ネット環境が整ってない祖父母の家に農作業の手伝いに行ってましたので、昨日は投稿できませんでした...すみません。
というわけで、今日は2枚分出します。また明日から1枚ずつの投稿目指して頑張ります!


本文詳細↓
どうしたらいいかわからず固まっている僕をよそに、『彼女』はなおも聞いてきた。
「な、名前って……それは、メトロポリスでしょ?」
ここがいくら辺鄙な土地でも、自分の住んでいる国の名前を言えないやつはいない。だけど、『彼女』は僕の返事を聞いて笑った。
「違うよ。それは違う。フフッ」
喉を鳴らして、何度も、心底愉快だという顔で。
「違わないよ。ちゃんと習ったもん」
笑われたのがどうしてか悔しくて、僕はそう言い返した。すると『彼女』は枝の上に立ち上がって、深い笑みを浮かべたまま言った。
「違うよ。それは国の名前。世界の名前じゃない」
足首まであるような、『彼女』の長い銀糸の髪がふわりと広がった。身に纏っている濃紺色の羽衣のようなドレスが僅かな空気を得て、軽やかに宙に舞う。
千年紡がれた詩のように、幻想的で、心奪われる。
「一緒じゃ……ないの?」
「違うよ」
ざあ……っと、木々の葉が揺れた。『彼女』の髪も服も、風に遊ぶ。
「人は営みを繰り返し、国を作り、記憶の塵にそれを埋めてしまった。この鳥籠の、愛おしき箱庭の名を」
目が離せない。
『彼女』の声しか聞こえない。
『彼女』の薄い唇が紡ぐ言葉が、
その音のひとつひとつが、
僕の体に染み込んで、
僕の何かを変えていく。
「人だけが忘れてしまったこの世界の名と生まれを、君は知ることができるかしら?」
「トルヴェール! どこだ?」と、いつのまにか後ろからいなくなっていた僕を、父さんと兄さんが探す焦った声がした。
そこで僕は我に返った。だけど、『彼女』はもういなかった。『彼女』がいたという痕跡もなかった。
謎かけのような言葉を残して、蒼き月夜の彼女は僕の前から姿を消した。
僕はもう一度『彼女』に会いたい。だから旅に出た。
これは、そんな僕の旅の記録だよ。