あの日、津波が押し寄せた仙台港付近。
キリンビール仙台工場には、従業員の他、工場見学やレストランへの一般客もいた。
震災のおよそ2年前、津波避難ビル使用協定を市と締結していたことから、防災訓練も実施されていたため、避難誘導は円滑だったらしい。
その後、大津波警報の発令を受け、ビル屋上へと適切な避難がなされたという。
だが、異様な揺れと津波に襲われ、どれ程不安な一日だったろう。
幸いだったのは、平時に防災意識と備蓄などの準備がなされていたことだった。
工場は内外共に惨憺たる状況だったが、従業員や協力会社の尽力で工場内の片づけが行われた。
数カ月かけて内部の清掃と整備がなされ、外の倒壊したタンクを撤去。
9月、ついに生産再開を果たした。
11月には工場見学やレストランも再開。
翌年の12月に来訪した際には、レストラン内に震災時と再開への歩みが展示されていた。
この日、美味しいビールと焼き肉を大いに飲み食いし、工場の人々の努力に感心したものだった。