遠距離介護、頼る身内がいない 片道500キロ行き来
2015年8月2日14時53分
団塊の世代が75歳以上になる2025年には、介護が必要な高齢者が爆発的に増え、介護施設の供給が追いつかなくなるとみられている。遠方にいる親やきょうだいを、身内で介護する「遠距離介護」も大きな課題だ。
2010年10月、横浜市内に住む女性(47)に、岩手県で暮らす母親の主治医から電話がかかってきた。血液がんの一種である悪性リンパ腫とわかり、「抗がん剤の治療が必要だから、告知をしてもいいか」と問われた。
病院に同行するため帰省し、告知の朝を迎えると、父親が「胸が苦しい。俺も病院に連れて行ってくれ」と訴えた。心筋梗塞(こうそく)で、両親が同じ病院に入院した。
退院後も通院に付き添わなければならず、岩手での滞在が続いた。医師から病状の説明を受けるのも、ケアマネジャーと介護サービスの利用について話し合うのも、やるしかなかった。「何でも私になってしまった」と振り返る。
両親は退院後、介護サービスを利用しながら、二人で自宅で暮らした。父(83)は十数年前の脳梗塞(こうそく)で、左半身がマヒし、リハビリを続けていた。杖をついて歩くことはできたが、入浴や通院は人の手を借りないとできない。昨年3月に77歳で死去した母も、ホームヘルパーによる家事の補助を必要とした。
両親から電話が来ると、女性は様子を見に出かけた。片道で約500キロの道のりを、新幹線で行ったり来たり。兄が病気で亡くなっていて、頼る身内はいなかった。「昔はおばあちゃんの面倒見ながら子育てしたもんよ」と親類に言われると、助けを求めることもできない。05年に結婚した夫とは、「結婚して半分も一緒に住んでいない」と話したこともある。
13年3月、女性は初めての出産を控えていた。妊娠中は「里帰りしたところで、両親が私の面倒を見ることはできない」と、夫がいる横浜で産むと決めていた。だが法事を理由に両親に呼ばれ、出産予定日の1カ月半前にも岩手に赴くことになった。
「自分の生活も、精神状態もぎりぎりだった」。いったいどこまでやればいいのか――。自問自答を繰り返していた。
■片道2時間半以上12%、4時間以上も
2013年の国民生活基礎調査によると、介護者は「同居の家族」が6割を占めるが、「別居の家族」も1割いる。
みずほ情報総研は、介護で家族が果たす役割が大きい中で、「別居での介護は介護者の離職・転職や転居など、ライフスタイルを大きく変える要因。支援策は喫緊の課題だ」として、実態を調査した。
12年3月にまとめられた調査では、40歳以上の家族や親類を介護する人2855人にアンケートを実施。このうち、会いに行くために必要な片道の時間が「2時間半以上」は363人(12・7%)。4時間以上の人は218人(7・6%)だった。
3割以上の人が、遠距離介護を5年以上続けていた。また8割以上の人が、片道の交通費が5千円以上かかっていた。交通費の負担が大きい▽精神的な負担が大きい▽介護が必要な家族の容体の悪化や急変に対応できないといった課題を挙げる人が多かった。
■遠距離介護、いくらかかる?
遠距離介護にはどれほどの費用がかかり、家計にどのような影響があるのか。生命保険大手のソニー生命に、横浜市内の家族をモデルに二つの試算を出してもらった。
【3人家族の場合】
年収695万円の男性会社員(42)と専業主婦の妻(40)、男児(2)の3人家族。盛岡市で暮らす父親(82)の遠距離介護で、妻子は月2回盛岡に行き、各1週間過ごす。
両親は自宅で2人暮らし。父親は要介護3、母親(77)は内科の疾患があり、ホームヘルパーの家事援助を受けている。
帰省にかかる交通費は月6万円で、父親の介護が12年間続くと864万円になる。
父親が亡くなると、母親の介護が始まる。交通費に加えて、年金だけでまかないきれない介護費用を月7万円負担。同時期に長男の教育費もずしり。私立幼稚園、公立小学校、私立中、高、大学文系に通えば少なくとも1777万円がかかる。
3人の生活費(月に18万1千円)に加えて、35歳の時に4千万円の住宅を購入し、35年返済(金利1・8%)のローンも抱える。住宅維持費が年30万円。長男が結婚するまで、1年おきに国内の家族旅行をすると、計279万円だ。
ソニー生命によると、公的年金を夫婦で受給しても、男性が64歳になると資産が底をつき、家計が赤字になって生活費を削らなければならない可能性もある。早くからやりくりを考えないと、親の介護のために自分の老後の蓄えができない事態を招きかねない。子どもが小中学生の頃は貯金をするタイミングだが、父親の介護のための支出がある。
【独身の場合】
次に、年収800万円の独身男性(50)が、大阪府内の介護施設にいる母(80)を12年間遠距離介護するケースを考える。
施設の費用を6万円負担すれば、計864万円。介護のための交通費は432万円になる。
生活費も一人暮らしの方がかさみがちだといい、60歳までは月23万円で、以降は月17万円。35歳の時に3500万円の住宅を購入し、35年返済(金利1・2%)のローンと、住宅維持費が年30万円。この男性もこのままだと、75歳で赤字に転じる。
ソニー生命ライフプランナーの和知俊行さんによると、収支を改善するには収入を増やす▽支出を減らす▽お金を殖やす▽支出のタイミングを考えるの四つがある。例えば交通費を安く抑えるために、航空券なら早割や介護割引などもある。妻が介護や育児が一段落した時点でパート労働をすると、老後の家計はだいぶ変わってくる。同じくライフプランナーの池田数人さんは「長生き時代のリスクがあり、事前に考えて早めの対策をしてほしい」と呼びかける。介護に備えた保険も販売されている。
自分や家族、親の年齢と、どんな人生のイベントがあるかをまとめた「家族年表」を作って、みんなで話し合ってみることも考えて欲しいという。
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