・都では、月日の過ぎるままに、
帝をはじめ人々が、
源氏を恋しく思う所々が多かった。
源氏の同胞の親王たちや、
親しくしていた上達部など、
はじめは見舞いの文を通わすこともあった。
やがて、
情趣深い詩文が交わされ、
それが世に伝わってほめそやされた。
大后はこれを憎まれ、
きびしく仰せられる。
「勅勘を受けた人というものは、
普通人の生活をすることさえ、
許されぬはずです。
それを何ということ、
風流な家に住んで詩を作ったり、
したい放題をするではないか。
それに追従する人もいるのですね」
とご機嫌が悪かった。
人々は面倒に思い、
やがて便りをしなくなった。
そういう世の中で、
二條院の紫の君は悲しみが深まるばかり。
ただ、邸のうちの人々の心は、
今では紫の君を中心に、
かたく結束していた。
あたかも須磨で、
源氏が側近の若者たちに守られているように。
はじめ東の対に住んでいた女房たちが、
みな西の対に移って、
紫の君の人がらのやさしさ、気高さ、
思いやりの深さに、
みな感動してしまった。
「やはり、源氏の君が、
大切になさるはずだわ・・・」
と女房たちは紫の君の美しさを好もしく思い、
この北の方を守って、
源氏の帰りを待とうと、
今は暇を願い出る者はいなかった。
さて、須磨に冬が来た。
秋でさえ忍び難い物哀れを、
冬はことにすさまじかった。
雪の降り荒れたる須磨の海辺はすさまじい。
流人、という言葉のひびきが、
今さらのように重々しく感じられる。
すでに愛する者を見ないこと久しい。
雪の舞い狂う冬の海、
満目荒涼とした風景の中に身をおいて、
源氏は心まで凍っていきそうな気がする。
雪がやんで月が明るくさしこんだ。
はかない旅住まいには、
月光は奥までさしこむ。
ものみな凍るばかりの曉闇、
源氏は一人目覚めて、
わが運命、わが罪業をひそかに思い返し、
戦慄することがある。
自分でも制御できなかった、
物狂おしい邪恋。
そうして深い罪に落ちた。
ひとときの春。
つかのまの花ざかり。
源氏は若さと美と権力を手にして、
おごった。
自分を取り巻く女や、
恋のかけひきを愉しんだ。
歓楽の宴は長く続くものと思っていた。
しかし女たちの愛執は彼をめぐって渦巻き、
心は嫉妬に取り巻かれ、
女たちは命を落とし、
あるいは世を捨て、
あるいは遠く離れていった。
その上、最愛の可憐な人さえ、
放さなければならない。
わが身の卑小さを知らず、
おごりたかぶった源氏の罪である。
そしてその上に、
更に大きな罪が重石のように、
人生を圧していて、
青年を苦しめる。
それを思うと、
青年は夜々眠れない。
まだ暗い未明、
起きだして氷のごとき水をむすんで、
手を清め、口をすすぐ。
仏の前に伏して、
源氏は低く念仏を誦し続ける。
仕えている若者たちは、
源氏の姿に感動した。
彼らは心を打たれ、
都へ帰ることもなく、
源氏の側を離れず仕えていた。
しかし、
源氏にはさらに新しい運命に待たれていた。
ひたすら贖罪の生活を送ろうと、
決意している青年に、
運命は新しい恋を用意して待っていた。
(次回へ)