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心脳問題-心と意識-

2012-01-16 06:39:24 | 心脳問題
 心脳問題の対象を指すのに「心」というよりは「意識」という言葉を使うことが多いようです。これについて茂木健一郎は次のように述べています1)p178
----引用-------
今日、科学の文献の中で、脳の高次の機能を論じる場合、「心」(mind)という言葉が使われることはあまりない。「心」という概念は、今のところ科学的方法論にはなじみにくいと考えられている。一方、「意識」(consciousness)という言葉はしばしば科学論文の中で使われ、「意識」をテーマとした科学雑誌も次々に創刊されている。明らかに、科学者は、「心」よりも、「意識」の方が、科学的議論の対象としてなじむと考えているのである。
----終わり------

 茂木はその理由として、「「心」の属性は主観的には明らかな一方で、それを他人に伝えることは極めて難しい」という点を挙げています。これが「意識」であれば「主観的な側面を含む概念であるが、一方では客観的に捉えることが可能である側面を持っている」ので科学的方法論にもなじめるのだとの意味のことを述べ、「最も単純な見方をすれば、「ある」、「ない」という二元的な状態で割り切れる要素を持っている」という点を客観的な面のひとつと考えているようです。

 私の捉え方は少し違います。「心」とは「意識」よりも広い範囲を指し、いわゆる無意識的な機能も含むと考えます。また無意識とは言えませんが、感情や情動と呼ばれるものも心に含まれると言えます。そして意識の有無が客観的にわかるかどうかは意識の定義によるでしょう。少なくとも人以外の動物について客観的にわかるのは、覚醒状態と睡眠状態が判別できるということで、覚醒状態で「自意識」を持つのかどうかは判定の難しい問題です。こうなると「自意識」を持たない意識状態というのは定義しうるかという問題も出てきます。

 そもそも意識状態の役割は何でしょうか?つまり意識状態でないと発揮できない心の機能とはどんなものでしょうか? その大きな部分は未来の行動計画を立てることでしょう。単に刺激に自動的に反応するのではなく、記憶を検討し、脳内シミュレーションで行動の結果を予測し、最善の行動を選択する、という動作です。そしてこういう機能は、少なくとも鳥類やほ乳類の多くは持っているようです。もっとも昆虫のように、見た目は計画的行動に見えても実は反射的行動の組み合わせという場合もありますから油断は禁物なのですが。そして、このような意味での「意識」は備えている生物であっても、そのように行動計画を立てている自身の心自体を「私は計画を立てている」と自覚する「自意識」を持っているかどうかはまた別の問題です。

 このように「意識」という言葉はある程度明確に限定して使うことができるのに反して、「心」はあまりに範囲が広く多様な定義ができてしまうことが、科学的方法論にはなじみにくい理由だと私は考えます。


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