神宮球場ヤクルト主催試合、この時期は5回裏が終わった後に300発の花火が打ち上がります。近所の人は皆知っているので、毎回結構の人で賑わいます!
ここでは過干渉が子どもに与える影響を4つ
- 【影響1】自信がなくなってしまう
- 【影響2】気力が低下する
- 【影響3】親に対して罪悪感を抱いてしまう
- 【影響4】自分では決められなくなる
「過干渉も放任も、同じ親の無関心です」
とは加藤諦三氏の言葉。この話を患者としたのだが、干渉しているのに無関心とはどういうことか、過干渉と過保護の違いとは何なのか、確かにこの一文を瞬時に読み解くのは難しい。だからその解説をして、思っている事をあれこれ話した。
ところで過干渉と過保護について。先ずは「過干渉」の定義だが、子どもの興味を無視して子どもの将来に良かれと思う事を押し付ける、という感じ、つまり過干渉は子どもを見ていないとか、子どもの「今」に無関心だという事がわかると思う。
それに対して「過保護」は子どもの興味を尊重し育てるという事。「過保護は自立の芽を育て、過干渉は自立の芽を摘む」と精神科医の故・佐々木正美氏が言っているように、過保護は悪いことではなく、むしろ子どもの欲求に応える事になるため、承認欲求が満たされ自己肯定感が高まり、自立への道を歩み始める。
「過保護は自立の芽を育て、過干渉は自立の芽を摘む」と精神科医の故・佐々木正美氏が断言している。
ここでは過干渉な親に育てられた子どもの特徴を5つ
- 特徴1:「いい子症候群」から「アダルトチルドレン」になる
- 特徴2:アイデンティティが確立できず無力感におそわれる
- 特徴3:打たれ弱く失敗を恐れるようになる
- 特徴4:親に対して激しく反抗するようになる
- 特徴5:ほかの人間をコントロールしたがるようになる
「小さい時は本当に良い子で」
なまじ少しばかり勉強ができ、親に従順だったものだから、親の勘違いからいつの間にか偏差値にだけ目が向いてしまう。親に反抗できないまま月日が流れ、思春期すぎてそれが爆発してしまう。そんな感じで育った子、親との関係がギクシャクしている高学歴の人は五万といる。もしくは逆に親に対する大いなる依存。挙句の果てにパートナーに母親を求める人が出てくる始末。やはり親から干渉されすぎたか、それとも放置されすぎたか、親の無関心の犠牲者は至る所に存在する。
「子は親の鏡である。子どもを見れば親がだいたい見えてくる」とはよく言ったもので、ティーンでも普段から親と話ができる関係が成立しているかどうかは、子どものこれからの生きやすさの指標となる。だから子どものためにも親がその成長に合わせて見守るというか「待つ」というか、そういう姿勢を見せる事が子育てにとても大切なように思うのだが、言うは易し行うは難し、私もそうだが実行はなかなか難しい。うん、そうなんだ、身近な他者ほど厄介な者はいない。
ネガティブな感情に支配されていても、やはり子どもと接する時の中庸は意識したい。はっきりしているのは、子どものバランス感覚は人と触れ合う中でしか身につかないという事。「過干渉も放任も、同じ親の無関心」とは加藤諦三氏の格言であるが、人との触れ合いと親の関心のありようだけで子どもは育つのだから、白黒させてすっきりしたい人が多いこの世の中ではあるが、干渉しすぎず放っておきすぎず、子どもを見守ってもらいたい。
甘やかされて育った子の方が、意外と芯が強い。頑張れ頑張れで育った、幹は太そうに見えるが中はスカスカの子よりも、はるかにしぶとい感じがする。そりゃあそうだ、誰もが自分を好きになってくれると錯覚して成長してきたのだから、どんな苦海にだって飛び込んでいける。