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この25年で生産性は3割上昇したのに実質賃金はまさかの据え置き、日本人が貧しくなった本当の理由

2025年03月06日 16時10分38秒 | 社会

この25年で生産性は3割上昇したのに実質賃金はまさかの据え置き、日本人が貧しくなった本当の理由

Yahoo news  2025/3/6(木)  Jbpress 河野龍太郎 BNPパリバ証券のチーフエコノミスト

 

インバウンドの増加は日本人の労働力を叩き売りしているだけだと『日本経済の死角―収奪的システムを解き明かす』(ちくま新書)を上梓した河野氏は指摘する。

 物価高に賃金上昇が追いつかず家計は火の車で、消費は低迷。円安の下で海外観光客が大量に押し寄せる一方、日本人は海外旅行を控え、パスポートの取得率は過去最低。なぜこんなことになったのか。『日本経済の死角―収奪的システムを解き明かす』(ちくま新書)を上梓したBNPパリバ証券のチーフエコノミスト・河野龍太郎氏に話を聞いた。(聞き手:大崎明子、ジャーナリスト)

 

■ 生産性が上昇したのに賃金が上がらなかった先進国は日本だけ

 ──日本は「収奪的な社会である」とはショッキングなタイトルです。しかも、民主国家でありながら、選択を誤ってきた結果で、深刻だと思いました。

 

 河野龍太郎氏(以下、河野):『成長の臨界』(慶應義塾出版会)で、「儲かっても溜め込んで実質賃金を引き上げず、国内の人的投資に消極的な大企業が長期停滞の元凶ではないか」と書きました。今回は、その日本の長期停滞の構造にフォーカスしました。

 「日本はイノベーションが足りないから、生産性が上がらず、それゆえに実質賃金も上がらないのだ」という主張がよく聞かれます。しかし、これは事実ではありません。1998年〜2023年までに日本の時間あたり労働生産性は3割も上昇したのに、時間当たり実質賃金は全く上がらなかったからです(図1・図2)。

【著者作成の衝撃的なグラフ】「日本はイノベーションが足りないから、生産性が上がらない」と言われてきたが、過去25年における日本の労働生産性はこの通り、米国に次ぐ伸び。

 米国では時間あたり生産性は5割上昇して、実質賃金は3割上昇しました。欧州の大国、ドイツやフランスを見ると、時間あたり労働生産性は20%前後の上昇で日本よりも低いのに、実質賃金はそれに見合って上昇しています。

 それに対して、日本は時間あたり生産性が3割も上昇しているのに、実質賃金は横ばいのままです。近代以降の先進国で、四半世紀にわたって実質賃金がまったく上昇しなかったというのは他に例を見ません。

 2024年にノーベル経済学賞を受賞したダロン・アセモグルとジェイムス・ロビンソンは著書『国家はなぜ衰退するのか』で、「収奪的な制度の国は衰退し、包摂的な制度の国は繁栄する」ということを古今東西の歴史的な例を挙げて説明しました。その上で、企業献金が青天井で利権が拡大し、イノベーションの果実は富裕層に集中する今のアメリカに警鐘を鳴らしたのです。

 私は、「ちょっと待てよ」と思いました。企業が得た利益のうち、株主が取ったリスクを超えた部分を超過利益(レント)と呼びますが、日本では、この四半世紀はレント・シェアリングが全く行われませんでした。生産性が上がったにもかかわらず、賃金は全く上がらなかったのだから、日本も収奪社会になったのではないか、ということです。

 正社員の給与を抑え込んだだけではありません。非正規社員を増やすことは、人件費を固定費から変動費に変えるダークサイド・イノベーションであって、非正規社員は特に収奪されています

 日本でも企業献金の是非が問われていますが、アメリカよりもレント・シェアリングが乏しいという事実を考えると、やはり見直しした方がよいのかもしれません。

■ 連合が求める賃上げで生産性上昇分は取り戻せるか? 

 河野:「実質賃金が上がらないから、国内消費が増えない、だから日本は成長しない」という悪循環がずっと続いてきて、ここへきてインフレになり、ますます実質消費は低迷しています(図3)。

 インフレになって、足元では賃金が上がっているから良い方向へ向かうんじゃないか、と思っている人も多いと思いますが、そう甘くはありません。

 連合が要求しているのは5〜6%の賃上げです。このうち年功に伴う定期昇給分が2%弱ありますから、実態は3〜4%のベースアップ(以下ベア)にすぎません。本来なら、今までの3割の生産性上昇分も取り戻してもいい。

 一方、米国の大企業では、近年のインフレに対応し、労働組合が今後の5年間では累計40%もの賃上げを獲得するところもあります。雇用維持を重視するのは分かりますが、日本の労働組合は要求があまりに控え目です。

 ──1990年代の終わりに、バブル崩壊から金融システム危機に発展し、大企業や銀行が破綻したのを見て、企業経営者たちは自己資本の蓄積に邁進しました。

 河野:メインバンク制度が崩壊し、銀行が当てにできなくなる一方、長期雇用制度は維持しなければならない。だから、企業は危機に備えて利益を溜め込むばかりになりました。

 企業が溜め込んだ利益剰余金は1990年代末には120兆円程度でしたが、アベノミクスが始まった頃には300兆円に、2023年度は600兆円に拡大しています。

 ところが、人件費はほぼ横ばいです(図4)。溜め込んでいることの弊害が指摘されるようになっても、変わっていません。

■ エリートが実質賃金の低迷を問題視しなかった理由

 ──エコノミストを含め、多くのエリートたちや労働組合は実質賃金が上昇していないことをあまり問題視しませんでした。なぜでしょうか。

 河野:なぜ、この問題に多くの人が気づかないのかといえば、日本的な長期雇用制度の枠内にいるエリートたちは、年齢が上がると賃金も少しずつ上がる定期昇給があるからです。属人ベースで見れば、25年も経てば新入社員の頃よりも賃金は1.6〜1.7倍に増えているので気づかないのでしょう。

 でも、実質ゼロベアなので、企業全体で見れば、給与の高い高齢者が退職で毎年抜けていき、新入社員と入れ替わるので、人件費はちっとも増えません。それどころか、コストカットで定昇も抑えられ、賃金カーブ全体が25年前よりも、下方にシフトしているので、今の部長や課長の実質賃金は25年前の部長や課長よりも低いのが実態です。

 さらに、長期雇用制度の枠外にいる非正規雇用の人たちは定期昇給もないので、非常に苦しい生活をこの四半世紀、強いられてきました。しかも、これまではゼロインフレで物価は上がりませんでしたが、ここへ来てインフレで物価が大きく上がっているので、生活が成り立たなくなってきています。

 昨年10月末の衆院議員選挙で与党が過半数割れとなったばかりではなく、ポピュリズムの政党が議席数を増やしたのは、そうした人たちの怒りが背景にあると考えています。

 繰り返しますが、「実質賃金が上がらないから、国内消費が増えない。消費が増えないから新しい商品の開発や売り込みにお金がかけられず、日本は経済成長しない」。この悪循環が日本の長期停滞の原因です。

 ところが、大企業経営者は人口減少の影響で国内市場が成長しないのだと決めつけ海外で稼ぐという発想で、海外投資ばかり増やしてきました。労働組合も同じように考えて諦めてしまったところがあると思います。

■ 「日本は超円安に苦しめられる構造に移行した」

 ──そうすると、我々から収奪された超過利潤はどこに行ったのかといえば、海外に向かったということでしょうか。利益剰余金の問題を指摘すると、大企業経営者は「企業のバランスシート上は、利益剰余金分の現預金があるわけではない。資産側では投資に使われている」と説明します。

 河野:はい。一部は、海外への直接投資や有価証券投資に向かっており、国内投資は増えませんでした(図5)。

 しかし、海外投資がうまく行っているかどうかも疑問です。

 海外のM&Aではたびたび巨額の損失を出していますし、アジアなどの海外に持ち込んでいるのは、平成の前半に日本で通用した古いビジネスモデルであって、さほど成長力の高いものではないという指摘もできます。

 製造現場を国内に持たないことで、創意工夫の機会が得られず、イノベーションも阻害されましたし、国内で人的投資を怠る結果につながりました。

 ──輸出で稼いで貿易黒字を溜め込んでいた頃は、利益を日本へ戻すために円高になる構造でした。ところが、海外に生産を移した結果、利益が海外で再投資されてしまうため、円安が進む方向へ構造が変わったと指摘されています。

 河野:過去30年、超円高に悩みましたが、超円安に苦しめられる構造に移行したと思います。貿易赤字の定着に加え、インフレ対応で家計が預金の目減りを回避するために外貨建て金融資産への投資を増やしていることも、円安を促進します。

 日本銀行が多少の利上げをしても、これまでの金融緩和のストック効果で長期金利の上昇は抑制されますから、海外との金利差は大きく、円安圧力が続きます

 ここまでは名目レートの話ですが、物価の影響を除いた実質実効レートで見ると、円の価値は1970年を下回る水準まで下落しています。実質実効円レートは1970年から上昇が続きましたが、1990年代半ばをピークに下落に転じて実質円安が進んできました。

 この問題について、バラッサ=サミュエルソン効果に基づき、「生産性が上がらないから賃金が上がらず、物価も上がらないため実質実効円レートが下落している」という主張が多いのですが、違うと思います。

 真実は「生産性が上昇しているにもかかわらず、賃金が上がらないから、物価も上がらず、実質実効円安が進んでいる」ということだと思います。

■ インバウンドブームは日本人労働力の叩き売り

 ──日本人の賃金を上げずに、海外にばかりにお金を回したことで、円安が進み、ますます日本人は貧しくなっている。皮肉な悪循環です。

 河野:だから、財界や政治家は今のインバウンドブームを喜んでいてはいけません。

 日本ほど生産性が上がっていないのに、欧州の人々の実質賃金は上がってきました。そして、日本に来たら、彼らの感覚でいうと25年前に戻ったようなモノもサービスも何もかも安い世界。だからこれほど多くの人が、日本に押し寄せるわけで、私たちの労働を安く叩き売っていることに他なりません。

 ──日本人のパスポートの取得率は過去最低今の若者は海外に遊びに行きたくても行けない。情けない限りですね。

 河野龍太郎(こうの・りゅうたろう)

1964年生まれ。1987年横浜国立大学経済学部卒業、住友銀行(現・三井住友銀行)入行。1989年大和投資顧問(現・三井住友DSアセットマネジメント)、1997年第一生命経済研究所を経て2000年からBNPパリバ証券。現在、経済調査本部長、チーフエコノミスト。2023年7月より東京大学先端科学技術研究センター客員上級研究員。日経ヴェリタス紙のエコノミスト人気調査で2024年までに11回連続の首位。

 大崎 明子(おおさき・あきこ)

早稲田大学政治経済学部卒。一橋大学大学院(経営法務)修士。1985年4月から2022年12月まで東洋経済新報で記者・編集者、2019年からコラムニスト。1990年代以降主に金融機関や金融市場を取材、その後マクロ経済担当。専門誌『金融ビジネス』編集長時代に、サブプライムローン問題をいち早く取り上げた。2023年4月からフリーで執筆。

 

生産性上昇の分だけ実質賃金を上げる、下流中間層へのセーフティネットを拡充する、それが成長を回復する近道

【後編】エコノミスト・河野龍太郎氏が語る、変えるべきは社会に蔓延している「実質ゼロベア・ノルム(規範)」

2025.3.5(水)河野龍太郎 大崎 明子

 

 物価高に賃金上昇が追いつかず家計は火の車で、消費は低迷円安の下で海外観光客が大量に押し寄せる一方、日本人は海外旅行を控え、パスポートの取得率は過去最低。なぜこんなことになったのか。『日本経済の死角―収奪的システムを解き明かす』(ちくま新書)を上梓したBNPパリバ証券のチーフエコノミスト・河野龍太郎氏に話を聞いた。(聞き手:大崎明子、ジャーナリスト)

 

──コーポレートガバナンス改革により、従業員よりも株主が重視されるようになったことも問題だと指摘しています。

河野:米英では1970年代から、企業は株主の利益を最大化すべきだという考え方が広がっていたわけですが、最近は、従業員や地域社会など全てのステークホルダーに分配すべきだという方向へ揺り戻しが起きています。

 ところが、日本は、かつては株主からの短期的な利益追求のプレッシャーにとらわれない長期志向の経営をしていたのに、バブル崩壊後にメインバンク制の崩壊もあってコーポレートガバナンス改革を迫られました。これは、日本の他の制度との齟齬をきたし、マクロ経済には大きな弊害を及ぼしたと私は見ています。

 企業は株主利益を拡大するために、コストカットに邁進して、正社員の賃金を抑制し、非正規の雇用を増やしてきました。人件費を抑制して人的投資を行わなくなった一方で、配当を大きく増やしてきました

 法人企業統計によれば、1998年からの四半世紀売上高の伸びは18%にとどまり、人件費はわずか8%強しか伸びていません。国内での設備投資は27%の伸びです。

 ところが、経常利益は5倍に、配当金は8倍にも増えています(図6)。日本株の保有を増やした海外投資家が利益を享受しているというわけです。

問題の本質は「実質ゼロベア」が社会の規範になったこと

河野:もちろん、コーポレートガバナンス改革の影響で、株式報酬制度が導入され、大企業経営者も少なからぬメリットを受けています。

 利益が上がって企業の株価が上昇し、配当金が増えても、日本の家計は株式を保有していないので、恩恵を受けていません。遅ればせながら、新NISAの導入で日本の家計も株式投資を増やしつつありますが、これは「補助輪」というべきものでしょう。

 本筋は、国内で生産性の上昇に見合った賃上げを行なって消費を増やし、内需中心の経済成長を図るべきだった

──非正規社員の多い就職氷河期の世代は、住宅が買えていないとの指摘もあり、収入の少ない若者は株式投資をする余裕もありませんね。

河野:日本の若者は車もあまり買わなくなり、安い軽自動車しか売れない。それを「草食系」であるとか文化が変わったように言ってきた。

 もちろん、物質的な豊かさだけが豊かさではないので、日本の若者は成熟しているのだという側面もあるのかも知れませんが、やはり実質賃金が全く上がっていないことが大きいですよね。先進国ではどの年齢層でも1世代前と比べれば15〜30%は賃金が増えているのが普通なのに、日本では足踏みが続いてしまった。

──政府・日銀はいまだに金融緩和を続ければ需要の増加を起点にインフレが定着し賃金上昇も定着する、物価と賃金の「好循環」などと言っています。しかし、インフレに賃金上昇が追いつかない悪循環が現状です。

河野:起きていることは、物価と賃金のスパイラルですよね。それを好循環などと呼ぶ国は世界のどこにもありません。日本だけです。

「好循環」という主張をする人は「ゼロインフレ」がノルム(規範)として社会に定着した「ゼロインフレ・ノルム」が日本の問題だとしています。でも、日本の問題は「ゼロインフレ・ノルム」ではなく、「実質ゼロベア」が規範になってしまった「実質ゼロベア・ノルム」です。

「生産性の上昇分だけ実質賃金が上がるのは当然」というように社会規範を変えていかないと、また同じことが続きます。

 ここへきて、名目で賃金が上がり始めたとはいえ、大企業経営者も労働組合も物価が上がる分だけベアを上げればいいと思っています。このところは3%を超えるインフレが続いていましたから、しばらく、高めのベアが維持されるかも知れませんが、均してみればインフレ分を上回っていないので、むしろ実質賃金は2020年の頃よりも低い状態です。

 日銀が目標とする2%インフレが定着しても2%のベアにとどまれば、実質賃金の上昇率はゼロのままです。かつてゼロインフレのもとでゼロベアであったのと、実質ベースでは何ら変わらない。

 3%インフレで3%ベアがあっても同じことで、実質ゼロベアで実質賃金の上昇はゼロのまま。それでは、私が指摘している「生産性が上昇しているのに、実質賃金は上がらない」という問題は解消されません。

金利を上げたほうが家計にはメリットが大きい

──日本の労働組合も要求が低すぎます。会社が潰れたら元も子もないと。そんな状態ではないのに、みんなで低賃金を甘受する体質が染み付いています。

河野:この先も、同じことが懸念されます。2025年春闘は何とかうまくいっても、先行きはトランプ関税の企業への影響が心配されるからと、よくてベアの要求はインフレ水準止まりになりかねない。だとすると実質ゼロベア・ノルムは変わらない。

──金融緩和でインフレを醸成しようとするよりも、日銀は金利を着実に上げて少しでも円安進行に歯止めをかけた方がいいのではないでしょうか。

河野:完全雇用に近い状況の中で緩和環境を維持したことで、円安インフレを助長したので、コロナ禍の下で積み上がった強制貯蓄は、使う前に消失してしまいました。さらに、円安によるインバウンド消費で外食や宿泊の価格が上昇するなど、日本国民の個人消費をクラウドアウト(締め出し)しています。

 個人消費が弱いから利上げが難しいといった議論がありますが、むしろ利子所得の増加や、円高による実質購買力の改善は、家計にとって大きなメリットのはずです。

──日銀が見誤った需給ギャップの問題も指摘されています。

河野:日本は完全雇用に近いとはいえ、米国のように需要が旺盛でインフレが起きているわけではありません。高齢者や女性の労働供給が頭打ちになってきた上に、働き方改革が大きく作用して、残業時間を増やせなくなり、労働力の供給が抑えられている。

 これは、労働供給がボトルネックとなって供給サイドの天井が下がっている、つまり潜在成長率が下がっているということですから、それは深刻な事態で「物価と賃金の好循環」などといって喜んでいる場合ではありません。

──GDP(国内総生産)の5割強を消費が占めるのに、消費を起点とした内需拡大政策に転換せず、輸出企業を優遇する政策からなかなか脱却できません。

河野:日本では、長い間、輸出回復を起点とする景気回復のシナリオが描かれてきたため、景気回復が長引いても、円高を避けるために金融緩和を固定化してきました。しかし、ただの一度も輸出回復が実質賃金の回復にまでつながったことはありません。

 リーマンショックの後、私は円安政策を続けても、輸出企業の業績回復を起点に賃上げという形で家計に恩恵が広がるなんてことはありえないと思ったので、「次の景気回復局面では早めに利上げをして、金融緩和政策から脱却していくべきだ」と主張しました。

 ところが、逆にその後の回復局面では、アベノミクスの異次元の金融緩和が始まってしまった。今ではその副作用で、円安が進み、家計が苦しめられるありさまです。

──最近はそうしたリフレ政策の主張は鳴りを潜めましたが、成長戦略が足りないという話になっています。これも、河野さんは本筋ではないと指摘しています。

成長戦略より必要な社会保障制度のグレードアップ

河野:今ではようやく、アベノミクスは失敗だったと考えられ、金融緩和と財政拡張をもっと増やせ、とはエコノミストはさすがに言わなくなりました。一方で、政府は成長戦略をやるべきだ、生産性を上げる政策を行うべきだということを多くのエコノミストが言い続けています。

 私も、成長戦略で生産性を上げる政策が悪いとは言いません。ただ日本の実態は、生産性が上がっているのに賃金が増えず、消費が上がらないということなのですから、「成長戦略が足りない」「生産性が上がっていないことが問題だ」という認識は間違いです。

 また、開発経済学者のアビジット・バナジーは「経済成長を促すメカニズムはまだよくわかっていない」「とりわけ、富裕国で再び成長率が上向きになるのか、どうすれば上向くのかということははっきり言って謎である」としています。

 政府は当てにならない成長戦略にお金を使うよりは、社会保障制度をグレードアップすることに、90年代後半から着手すべきだったと思います。

 グローバリゼーションやIT革命によって社会構造が変貌し、大きなリスクに晒されるようになった下流中間層へのセーフティネットを手厚くするべきだったのに、それを怠りました。包摂的な社会制度に変えていくことが、成長を回復する近道だと思いますね。

 まずは、生産性が上昇した分に見合う実質賃金の引き上げを大企業が実施して、消費を増やしていく。生産性が上がっていないという主張は真実ではないので、やめましょう。国民民主党の「手取りを増やす」という視点は良いのですが、本来は大企業が賃金を上げることに尽きるのであって、国庫から持ってくるという話ではないと思います。

 政府で言えば、非正規の地方公務員の正規化が必要だと思います。近年、地方公務員は増えていますが、その多くは非正規雇用です。働き甲斐のある安定した仕事を公的に生み出すのは重要です。また、介護や看護などは社会にとって、重要な仕事だと言われながら、安すぎる賃金でやりがいも燃え尽きてしまっています。

──もう一つ、著書の中で大事な話が「イノベーションの本質は収奪的」というものです。

なぜイノベーションの本質は収奪的なのか?

河野:歴史的に見るとイノベーションの恩恵が直ちに多くの人に広がるわけではありません。18世紀後半に起きた産業革命も、最初の100年は資本家と起業家に恩恵が集中してしまいました。むしろ、多くの人の実質賃金は19世紀後半になるまで低下していたのです。

 1990年代後半以降のITデジタル革命でも、アイデアの出し手などトップ1%の高所得者に富が集中する結果となりましたし、グローバリゼーションと相まって製造現場のオフショアリングが進み、中間的な賃金の仕事が失われ、低所得者層が増えてしまいました

 アセモグルとサイモン・ジョンソンの『技術革新と不平等の1000年史』では、イノベーションには包摂型と収奪型があると説明しています。多くのイノベーションは自動化をもたらし、むしろ、労働需要を減らし、賃金を押し下げる収奪型になってしまう。

 社会がこれをうまく飼い慣らして、新たな仕事を生み出すようにしなければ、労働需要は増えず、賃金も上がりません。

 かつては民主化が進み、労働者が団結して資本家や起業家に対抗することで、生み出されるイノベーションが包摂的な方向に向かい、実質賃金が上昇してきました。今、日本では労働組合の力が欧米よりも格段に弱いですから、実質賃金は上がらず、非正規雇用が増えてしまった。

 私は非正規雇用制をダークサイド・イノベーションと呼んでいます。人手不足が続いているというと、安易に移民やAI導入で解決しようという議論がなされますが、「収奪的イノベーション」に陥らないように、下流中間層に配慮した制度を導入するなど、社会が適切にコントロールしていくことが必要で、包摂的な社会制度の構築が不可欠です。



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