斎藤 環(さいとう・たまき)
筑波大学医学専門群/
爽風会佐々木病院
<医療法人社団爽風会 佐々木病院(千葉県)
千葉県船橋市金杉町159-2
「病院建築は治療する道具である」を理念に設計された佐々木病院は、若年の患者さんにとって最高の治療環境となるよう工夫されています。特に、刺激に敏感な患者さんを保護するため、光と音をコントロールし、穏やかな空間を提供しています。
佐々木病院は開院(1968年)当初から、「外来中心」「短期入院」「完全開放」「思春期・青年期中心」で運営されてきましたが、新築移転(2001年)後は、その特徴がさらに強化されています。
患者さんが地域で生活しながら治療を受けることを原則にしている
佐々木病院は、60床の小規模の単科精神科病院で、平均在院日数は60日以下と短く、入院患者さんの7割は10代~20代の若い患者さんが占めています。
開院当時は統合失調症の入院患者さんが多かったようですが、
現在は、社会的引きこもり、パーソナリティ障害、摂食障害、解離性同一性障害、PTSDなど、思春期・青年期の疾患を専門的に扱う精神科病院に進化しています。
このように思春期・青年期に特化した治療を提供できる背景には、思春期・青年期を専門とする複数の医師が佐々木病院に在籍していることに加えて、周辺の複数の精神科病院とうまく連携しながら役割分担できていることがあるようです。
患者さんの治療に当たっては、精神科医師だけでなく全ての職種がサポートする「チーム医療」を行っています。薬物療法以外にも、病棟内のコミュニティーミーティング、引きこもり専門デイケア、新しい作業療法などを取り入れて、患者さんの人生をよりよいものにする支援を行っています。
さらに、佐々木病院では最寄り駅のすぐそばに精神科クリニックおよび心理オフィスを併設しています。「心の風クリニック」(開院当時の名称は船橋神経クリニック)が開院した1967年当時は、街中のアクセスがよい場所に精神科クリニックがあるのは大変珍しいことでした。現在は、一般診療に加えて、主にうつ病患者さんの復職支援デイケア・、摂食障害患者さんのナイトケアなどを行っています。
心理オフィス「こころのドア船橋」では臨床心理士による相談やサイコセラピーを行っています。
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精神科医
1961年、岩手県生まれ。筑波大学医学専門群(環境生態学)卒業。医学博士。現在、爽風会佐々木病院勤務、同病院診療部長。『社会的ひきこもり』(PHP新書)、『「ひきこもり」救出マニュアル』(PHP研究所)、『ひきこもり文化論』(紀伊國屋書店)など著書多数。テレビゲームやアニメなど、サブカルチャーにも造詣が深い。
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〇社会的ひきこもりって?
――"社会的ひきこもり"の定義を教えてください。
斎藤: "社会的ひきこもり"の定義は、「(自宅にひきこもって)社会参加をしない状態が6ヶ月以上持続しており、ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいもの」です。"ひきこもり"は病名ではありません。あくまでも状態をあらわす言葉なのです。
ここで"社会参加"としているのは、就労・就学としますと、ニートと同じになってしまうからです。いまはすっかりニートブームですが、ひきこもりとニートの違いは、家族以外との対人関係があるかどうかです。ニートで就労・就学はしていないけれども友達がたくさんいる人は、ひきこもりとは呼ばないわけです。
――具体的には、ひきこもりと呼ばれる人は、どのような生活をしているのでしょうか。
斎藤: ひきこもり事例のライフスタイルというのは、かなりの程度、似通ってきます。まず、家からあまり出ない。家の中で、主に自分の部屋にひきこもっています。ひきこもりというのは社会のみならず、家族からも閉じこもり、二重にひきこもった生活を送っていることが多いのです。
ひきこもって何をしているかというと、"何もしていない"人が一番多い印象です。これは、一般の人には想像しにくいと思いますね。ひきこもりは、テレビゲームとかインターネットとか、部屋でできることをしているに違いないと想像するのが、普通かもしれません。
実際にひきこもってしまうと、何かを楽しむという心のゆとり自体が失われてしまうことが多いので、テレビくらいは見るかもしれませんが、横になったりだとか、呆然としていたりだとか、そういう無為な時間を長期間過ごしてしまう人が非常に多いのです。
――先生が著書などで"ひきこもりシステム"と呼ばれているのは、どのようなものなのでしょうか。
斎藤: 人は生活をするときに、生活圏というか、活動の領域を、個人と家族と社会というふうにわけていると思います。通常は、個人と家族と社会というのは接点を持っているわけですよね。コミュニケーションしていますから。それで、お互いに影響を与えあいながら活動しています。
ところが、ひきこもりが起こってしまうと、この接点がバラバラになってしまうのです。まず個人が社会から離れていきます。初期はまだ家族を通して社会との接点がありますけれども、ひきこもって個人が家族からも離れてしまうと、家族も社会から離れてしまいます。家族も仕事や近所づきあいをしているわけですから、全く社会と接点がないとはいえないと思うかもしれませんが、ひきこもりについては、誰にもそのことを相談できなくて、身内だけの秘密にして抱え込み、この件に関しては社会に背を向けてしまうのです。これが家族のひきこもりです。
バラバラな状態になってしまうと、慢性疾患などと一緒で、その人にとっての自然体で暮らせば暮らすほど、ひきこもりの状態が長期にわたって続いてしまうという、システマティックな意味での恒常性がそこにもたらされます。ちょっとでもそれに逆らう動き、例えば個人が家族とコミュニケーションしようとか、接点を元に戻そうという動きがあると、すぐ反作用が働いて、再びバラバラの状態に戻ってしまうのです。
それくらいこのバラバラの状態はシステマティックに、ダイナミックに維持されていますから(注1)、私はこれを"ひきこもりシステム"と呼んでいるのです。
――何がひきこもりを誘発していると思われますか。
斎藤: ひきこもりは、現在韓国でも増加していて、日韓共通の問題といえます。日本特有の問題だと原因はなかなかわからないのですが、日韓共通の問題となると、原因も推測しやすくなります。つまり、日本と韓国は国民性が随分違うのにもかかわらず、この問題が共通しているということは、国民性とか曖昧なものが原因ではなくて、構造的なことが原因だろうという理解ができるわけです。
私が考えるには、原因はふたつあります。ひとつは近代化がある程度進んだこと、もうひとつは、儒教文化圏ということ。現在では、日本と韓国だけがこの条件を満たしています。
さらに連想を進めていくと、日韓は家族の形態がとても似ていますよね。戦後著しく、少子化や核家族化が進みました。また、家族の基本単位が母と子で、父親は疎外されています。
母子密着の状況下では、母親は、わが子が自立することは望みますけど、結局は一人前になって親孝行してほしいわけです。親孝行は同居しないとできませんよね。ですから儒教文化は同居文化です。何世代も同居するのが一番ハッピーという考え方が基本にあり、われわれはまだそこから完全には脱却していません。
このような家族形態だと、若者の社会的不適応は、変な言い方ですが、"家の中に"ドロップアウトすること(注2)になります。このように考えるなら、儒教文化圏において、ひきこもりが若者の不適応形態としてすごくポピュラーになるのは、必然的なのではないでしょうか。
〇テレビゲームをやるとひきこもりになる?
――室内で行う遊戯の代表がテレビゲームだと思うのですが、ひきこもりとの関係についてはどう思われますか。「テレビゲームをやるとひきこもりになる」というような意見を耳にすることもあります。
斎藤:: テレビゲームに全く悪影響がないと言い切るだけの根拠もないし、ゲームが悪さをしているという根拠も存在しない状況でそういうことを言うのは、明らかに印象論にすぎないわけですね。しかし少なくとも、私はテレビゲームがひきこもりを誘発しているケースに遭遇したことはありません。テレビゲームに熱中した結果、ひきこもるというケースは"ほぼない"と言っていいと思います。そもそも、テレビゲームをしている人の数が少ないのです。私の臨床経験では、時々やるという人がせいぜい1割くらいです。
しかも、家族に遠慮しているのか、新しいゲームソフトを買わずに、同じソフトを何度も、いろいろなルートでクリアするなど、暇つぶしのために、仕方なくテレビゲームをしている人も意外に多いです。
唯一の例外はネットゲームです。わずかではありますが、困ったケースが数件あります。ひきこもりを誘発するというわけではなく、ネットゲームをすることで、よりディープにひきこもることが"稀にある"ということです。
しかし、ネットゲーム依存というのは、テレビゲーム自体というよりも、チャット依存などと同じく、回線の向こうに相手がいることによる依存なので、"つながることへの欲求"が強いのです。私は1日5時間までにすべきと言っていますが、こうした制限時間を設ければ、ある程度は依存傾向へのくさびを打つことができるのではないでしょうか。 (つづく)
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(注1)
ダイナミックに維持されるのは、"悪循環"。本人がひきこもると、家族はほぼ例外なく、不安と焦燥を感じ、叱咤激励するしかないと思ってしまう。一方、叱咤激励された本人の方は、自分の気持ちを全然わかってくれない親に対して、不信感を抱き、反発を感じ、自分の部屋にひきこもり、ますます叱ってますますひきこもるという悪循環に陥る。
この状態がシステムとして非常に強固に維持されて、バラバラの状態でバランスが保たれてしまうため、専門家など、外から介入してシステムを強引に横断するくらいの強さを持った人がやってこないと、状況は全く変わらず、ひきこもりはいつまでも続くことが多い。
(注2)
西欧のように、成人してからも親と同居する「パラサイト」的生活が恥とされ、一人前になったら家を出るべきという家出型の自立を促す文化においては、若者の社会的不適応はヤングホームレスなど、"家の外に"ドロップアウトすることになる。
斎藤 環先生インタビュー
- 第1回テレビゲームと社会的ひきこもりの関係
- 第2回テレビゲームはコミュニケーションツール