榛名神社は第31代用明天皇(585~587年)の時代に創建されたと言われています。本殿、神楽殿、額殿、双龍門、矢立杉、随神門などが国指定重要文化財に指定されています。
平成29年秋より境内の国指定重要文化財の「国祖社・額殿」「双龍門」「本社・弊殿・拝殿」「神楽殿」の保存修理工事が行われています。今年(令和6年)春に「国祖社・額殿」「双龍門」の保存修理工事が完了しました。その他は引き続き工事中で令和8年末までに完了の予定囲いに覆われて参拝できません。
この神社の歴史は古く、延長5年(927年)に完成した全国の主要な神社名を書き上げた「神名帳」によると上野国十二社の群馬郡小社として榛名神社は位置づけられていて「式内社」として格式の高い神社と考えられていました。中世の榛名神社は快良が承元4年(1210年)初代座主になり以来関白道長の子孫が南北朝時代まで代々受け継いだとされています。戦国時代には座主も置かれずに衰退の一途をたどりましたが近世に入り天海僧正の手により榛名神社は復興されたと言われています。
慶長19年(1614年)「上野国天台宗榛名山岩殿寺法度之事」が出され以降寛永寺の支配を受けるようになました。明治維新となり慶応4年(1868年)3月神仏分離令が出され明治3年に仏教的なものすべてを破棄する様岩鼻県から指示指導が有り実行され榛名神社から仏教色は一掃され田と言われています。ただ、三重塔だけはのこされ現在に至っています。
榛名神社入り口
随神門 弘化4年(1847年)に再建されたものでかつては仁王像が置かれていました。
参道 石畳の敷かれた700mの参道は杉の大木、巨岩 沢の水に囲まれ滝もある清らかで厳かさを感じられます。
神宝殿 群馬県内で唯一の三重塔 神仏分離の時これだけは残されました。
矢立杉 武田信玄が箕輪城攻略の際戦勝祈願をしたとされている古木
御幸殿
階段を上ると本殿横です。
双龍門 安政2年(1855年)建立された四脚門で総ケヤキ造り。扉には竜の彫刻、天井には昇り 竜下り竜が画かれています。
国祖社 保存修理が完了しあざやかな極彩色がよみがえりました。
本殿は修理工事中で見ることができませんが後背に御姿岩がそびえ、この岩の洞窟にご神体が祀られているそうです。本殿となる本社、弊殿・拝殿は文化3年(1806年)に建てられた権現造りで精密な彫刻と濃密な色彩が御姿岩と調和して荘厳な空間が生まれています。(現在は見られません。
水に浮かべると文字が浮かび上がってくる「御神水開運おみくじ」を右側に有る水に浮かべます。その後左側の廻転灯籠の自分の干支のおみくじをおみくじを納め灯籠を廻転させると運が回ってくるとされています。
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