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・この国の守も、
源氏に親しいので、
ひそかに心を寄せて便宜をはかる。
それゆえ、旅先といっても、
人の出入りは多くさわがしいのだが、
話相手とてなく、
源氏には知らぬ他国の気がする。
(こんなところで、
どうやって年月を過ごそう)
と思い屈した。
家の修理や普請が一段落したころには、
梅雨の季節に入っていた。
晴れるにつけ、雨につけ、
源氏は京の人が恋しかった。
あちこちへ宛てて書いた文を、
いちどに托して源氏は京に使いを出す。
二條院の紫の君と、
入道の宮(藤壺)にあてたそれである。
おぼろ月夜のかんの君には、
おもて向きは、
女房の中納言への私信のように見せかけて、
中には秘すべき手紙を入れた。
二條院では紫の君は、
源氏の文を読んでそのまま起き上がれず、
しおれていた。
別れの苦しみは、
紫の君の心を深くし、
艶冶な美しさに染め上げていた。
乳母の少納言から見ると、
この日ごろ、またおとなびまさって美しく、
しっとりしたように思われる。
「そうだわ・・・
悲しんでばかりいてはいけないわ。
ご不自由なところで、
精進していらっしゃるのだもの、
お見まわりのことを、
ととのえてさしあげなければ」
紫の君は涙をふきつつ、
旅先での夜具、白い直衣、指貫、
今の源氏は無官の身とて、
無紋のものをととのえるよう、
指図するのだった。
入道の宮も、
源氏の文にこまやかなお返事をなさった。
思えば、この年頃、
源氏にはつれないあしらいを続けて来られたが、
それは世間の目をおそれ、
東宮と源氏の身に難が及ぶのを、
案じられたからである。
しかし、その秘密は保たれた。
それは源氏の献身的な努力のせいである。
宮はいまさらのように源氏の心づかいを、
いとおしく思われた。
かんの君の返事は、
女房の中納言の手紙に入れてあった。
中納言は、かんの君が、
源氏を恋しく思って、
つねに物陰で泣いていられます、
などとしたためていた。
それぞれに、
あわれな都からの返事であったが、
源氏の心を濡らすのは、
紫の君の文である。
「もう何日、
あなたと会えぬ日が過ぎましたかしら。
海辺の波は寄せては返すのに、
どうしてあなたは、
帰っていらっしゃらないのでしょう。
須磨は遠くない、
と人に慰められますけれど、
遠くないからこそ、
かえって心乱れます。
いっそあずまやみちのくのように、
遠国ならばあきらめもつきますのに」
紫の君の届けてきた衣や夜具の色合い、
仕立てもすべて上品で、
源氏の趣味にかなった。
(いっそ、ここへこっそり迎えようか)
と悩み、また思い返して、
(いやいや、それでは本意に悖る。
自分の罪業を消滅することが先決だ)
と明け暮れ、
仏道修行に精進した。
手紙は、
伊勢の御息所からも寄せられた。
白い唐の紙四、五枚に散らし書きしてある、
御息所の文は、
優雅であわれ深かった。
花散里からも便りはきた。
「長雨に築土もところどころ崩れて」
とあったので、
源氏は女ばかり住む、
荒れた邸の心細さを思いやった。
早速、二條院の家令に修理を命ずる、
使いを出した。
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(次回へ)