中高年の山旅三昧(その2)

■登山遍歴と鎌倉散策の記録■
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ロッキー山脈紀行(11):第2日目(3):パゴサスプリングス

2010年09月07日 07時03分55秒 | アメリカ;ロッキー山脈

                    <レストラン「チェリー」>

     ロッキー山脈紀行(11):第2日目(3):パゴサスプリングス
            (アルパインツアー)
        2010年8月19日(木)~28日(土)

第2日目:2010年8月20日(金
) (つづき)

<第2日目の行程(2)[再掲]



<郡都アラモーサで夜食>

■郡庁所在地アラモーサに到着
 グレートサンドデューン国立公園の砂漠を堪能した私たちは,再び2台の専用車に分乗,16時56分に,出発.まずは往路のルート150号線に沿って南へ下る.そして,15分ほど走ったところでルート160号線に突き当たる.ここを右折して,ルート160号線に入る.
 一直線の広い道が西へ延びている.専用車は西へ,西へとばく進する.
 17時38分,アラモーサ(Alamosa)市内に入る.ウイキペディアの記事(資料1)によると,アラモーサはアラモーサ群の郡庁所在地で,人口約8600人の小さな町である.
 以下がウイキペディアの記事である.英語を自動翻訳したものなので,ちゃんとした日本語になっていないが,何となく意味は分かる.
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 市はアラモーサのはホームルール市町村は郡庁所在地と,最も人口の多い都市のアラモサ郡,コロラド州, 米国 . [8] [2] 米国 国勢調査局2005推定,の人口は8682だった[ [9]は、市内商業の中心地であるサンルイスバレー中央南コロラド州.
 アラモーサはによって設立された1878 5月,デンバー,すぐに中心になった重要な鉄道. 鉄道は,長年にわたってアラモーサ豊富建設,修理,出荷施設ていた,ここで鉄道の総線路南西コロラド州,ニューメキシコ州北部で多くのポイントに達するとの残りの狭軌サービスを本拠とする.
  アラモーサは多くの近くの観光スポットを含む注目の観光の町,現在グレートサンドデューンズ国立公園と保護区. 町は"リオ"6月に労働日の週末に初期鉄器自動車ショーの最初の週末を発生したときにサマーフェストをホストします.
都市の名前から,その時間アラモーサ川. "アラモサ"はスペイン語形容詞 の"の意味ハコヤナギ" [ 4]
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<レストラン「チェリー」のエキゾチックな床模様>

■レストラン「チェリー」で夕食
 アラモーサは小さな町である.1分足らずで市街地を抜けて,郊外のレストラン,チェリーに到着する.
 どうやら有名なレストランらしくて,沢山の客で店内は混雑している.私たちは6人ずつ分かれて,は少々離れたテーブルに座る.
 席に着くとすぐに,氷の入った水が配られる.日本の大ジョッキと同じぐらいのガラス容器になみなみと水が入っている.喉が渇いていたので,これは有り難い.
 続いて飲み物の選択.私はオレンジジュースを所望する.これもまた大ジョッキ一杯のオレンジジュースである.
 次に前菜.スープとサラダのどちらかの選択.私はサラダを選ぶ.これまた結構なボリュームである.ここまでで,ほぼ満腹になってしまう.
 いよいよメインディッシュ.ガイドが5種類のメニューを説明,その中から1品を選ぶという嗜好である.これは楽でよい.私はリブ肉とエビを選ぶ.ガイドの説明によるとそれほどボリュームはないというので・・
 ところが,それでも優男の日本人である私には,やっぱり量が多い.しかし,大変美味しい.でも,結局は,3分の1ほどは残してしまう.後片付けに来た店員に,
 「とってもデリシャスだったけど,私にはちょっと量が多くて・・残してしまいました・・・」
と言い訳を言う(勿論,英語で).
 「美味しかったですか.それは良かった・・残しても構いませんよ」
と店員はニッコリする.
 ガイドの薦めもあって,私は残り物をテークアウトすることにする.ところがレストランから頂戴したテークアウトボックスが予想以上に大きい器なので,またビックリ. 戦争時代を経験している私たちの年代は,未だに食べ物を残すことに大変な罪悪感を持っている.その結果,往々にして,自分の胃袋を貯蔵庫かゴミ箱と勘違いして,ついつい無理をして余計に食べてしまう性癖がある.余談だが,昨年秋に急性胃炎に罹って1週間ほどウンウン呻ったのも,結局は「もったいない」意識から余計なものを食べすぎたのが,直接の原因だった.
 「胃袋も身の内だよ・・・全く!」
 私の心の奥底に住んでいるもう一人の私が,意地汚い私に呆れて,愚痴をこぼす.
 ・・・で,最後にデザート.超甘いベタベタしたもの.これはさすがに甘すぎて食べられない.

<前菜>


<主菜>


<巨大なドギーバッグ:結局,ホテルのゴミ箱に捨てた>

■ギラギラと夕日が沈む
 夕食を終えて,19時18分,レストランを出発する.
 19時を過ぎているとはいえ,アメリカでは,現在サンマ-タイムの期間中である.西日がギラギラと車内に降り注ぐ.透明な空気に,クリスタルな光景である.
 走り出してすぐに眠くなる.
 どのくらい居眠りをしていたのだろうか.目が覚めると,丁度,西の空に太陽が沈むところである.丁度20時04分.
 車内では起きているのは運転手券ガイドのネイトさんだけ.後全員が白河夜船.


<パコサスプリングスに到着>

■ホテルにチェックイン
 21時06分,私たちはパゴサスプリングスのホテル,ザパゴサロッジ(The Pagosa Lodge)に到着する.
 チェックインが済むと,すぐに部屋に入る.私は相変わらずSさんと相部屋.
 シャワーを浴びてすぐに就寝.
 こうして,ようやく第2日目も無事終わった.
 ちょっと疲れたな.私たちは登山が目的である.観光には余り興味がない.観光はもう勘弁願いたい.一刻も早く山へ登りたいというのが,私の率直な感想である.




■パゴサスプリングスの概要
 例によって,ウイキペディアでパゴサスプリングスを調べると以下のような記事がある(資料2).意味不明な箇所もあるが,そのまま引用する.
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 町はスプリングスのパゴサですホームルール市町村は郡席のだけ組み込ま市町村では,アーチュレッタ郡コロラド州, 米国.。 [5] 人口がされた時1591 2000年の国勢調査.
  郡の土地%は約65のいずれかですサンファンナショナルフォレストまたは南ユトゥインディアンの土地.
 パゴサスプリングスとその周辺の郡は、第2のホームの所有者の実質的な流入を経験している,2006年プロパティの評価は,その地域の60%が民間のプロパティが非居住者によって所有されることを示します.
 パゴサスプリングスが配置され,約35マイル(56キロ)北の新メキシコとの国境上に位置で7,000フィート(2,100)メートル西側斜面のコンチネンタルディバイド.北高の砂漠高原と劇的なロッキー山脈の組み合わせにより,東異常温暖な気候を作成し,夏の数ヶ月,特に周囲の南西部の多くと比較した.パゴサは太陽の約300日,毎年と同様,四季がはっきりと支持される.
 町は上部にある位置サンファン盆地,囲ま3000000エーカー(12,000 km2)のサンフアンナショナルフォレスト最も大きく,隣接するコロラド州の地域自然状態のウェミナッチ荒野.
 人々は温泉は,世界で最大かつ最もホットな天然温泉の,1つの有名その治療力のことを続けに集まります.ユーツは硫黄に富むミネラル温泉"ふぅんをgosah"が熱い風呂を楽しむために"癒しの水"と訪問者は世界中から来て意味と呼ばれる.いくつかの病気を治すために,他のは,単にミネラル豊富な海域でリラックスしています.温泉が近くにいる時の自然な補完をパゴサスプリングスエリアクロスカントリースキー年間ラウンドレクリエーション活動,ダウンヒルなどウルフクリークスキーエリア.森林サービスの土地でスノーモービルも非常に人気があります.サマータイム活動は釣り,ハイキング,ラフティングが含まれます.秋に,是非,面積はヘラジカ,鹿を収穫ハンター,人気の宛先,および他のゲームの動物です.
  "ダウンタウンパゴサスプリングス"のためのデュオ先最終れたトラック運転手1975 の国" ウルフクリークパス"で曲のCWマッコール.USハイウェイは,160のパスから町には,mフィート(1,500 5,000行くから垂直降下の周り)曲のヘアピン郡スイッチバック都市"として"記述されます.
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[参考資料]
資料1:
http://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&u=http://en.wikipedia.org/wiki/Alamosa,_Colorado&ei=b0uFTO_lJYykvgPY6KnYCQ&sa=X&oi=translate&ct=result&resnum=3&ved=0CDYQ7gEwAg&prev=/search%3Fq%3DAlamosa%26hl%3Dja%26rlz%3D1T4ADRA_jaJP358JP359%26prmd%3Dimln
資料2:
http://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&u=http://en.wikipedia.org/wiki/Pagosa_Springs,_Colorado&ei=D1mFTN6MLoWevQOxq_yKBA&sa=X&oi=translate&ct=result&resnum=10&ved=0CEwQ7gEwCQ&prev=/search%3Fq%3DPagosa%2BSprings%26hl%3Dja%26rlz%3D1T4ADRA_jaJP358JP359%26prmd%3Divm
                               (つづく)

「ロッキー山脈紀行」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/c00063f4336e0465aff2b77cfbba73d2
「ロッキー山脈紀行」の次回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/b79cf8f3f7bdf8a9cdec5125b1c5a197

[編集後記]

2010年9月7日(火)

 昨夜,夕方になっても,自室に熱気が籠もっていたので,少々,室温を下げようとして,冷房をONにした.冷房がONになっているのを忘れて,そのまま就寝.
 今朝になって,鼻がグズグス,喉に痰が絡む.どうやら冷房のせいで夏風邪を引いてしまったようである.症状は大したことないが,先日来,テレビが盛んに“残暑が厳しいから無駄な外出は避けなさい”と言っている.まあ,そんなことを言い訳にして,丹沢詣では明日に延期.今日中に風邪を治して,明日こそ塔ノ岳のネコに会いに行こうかと思っている.
 「ハァ~クション・・・ゴホン,ゴホン」
どうも調子が今ひとつだな.
 トイレから持ち出したロールちり紙を鼻紙にしていたら,午前中でロール半分ほど使ってしまった.
 「こりゃ~・・まずいな,今日は一日,家で温和しくしているか」
 台風の影響だろうか.軒先でビュウビュウ音を立てながら,風が吹き抜けている.
 本日,ロッキー山脈の旅でご一緒したTさんから,大きな封筒が送られてくる.中にはTさんが自費出版された単行本『還暦―旅と人生―』が入っている.なかなかの力作.大したものだ.今の私には到底真似はできない・・・・が,何時の日にか,私も単行本なるものを出版してみたいと漠然と思い始めている.
    
     <著者の承認を得ていないので著者名は伏せた>
 
 まだ,詳しくは読んでいないが,ざっと拾い読みをしてみる.
 わずか10日間,ご一緒しただけでは,全く知り得なかったTさんの生き様がこの本を読んで分かってきた.
 「・・Tさんって,凄い人だな・・」
これが,私の率直な感想である.
 旅は素晴らしい.一期一会ということもあるが,偶然にも尊敬できる素晴らしい方々の知己を得るのは,自分の人生をさらに豊かなものにしてくれる.そんなことからも,私は命のある限り旅人であり続けたい.
 「さぁ~てッと,オレも単行本を自費出版するか・・」

そうは言いながら,直ぐに計算が始まる.
 「自費出版するお金で,2~3回は海外旅行に行けるな・・・」
これこそが,私が自費出版に踏み切れない最大の理由かもしれない.
 心の奥底の私がすかさず,
 「そんなの言い訳だよ・・お前さん,単行本を書くほどの文才がないんだって,素直に認めなよ・・」
 「何言ってるんだ,ベラボーめ! てめえなんか,あばら骨の奥にでも引っ込んでろ・・」
私は,もう一人の私に罵声を浴びせる.
 「ああ~・・スッキリした!」
                            (ぼやき終わり)



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