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凄いとか、素晴らしいとか、色々言い方はあると思うけど、この日僕が受けた衝撃は、そんな一言で収まるものじゃなかった。
「はっはっ。言葉もないか?」
「……はい。本当に……」
嬉しそうな声にも、僕は呆然として適当な返事しかできなかった。
僕らの目の前に立つのは桜の木だった。人間が百人手を繋いだって届かないほどの太い幹から、左右に力強く伸びた枝の先。そこに咲いた幾億の花で空が見えないほどの、巨大な桜の木だ。
今日、僕らは世にも珍しい樹上都市「花と霞の里」へやってきた。花と霞の里は、新緑の木々が茂る連峰の頂上に咲いた万年桜の上にある。そこに住んでいるのは「鬼」と呼ばれる種族で、外界との交流も少なくはない。ただ、高い山の上のさらに木の上にあるということで、人間が訪れるのは稀なことらしいけど。
「この万年桜は、その名の通り年中咲いていて散ることはない。わしらにはもう見慣れたものだが、外から来たものは皆、おぬしらと同じように見蕩れ、賞賛してくれる。いやはや喜ばしい、自慢の古里よ」
赤い顔をほころばせた、この四本角の大柄な鬼はヤクシャ童子さんといって、アダムの古い友人らしい。前の町でアダムが手紙を出したら、なんと山の麓まで迎えに来てくれた。そこからは鬼の神通力というやつで、万年桜の根元までひとっ飛びだ。