(とうしょ)部など全校児童が数人しかいないような学校にまで休校を要請する必要はあったのか。きちんと検証すべきです」
実は一度、岸田文雄政権下では行われている。2022年5月に設置された「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」での検証だ。ただ、古川氏は「国会」に検証委員会を設置すべきだとして、2023年6月16日に国民民主党、日本維新の会、有志の会とともに議員立法「新型コロナウイルス感染症対策検証委員会法案」を衆議院に提出した。モデルにしたのは、東日本大震災のときの対応だ。当時は政府事故調が設置され、事故原因、被害原因の調査がなされたが、それでは不十分だとして国会の場で検証せよと当時の野党・自民党が声を上げた。
「当時はわれわれが与党で、自民党の主張を受け入れて東京電力福島原子力発電所事故調査委員会を設置しました。今度は立場が逆で、われわれが国会に独立の新型コロナ検証委員会の設置を呼びかけました。中立で公正な調査・検証のためには、国会での検証も必要です」
だが、古川氏らが提出した法案は衆議院の解散で廃案となり、そのままになっているという。
「政府はコロナ対応はもう終わったというスタンスですが、果たしてそれでいいのか。既存の法律に基づかずに緊急事態宣言が発令され、国民に行動制限を課した。その経緯や休業補償が遅れた原因など、一斉休校以外にも国会で検証すべきコロナ対応があります」
古川氏は今国会で国民民主党として法案を再提出の予定だという。
コロナ禍でも下がらなかった日本の学力
ただ、日本の学力はそれほど下がってはいない。
経済協力開発機構(OECD)が3年ごとに実施している学習到達度調査(PISA)というテストがある。2022年に81カ国で行ったテストでは、米国の15歳の数学の学力スコアがOECD平均を下回り、2000年に調査を始めて以来、最低水準となった。この結果にはコロナ禍の影響が指摘されている。
一方、同じテストで日本は「科学的リテラシー」が2位、「読解力」が3位、「数学的リテラシー」が5位だった。前回(2018年)の順位はそれぞれ5位、15位、6位。相対的に見て、日本はコロナ前後でほぼ同程度の高水準を維持したといえる。
学力という点ではよい結果だったとしても、気がかりな変化がもう一つある。子どもの自殺者数の増加だ。
日本はもともと先進国(G7)で唯一、自殺が子どもの死因の1位を占める国だ。しかしコロナ以後、その数がさらに増えている。厚労省の調査によると、小中高生の自殺者数は2016年の年間320人から徐々に増えていたが、2019年の399人から2020年には499人へ急増した。その後は高止まりしたままで、2024年には過去最多の527人(暫定値)となった。
なぜコロナ以降、子どもたちの自殺は急増したのか。その手がかりとなるのが、一橋大学大学院経済学研究科教授で、医療政策の評価などを専門とする高久玲音氏らの研究だ。
懸念されるコロナ以降の自殺の増加
高久氏らは2100人の子どもたち(6〜18歳)を対象に(保護者同席の下で)オンライン調査を実施し、昨年7月に「日本におけるCOVID-19に関連した3年間の学校制限と児童・青少年のメンタルヘルス」と題する論文を海外の学術誌で発表した。
注目したのは、一斉休校「後」だ。学校再開後も長い間、修学旅行や遠足など学校行事・課外活動は休止や縮小を余儀なくされ、教室はもちろん、体育の授業中でもマスク着用、黙食(食事中、児童・生徒たち同士で会話しない)などの制限が課された。
こうしたコロナ禍特有の制限された学校生活は、子どものメンタルヘルスに小さくない影響を及ぼしていたと高久氏は言う。
「学校行事のキャンセル率が高いほど、学校生活への不満が強い。また、部活動をしておらず、修学旅行の中止を経験した女の子たちは抑うつ症状の指標が有意に増加していました」
高久氏は「自殺との因果関係はわからない」としながら、一斉休校や制限のある学校生活が自殺と「関連がないとも考えられない」という。
「われわれのデータを見ると、制限のある学校生活が長引いたことが子どものメンタルヘルス全般を悪化させていたことがわかります。そういうことが積み重なると、抑うつ症状に結びつきやすいだろうと類推できます」
制限の背景にあるのは新型コロナウイルスの感染拡大防止であり、感染症にならないための安全・健康対策が第一の目標だった。だが、そうしたコロナ対策では感染抑制のメリットだけが強調されすぎたと高久氏は振り返る。
「学校にはさまざまな指標があると思います。学力、身体的健康、メンタルヘルス……。そのうち、一斉休校や制限のある学校生活は、その感染対策というメリットよりも副作用=デメリットのほうが大きかったと考えています。政策を決定するときには、感染対策と子どもたちの幸福のバランスをとることが重要です」
コミュニケーションが減った「コロナ世代」を見守る
高久氏は今も共同研究で「コロナ禍で深刻化した社会的課題を解決するための子ども・若者政策の効果検証」(科研費)に取り組んでいる。
「人とのコミュニケーションが健康、特にメンタルヘルスによい効果があることはさまざまな研究で明らかにされています。コロナ対策が、当時の子どもたちの心身の健康にもたらした負の影響は長く続く可能性があり、継続的な調査が必要です」
コロナ禍に青春期を過ごした人たちは「コロナ世代」(海外では「ロックダウン世代」など)と呼ばれる。
「バブル崩壊(1991年)後の10年ほどの就職難を経験した人たちは就職氷河期世代と呼ばれます。この世代が現在でも就職、結婚、少子化などさまざまな課題に直面していることが最近も取りざたされていますが、就職氷河期世代と同様に、コロナ世代も一世代がまるごと大きなデメリットを被ったと思います。データを蓄積していくと、コロナ世代でしか見られない影響がいずれ明らかになるのではないかと考えています」
パンデミックは再び起こる可能性がある。そのたびに同じ過ちを繰り返さないためにも政策の影響を検証し、子どもたちの学びや成長を守る仕組みを構築する必要があるだろう。
緑慎也(みどり・しんや)
サイエンスジャーナリスト。1976年、大阪府生まれ。出版社勤務後、月刊誌記者を経てフリーに。科学技術を中心に取材・執筆活動を続けている。著書に『13歳からのサイエンス』『消えた伝説のサル ベンツ』、『認知症の新しい常識』、共著に『太陽系の謎を説く』『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』『ウイルス大感染時代』『超・進化論 生命40億年地球のルールに迫る』など。
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