リウコウ【林檎】
萩原義雄識
標記語「林檎」と「林檎子」
⑴なぜ、標記語に「子」字を付記し、今は「林檎」と「子」字を付記しないのか?
⑵漢字「林」を「リム」と訓まずに「リウ」と訓ませるのか?
⑶漢字「檎」を「コウ」で訓み「キン」へといつ頃、訓みを置き換えたのか?
[ことばの稽査報告]
⑴真字体漢字表記(=万葉仮名)で、順カ和名に「利宇古宇」と記載する。
⑵三巻本『色葉字類抄』上卷利部植物門「林檎」の語注記に「与奈相似而小者也」と「柰」字を字形相似による誤記していて、これと同じ語注記が見えるのは、廿巻本系の古写本(㈠伊勢廣本と㈡天正三年本)に見えていることから、『字類抄』が編纂参照し、記載したのが此の系統の資料に基づいていることを明らかにした。
⑶鎌倉時代の印融筆『塵袋』卷三に標記語「林檎(リムキン)」と訓む問いに対し、答のなかで「順カ和名」を用いていることから、真言宗寺院に『和名抄』が伝来し、鎌倉時代の学僧たちは容易に此の辞書を繙くことができたことが見てとれる。
⑷江戸時代の狩谷棭齋『倭名類聚鈔箋注』に、輔仁『本草和名』には標記語「林檎」は収載するが和名は未収載とする点を説く。①「利宇古宇」が音轉ということを述べる。②「陶注」『新修本草』卷十七「柰」注記から引用記載する。③『王羲之帖』を引用記載する。④『尚書故實』から引用記載する。⑤『文選集注』卷四「蜀都賦劉逵注」から引用記載する。⑥『證類本草』卷二十三果部から引用記載する。
【翻刻】
廿卷本『倭名類聚抄』卷第十七
林檎 本草云林檎[音禽和名利宇古宇]与奈相似而小者也
十卷本『和名類聚抄』
林檎子 本屮云林檎[音禽 利宇古宇]与柰相似而小者也
※標記語「林檎(リンゴ)」と「林檎子(リンゴのみ)」。注記中「和名」の語有無に異同。
林檎子 『本草(ホンザウ)』に云(い)はく、林檎[音は禽、利宇古宇(りうこう)]は「柰(からなし)」と相似(あひに)て〕て小(ちひ)さき者(もの)なりといふ。
《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
りゅうーごう[リウ‥]【林檎】〔名〕(「りんごん」の「ん」を「う」と表記したもの)「りんご(林檎)(1)」に同じ。*十巻本和名類聚抄〔九三四(承平四)頃〕九「林檎子 本草云林檎子〈音禽利宇古宇〉与柰音相似而小者也」【発音】〈ア史〉平安○○○○〈京ア〉[0]【辞書】和名・色葉・名義・言海【表記】【林檎】和名・色葉【林樆子】名義
りんーき【林檎】〔名〕「りんご(林檎)(1)」に同じ。*色葉字類抄〔一一七七(治承元)~八一〕「林檎 リムキ リウコウ 与奈柏似而小者也」*書言字考節用集〔一七一七(享保二)〕六「林檎 リンゴ リンキ 一名来禽」【方言】植物。(1)わりんご(和林檎)。《りんき》青森県上北郡082岩手県一部030秋田県一部030長野県一部030(2)りんご(林檎)。《りんき》北海道小樽062秋田県南秋田郡・秋田市130新潟県佐渡352(3)あかりんご(赤林檎)。《りんき》出羽†039木曾†029秋田県鹿角郡132【辞書】色葉・書言【表記】【林檎】色葉・書言
りんーきん【林檎】〔名〕(「きん」は「檎」の漢音)「りんご(林檎)(1)」に同じ。*塵袋〔一二六四(文永元)~八八頃〕二「林檎(リムキン)をば字の如はよまずしてりむこうと云ことある如何」*大和本草〔一七〇九(宝永六)〕一〇「柰(リンキン)一名頻婆〈略〉 若水云、津軽にも信濃にもあり。りんきんと云。其実日に晒して遠方におくる」【方言】《りんきん》青森県一部030岩手県一部030福島県一部030
りんーご【林檎】〔名〕(1)西洋リンゴが普及する以前の和リンゴなどの総称。りんきん。りんき。りんごう。りゅうごう。*本草和名〔九一八(延喜一八)頃〕「林檎 一名黒琴」*御湯殿上日記ー文明一〇年〔一四七八(文明一〇)〕六月一日「二そん院よりりんこ一折まいる」*俳諧・誹諧初学抄〔一六四一(寛永一八)〕末春「りんこのはな」*本朝食鑑〔一六九七(元禄一〇)〕四「林檎〈古訓二利宇古宇(りうごう)一近代称二利牟古(リムゴ)一〉」*白居易ー西省対花憶忠州東坡新花樹詩「最憶東坡紅爛熳、野桃山杏水林檎」(2)バラ科の落葉高木。アジア西部からヨーロッパ東南部の原産で、古くから栽培される。日本へは江戸末期に渡来し、明治時代にはいって本格的な導入が行なわれた。高さ三~九メートル。葉は広楕円形で縁に鋸歯(きょし)がある。春、葉に先だって、枝先に径約五センチメートルの淡紅色の五弁花を開く。果実は円形で甘酸っぱく、生食するほか、ジュース、ジャムなどを作る。国光・紅玉・旭・祝・富士・王林・世界一・スターキング・デリシャスなど数多くの改良品種がある。漢名は苹果だが、慣用的に林檎を用いる。せいようりんご。学名はMalus domestica 《季・秋》 ▼りんごの花《季・春》*日本植物名彙〔一八八四(明治一七)〕〈松村任三〉「リンゴ 林檎」*春夏秋冬ー夏〔一九〇二(明治三五)〕〈河東碧梧桐・高浜虚子編〉「我恋は林檎の如く美しき〈富女〉」【語誌】(1)中国では古く西洋から伝わった「リンゴ」を「柰」「頻婆」「苹果」などと表わした。それに対し、中国原産のものが「林檎」である。『和漢三才図会』第八七では「柰(かたなし)」を「頻婆」ともいうとし、「与二林檎一一類二種。樹実皆似二林檎一而大。有二赤白青三色一〈略〉皆夏熟」と記している。(2)古く十巻本『和名抄』卷第九には「林檎子〈略〉利宇古宇(りうこう)」とあるが、平安期に「リンドウ」が「りうたう」とも「りんたう」とも表記されていたように、「リンゴウ」と発音していたとも考えられる。中世以降はリンキ、リンキンの形も見られ、「リウコウ」から次第に「リンキン」・「リンゴ」のような撥音形へ移っていったようである。(3)近世に入るとほとんどの書物で「リンゴ」を一般形としている。この頃には中国伝来の「花紅」という種類を中心に、広く栽培されるようになっていた。(4)そこに、当初「オオリンゴ」と呼ばれた「西洋リンゴ」が流入、大ぶりで味もよかったため従来の「リンゴ」を圧倒し、ほどなく「リンゴ」といえば「西洋リンゴ」の方をさすようになった。それに伴い従来のものは「和リンゴ」・「地リンゴ」などと呼んで区別され、現在では東北地方などに若干残るのみとなっている。(5)「五六月に熟する者也」〔滑稽雑談‐六月〕ということで、俳句では元祿以降六月の季語とされ、「西洋リンゴ」が主流となった後も、(2)の挙例「春夏秋冬」のようにしばらくはその説が継承された。現在では、出荷の早い「青リンゴ」のみ夏、普通の「リンゴ」は秋のものとされる。【発音】リンゴ〈なまり〉ジンゴ〔飛騨・鳥取・島原方言〕ユンゴー・リゴ・ルンゴ〔岩手〕〈標ア〉[0]〈京ア〉[リ]【辞書】文明・伊京・明応・天正・饅頭・黒本・易林・日葡・書言・ヘボン・言海【表記】【林檎】文明・伊京・明応・天正・饅頭・黒本・易林・書言・ヘボン・言海【図版】林檎(2)
りんーごう【林檎】〔名〕「りんご(林檎)(1)」に同じ。*塵袋〔一二六四(文永元)~八八頃〕二「林檎をば字の如はよまずして、りむこうと云ことある如何。順が和名には林檎とかきてりうこうとよめり」*伊呂波字類抄〔鎌倉〕「林檎 リンコウ リンキン」
角川『古語大辞典』
りんご【林檎】〔名詞〕 植物名。『和名抄』に「林檎子 本草云、林檎 利宇古宇 柰(=カラナシ)と相似て小き者也」、十巻本『伊呂波字類抄』に「林檎 リンコウ、リンキン」とある。ばら科の落葉高木。葉は楕円形で鋸歯あり、互生する。春に五弁花を開く。つぼみは紅色で、開けば白色に微紅を帯びる。晩夏初秋のころに果実が熟する。中国では果実の色味により数種を挙げるが、和りんごについては『重訂本草綱目啓蒙』卷二六に「本邦にては只一種のみ。…花後実をむすぶ。大さ一寸許正円にして緑色、光あり、六月に熟す、その頭半紅色となる。内に黒子あり、梨核のごとし」という。果樹としては重視されなかったようで『農業全書』などにも取り上げていない。実の頭部と底部とが深く凹んだ形が特徴的で、器物の型の名とする。季語、夏。例「林檎 リンゴ」〔易林本節用集〕例 「英円りんこ一籠之を給ふ」〔経覚私要抄・文安四・六・一九〕例「六月…林檎{りんこ}」〔毛吹草・二〕例 「つや〳〵と林檎すゞしき木間哉」〔忘梅〕
狩谷棭齋『倭名類聚抄箋註』卷九果蔬部果蓏類〔曙版八七六頁〕
【翻刻】
林檎子 本草云林檎、[音禽利宇古宇、○按利宇古宇、即林檎音轉、非二倭名一、故輔仁不レ載是名、今俗呼二利无呉一、又呼二阿乎利无呉一、]
與柰相似而小者也、[○所レ引文原書不レ載、按㮏條陶注云、有二林檎一「相似而小、此所レ引蓋陶注也、王羲之帖、有二櫻桃來禽日給滕一、尚書故實云、來禽言三味甘來二衆禽一也、俗作二林檎一、蜀都賦劉逵注、林檎、果名也、林檎實似二赤柰一而小、味如梨、開寳本草云、林檎其樹似二柰樹一、其形圓如柰、六月七月熟、陳士良曰、大長者爲レ柰、圓者林檎、那波本無二標目子字一、]
語用例を含めて標記語「林檎」については、その訓みも意味説明も相当詳細にまとめられている語と云えよう。そして、現代人にとっても健康管理上、重要な果実のひとつとなっている。
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