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2019年12月30日 | 結婚の落とし穴のはなし


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10回流産の末に授かったダウン症のわが子…「産む決意」後の悲しい別れ

12/29(日) 8:01配信

現代ビジネス
10回流産の末に授かったダウン症のわが子…「産む決意」後の悲しい別れ

写真:現代ビジネス
3日前まで元気だったのに

 まさか、こんなことになるとは、想像もしていなかった。
40代半ばで妊娠した丸石佳子さん(仮名)は、血液検査で胎児の染色体異常がわかる検査「NIPT(無侵襲的出生前遺伝学的検査non-invasive prenatal genetic testing)」でダウン症の可能性が高いと言われ、羊水検査で陽性と確定したけれど、産む決心をかためて赤ちゃんに会うのを楽しみにしていた。

【写真】流産10回ののちに授かり、ダウン症でも「産む」と決断したが…

 「心拍停止のつい3日前まで 超音波で元気だったんですよね。それが、少し胎動が足りないなと思い始め翌日に病院の救急へかかったら、もう……」

 診察室の入って診てもらうと、医師はすぐに言った。

 「もう心拍がありません」

 隣の夫が先に泣き出した。
あと一息で臨月というところまで来て、「さあ、がんばろう」と思っていたのに、ぷつんと糸が切れたように終わってしまった丸石さん夫婦の妊娠。

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ジャーナリストの河合蘭さんによる連載「出生前診断と母たち」。本連載は、日本における出生前診断の現状を伝えている。そこには様々な親や医療従事者たちの思いがあるが、出産に関して決断するのは当人たちだ。出生前診断でダウン症の確率が高くても何もせず、そのまま出産することを選んだ人もいる。出生前診断そのものを受けずに出産した人もいる。そして、ダウン症だということがはっきりわかって、産まない決断をした人もいる。

大切なのは、親たちが誰かに指示されずに「自分で決断できるか」ということだ。10回流産したうえにようやく授かったわが子が、出生前診断の末、ダウン症だということがわかった丸石さん夫妻の決断と、その後をリポートする。
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NIPT(新出生前診断)を受けた理由

 その4カ月前――丸石さんは、かかっていた都内の大病院で新出生前診断とよく呼ばれる「NIPT」が行なわれていたので遺伝カウンセリングを申し込んだ。

 「周りに流された面もあります」と丸石さんは言う。
都心に住んでキャリア中心に生きてきた丸石さんは、友人や同僚たちも高齢妊娠が多く、NIPTを受ける人はとても多かった。でも、ダウン症の赤ちゃんが生まれてくることを防ぎたいと思ったわけではい。

 なんと言っても、不妊治療7年目にして、やっと授かった妊娠だった。7年間の不妊治療の間に体外受精の採卵は29回、受精卵を子宮に戻す「胚移植」は19回、流産はごく初期の「化学流産」を入れると10回を数える。結婚してから10年間も仕事に没頭し、不妊治療のスタートを切るのが遅くなったのでこのような大変な治療になってしまった。

 検査を受けたのは、ただ、もし、わが子がダウン症があって生まれてくるなら、その子にしてあげられることは何かを調べ、準備をしておきたかったからだ。

 その病院では、学会の決めた基準を満たした認可施設としてNIPTを実施しており、検査を受ける前に遺伝カウンセラーによる「遺伝カウンセリング」があった。

 検査を受けて、もし陽性だったら、NIPTは確定検査ではないので羊水検査か絨毛検査を別途に受けなければならないこと、『産むか、産まないか』という苦渋の決断を迫られることについてもきちんと説明があった。

 そうして受けたNIPTで、結果が出る日、丸石さんはカウンセラーの口から「陽性」という言葉を聞いた。目の前が真っ暗になって、意識がふうっと遠のいた。

 頭で「異常があるかもしれない」と思っていることと、実際にそうとわかることは、次元がまったく違うことだった。



「産むことを決断した人もいるし、産まないことを決断した人もいます」

 脳貧血のようになって、倒れてしまった丸石さん。夫が抱きかかえてくれたらしく、意識が戻るとカウンセリング室の長椅子に寝ていて、温かい毛布もかけられていた。横に夫がいて、遺伝カウンセラーも水の入ったコップを持ってすぐそばに立っていた。

 その日は平日で、病院を出たあと夫は出勤したが、休みがとれていた丸石さんはひとりで自宅に帰った。やけに天気の良い、早春の午後だった。ドアの鍵を開けて空っぽの家に入ると、静かなリビングルームには陽ざしがあふれていた。
「夢を見ているのかもしれない、と何度も思いました」

 自分に起きたことが信じられないのに、涙だけは流れていた。
でも、嘘ではなかった証拠に、目の前には「日本ダウン症協会」のパンフレットがあった。遺伝カウンセラーから「ダウン症のことが聞けるから」と手渡されたものだった。

 「それで、頭の中が真っ白なのに、ダウン症協会に電話したんです。そして、『たった今、新型出生前診断で陽性と言われたんです』と、やっとの思いでそう言ったと思います。何を質問したらいいのかもわかりませんでした。ただ、何でもいいから、ダウン症について知りたい、これからどうすればいいのか考えるための手がかりがたくさん欲しいと思いました」

 電話口に出てくれた人は、落ち着いた声から、自分より年上の、たぶん成人したダウン症のお子さんがいるお母さんなのではないかと想像した。女性は「出生前診断のあとここに電話をしてくる妊婦さんは時々いると言い、「産んだ人もいるし産まないことにした人もいて、それは自分で決めることです」と寛容な態度だった。そして、もし産んだとしたら家族はどのような生活になるのかを教えてくれた。言葉を発すると、ますます涙はあふれてくるので、丸石さんはほとんど聞くばかりだったが気持ちが少し慰められた。
10回流産の末に授かったダウン症のわが子…「産む決意」後の悲しい別れ

丸石さんがデンマークで出会ったニュートラル・トイレ 写真提供/丸石佳子
迷いのない実母の言葉

 丸石さんは、今度は自分の母親に電話をした。すると丸石さんの母親には、一点も迷いもなかった。

 「母は『あなた、まさか堕ろすなんで言わないわよね』って言ったんです。そして、まだ気が動転してる私に『私はこの先何年生きるかわからないけれど、私が生きている限りはあなたとあなたの子どもを守り続けるから大丈夫! 』と言ってくれたんです」

 それを聞いて、丸石さんは、ほっとすることできた。そして、検査を受ける前の「産みたい」という気持ちが、少しずつ心の中に戻ってきた。

 丸石さんは、なぜか妊娠する直前に、デンマークにあるエドモント・ホイスコーレという学校を訪れていた。そこに留学してユニバーサルデザインを学んでいる友人を訪ねたのだ。そこでは障害者と健常者が一緒に過ごしており、ボーダーレスな社会を目指すという考えが徹底的に実践されていた。

 デンマークは、男女の垣根を取り払う「ジェンダー・ニュートラル」の国でもあって、性についても「当然、ある」と思い込んでいる区別がなかった。丸石さんが一番驚いたのは、性別のないニュートラル・トイレだ。
「はじめは、トイレに入ったら男性がいたのでびっくりしました!」と丸石さん。だが、滞在日数が長くなっていくにつれ、そうした感覚がなくなっていくという内なる革命を体験をした。

 直近にあったそんな体験も、丸石さんの「産む勇気」となった。



夫の両親の大反対

 しかし、羊水検査でダウン症の確定診断がついた時点で、それまで何も告げていなかった夫の両親に初めて話すと、丸石さんの「産む」という結論は大反対された。

 「大変だったのは、私と、自分の両親の間で板挟みになった夫です」

 ある晩、丸石さんが、ふと夜中に目がさめると隣に寝ているはずの夫がいなかった。起きてみると、リビングルームに明かりがついていて、そこには何をするでもなくぼうっと座っている夫がいた。夫は、大きな精神的負担を抱えて不眠症になっていた。

 「私は積極的にダウン症があるお子さんを持つ方に会ったりして、子育ての勇気をもらっていました。でも、私が一人でそういう行動をとればとるほど夫との温度差が開いていってしまうのです」

 でも、ここでも危機を救ってくれたのは実母だった。
「夫は、私に内緒で私の母に相談したらしいのです。そうしたら母は『佳子は、ものすごく固い意志で産むと決めていて、これは誰にも変えられないわよ。離婚してでも産むと言っていたわ』、と言ったそうです」

 丸石さんは、そんなことを言った覚えはないのだが、それで夫は腹をくくった。
お腹もだんだん大きくなり、ベビーグッズのショッピングにも行くようになると、ふたりで子どものいる生活を想像し、わくわくする時間も増えていった。ある日、ダウン症の子どもを育てている夫婦に2人で会いに行くと、夫が積極的に質問をし始めた。その姿に、丸石さんは少し驚いた。
10回流産の末に授かったダウン症のわが子…「産む決意」後の悲しい別れ

こころちゃんのお骨を納めた祭壇 撮影/河合蘭
胎内死亡に直面して

 赤ちゃんの胎内死亡がわかったあと、丸石さんには、赤ちゃんを体外に出すための大仕事があった。子宮の手術をしたことがある丸石さんは子宮破裂の恐れがあったため帝王切開を提案されたが、結局無痛分娩をすることにした。ただ、いくら麻酔を使っても、産む態勢に入っていない身体に陣痛を起こすのは簡単なことではなくて、産道を開く処置から数えると3日がかりの出産だった。

 生まれてきた赤ちゃんに、丸石さんはこころという名前を贈った。「いつもみんなの真ん中で笑っている明るく優しい人になってほしい」という願いをこめて以前から考えていたという。産後はゆっくりと過ごすことができた。お宮参りにとふたりで用意していた服を着せ、たくさん抱っこをして、手形、足形を取り、写真をたくさん撮って、スケッチもした。手も足も、鼻も、口も、すべてが愛しくてしかたがなかった。

 ふたりは、かつてないほどお互いを大切に感じて、いたわり合った。こころちゃんが、ふたりの手を取って、絆を強くしてくれたようだった。

 「こころとの時間は、私たちの一生の宝」と丸石さんは言う。「出生前診断の結果で中絶していたら、私たちに今のような深い絆はなかったと思います。私は夫の家族の反対を押し切ってしまったけれど、今振り返ると、私はそうしてよかったと思っています」

 赤ちゃんの死因は、ダウン症で時々起きる合併症の十二指腸狭窄が進み閉塞してしまったためだと考えられた。ダウン症候群は、生まれてくる子たちの寿命は延びたけれど、受精卵の段階から見ると、生まれてくる受精卵は2割程度と、ひとにぎりにすぎない。


不妊治療の再開

 丸石さんは、会社の方は長期休暇をとり、しばらく家でゆっくり過ごしていた。
気持ちが少し前向きになってきたのは出産から2か月ほど経ち、不妊治療の再開を決心してからだ。

 「家族には大反対されました。夫からは『あんなつらい思いは、もう一生味わいたくない』と言いわれました。自分が子どもが欲しいからといって、家族をこれ以上傷つけていいのか、と言うのです。
今度は母からも『あなたは不妊治療と流産・死産でこんなに大変な思いをしてきて、もう身体がもたないわよ』と言われました」

 丸石さんは、家族に賛成してもらうために「着床前診断」をおこなうことにした。着床前診断で異常が見つからなかった受精卵を戻すと、それは流産しない可能性が高い。だから身体の負担は軽くなる、ということで家族を説得したのだ。

 これから採卵して受精卵ができる可能性は決して大きくはない。でも、それは百も承知の上で、今は、チャレンジできているということ自体を立ち上がる力にしたい、と丸石さんは思っている。

 まだ心の痛みは消えないけれど、立ち上がれる、と思える心の支えはある。それはこころちゃんを産みたいという意志を貫き、9ヵ月間を親子3人で過ごした時間だ。それは温かく、夫婦の心の中にいつまでも灯り続ける。

河合 蘭




acl***** | 4分前

痛みや悲しみ苦しみに麻痺してるけど、周りに流された自覚もあるんですよね。
ダウンちゃんはママ、もうやめて!笑顔を見せて!と伝える使命だったと思えませんか?不妊治療に没頭してればあなたの悲しみが薄れるのでしょうけど、旦那さんはもう耐えられないと言ってます。執着を手放すと新しい別の幸せを掴めます。ご夫婦の絆が深まったのなら、新しいスタートラインに立てる時なのではと思います。

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8時 | 41分前

次はもしかしたら、と思うとなかなか中断、というわけにはいかないのでしょうね。他人がとやかく言える問題ではないけど、身体だけは大事に。

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jlq***** | 46分前

10年間欲しい、欲しいの願いが叶い喜びはひとしおであったかと察します。がダウン症の診断には、嘆かれたでしょう。産むか?産まないか?は、夫婦が、絶え間ね愛を注ぎ込む自信が有るか?何故なら、煩悩だけでは、今の社会を乗り越えれるか?本当に深い、決断を必要と、します。育む途中で、親のエゴは出ないか?他人ごとに、口を挟むなど、もっての他だが、基本は、夫婦がたゆまぬ努力と、我が子への無償の愛を無くさず行けるかでは無いですかね。

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fer***** | 48分前

養子縁組について書いている方々がいらしたので…。
日本にも恵まれない子供がたくさん入るのは事実ですし、養子縁組ももっと進むと良いと思います。
けど、長年自分の子供が欲しくて頑張った人に養子でも血のつながりなんて関係ないから考えたら?とは私には言えません…。
私は難病にかかり合併症で自然妊娠できないと言われました。
さんざん病気で辛い思いをしてきたので主人は無理してまで子供はいらない言いました。私も不妊治療してまでは考えてなかったので夫婦2人で生きています。
そんな私たちに養子でも考えたら?としつこく言ってきた人がいます。子供が出来ない人に子供の素晴らしさを延々と話すその人が私には悪魔に見えました。
ならあなたが迎えたらいいじゃない?
血のつながりが関係ないというならウチのペットたちは私の我が子だよ。

養子縁組は自らが、進んで決めることで周りが勧めちゃダメかなって思いました。

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myuta | 51分前

おなかの子はきっとしあわせだったね

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kcw***** | 1時間前

いやもう正直、ダウンしか産まれないか、神様が、頑張って流産させてたとしか思えないんだけど。

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mou***** | 1時間前

でも子供を作ることだけが全てではないと思う。ヤケになって旦那さんと仲が悪くなって離婚なんてなったら元も子もない。

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mrd***** | 1時間前

普通に子供が出来る。それだけでも凄い幸せな事なんだと思った。

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zne***** | 1時間前

化学流産は名前に流産と付きますが
正しくは流産に含まれません
化学流産を回数に含めたらかなりの女性が相当数流産となってしまいます



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