12日(土)は長野県鹿教湯温泉郷の鹿教湯病院の病院祭にM茂さんと参加した。
日の出直後の大きな旭日を拝みながら、朝5時に逗子を出発。

横横、首都高、関越道、上信越道経由で東部湯の丸で降りて、鹿教湯に入ったのは10時。
神奈川県の住民としては、中央道経由の方が速そうに感じてしまうが、どうやら速さを求めれば
このルートが一番らしい。

丸茂さんは、すでに病院で午前中の出演者の演奏を聴いていた。
僕らが演奏するのは、2階の憩いの広場という名の、休憩室で、午前中はJAZZのバンドが
ムーディーな曲を演奏している。私が着いたときは、ピアノ、ベース、ギター、ドラムの4人編成
のバンドだった。BGMという感じで特にMCもないようで、上手いのに聴き手は注目していない。


M茂さんはざっと病院祭の会場を案内してくれた、僕らがやる予定の2階の休憩室から始まって
講堂では地元小学校の金管楽団、正面玄関前広場ではロックバンド、と音楽だけで3つの会場に
分かれていた。




出店も、かき氷、焼きそば、たいやきなどが出て、お祭り気分を盛り上げている。
僕らのバンド「O3」のポスターも、院内のいたるところに貼ってあった。

11時ころから、宿に一旦戻って、最後の音合わせをしました。
このあたりから、トラブル続出。そもそも、先ずM茂さんの電動車いすがパンクしてしまった。
そして、M茂さんが録音機を宿に忘れ、私が取りに戻ったら今度は、電子トランペットの吹き口が
もげてしまっていた。それを瞬間接着剤でくっつけて応急修理して、演奏会場でセッティングを
始めたら、今度はハモニカを宿に忘れて来たというので、応援に来てくれていたM茂さんの同期の
M浦さんに探しに行ってもらって…
演奏は断念しないといけないのか、という事を何度か考えざるをえないような事が連続して起きた。
そんなこんなで、結局お昼ごはんも食べる時間がなく、13:30の開演時刻を過ぎ、15分遅れ
で「聖者の行進」からスタート。
M茂さんは、腕が上がらないので、車いすの前にテーブルと椅子を台において、その上に楽器を
固定して、吹きます。また、肺活量も減っているので、一曲演奏したら、トークを長く入れて
呼吸を整えてから次の曲に進みます。ということで演奏時間より話している時間の方が長いのです。




僕らが、演奏を始めると、M茂さんのように車いすの患者さんたちが大勢集まってきて
僕らを囲んで一生懸命聞いてくれていた。演奏より長いM茂さんの話に、大きく頷いている
おばあさんたち。
結局予定した曲は全部演奏して、ついでにカイマナヒラまで歌って僕らの持ち時間を15分延長、
つまり15分遅れたから、30分も押して終了。大大拍手でした。

終了後にサインを求められ、まるでスターになったようです。
鹿教湯のスター。
その夜の宿では、M茂さんの同期のメンバーが集まって、乾杯です。

こうして「O3=OZONE/OSSAN」の鹿教湯デビューボランティアコンサートは無事に終了したの
でした。
日の出直後の大きな旭日を拝みながら、朝5時に逗子を出発。

横横、首都高、関越道、上信越道経由で東部湯の丸で降りて、鹿教湯に入ったのは10時。
神奈川県の住民としては、中央道経由の方が速そうに感じてしまうが、どうやら速さを求めれば
このルートが一番らしい。

丸茂さんは、すでに病院で午前中の出演者の演奏を聴いていた。
僕らが演奏するのは、2階の憩いの広場という名の、休憩室で、午前中はJAZZのバンドが
ムーディーな曲を演奏している。私が着いたときは、ピアノ、ベース、ギター、ドラムの4人編成
のバンドだった。BGMという感じで特にMCもないようで、上手いのに聴き手は注目していない。


M茂さんはざっと病院祭の会場を案内してくれた、僕らがやる予定の2階の休憩室から始まって
講堂では地元小学校の金管楽団、正面玄関前広場ではロックバンド、と音楽だけで3つの会場に
分かれていた。




出店も、かき氷、焼きそば、たいやきなどが出て、お祭り気分を盛り上げている。
僕らのバンド「O3」のポスターも、院内のいたるところに貼ってあった。

11時ころから、宿に一旦戻って、最後の音合わせをしました。
このあたりから、トラブル続出。そもそも、先ずM茂さんの電動車いすがパンクしてしまった。
そして、M茂さんが録音機を宿に忘れ、私が取りに戻ったら今度は、電子トランペットの吹き口が
もげてしまっていた。それを瞬間接着剤でくっつけて応急修理して、演奏会場でセッティングを
始めたら、今度はハモニカを宿に忘れて来たというので、応援に来てくれていたM茂さんの同期の
M浦さんに探しに行ってもらって…
演奏は断念しないといけないのか、という事を何度か考えざるをえないような事が連続して起きた。
そんなこんなで、結局お昼ごはんも食べる時間がなく、13:30の開演時刻を過ぎ、15分遅れ
で「聖者の行進」からスタート。
M茂さんは、腕が上がらないので、車いすの前にテーブルと椅子を台において、その上に楽器を
固定して、吹きます。また、肺活量も減っているので、一曲演奏したら、トークを長く入れて
呼吸を整えてから次の曲に進みます。ということで演奏時間より話している時間の方が長いのです。




僕らが、演奏を始めると、M茂さんのように車いすの患者さんたちが大勢集まってきて
僕らを囲んで一生懸命聞いてくれていた。演奏より長いM茂さんの話に、大きく頷いている
おばあさんたち。
結局予定した曲は全部演奏して、ついでにカイマナヒラまで歌って僕らの持ち時間を15分延長、
つまり15分遅れたから、30分も押して終了。大大拍手でした。

終了後にサインを求められ、まるでスターになったようです。
鹿教湯のスター。
その夜の宿では、M茂さんの同期のメンバーが集まって、乾杯です。

こうして「O3=OZONE/OSSAN」の鹿教湯デビューボランティアコンサートは無事に終了したの
でした。