旧約聖書にモーゼの十戒があるが仏教にも十重禁戒(じゅうじゅうきんかい)がある。
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「殺してはいけない」、「盗みをしない」などは共通するが、十重禁戒にある「不自讃毀他戒(ふじさんきたかい)」はモーゼの十戒にはない。
自らのことを自慢したり、他人をけなしたりしないの意である。
この中で「不自讃(自慢しない)」を考えてみたい。
人の自慢話を聞くのはその人の人格にもよるだろうが一般的にはあまり心地の良いものではない。であるから逆に自分の自慢話は聞く人に不快感を与えているかも知れないということである。それ故にこの戒があるのであろう。
ただ話をする人がそれほど自慢話だとは思わずに話していても、聞く人が自慢話として聞くこともあるので難しい。
自慢話の裏には褒められたい気持ちがある。褒められたいという気持ちはごく自然な気持ちであるように思われるが、自慢話の裏には誇張や自惚れが隠れており素直に褒めることができないということか。
ではどうすれば良いのか凡夫の私には上手く結論を出せずにいる。
混乱したブログになってしまった。