『「必ず予兆はある」を教訓に』 中南米第一課課長補佐(当時) 淵上隆(その後、ドミニカ共和国駐箚特命全権大使にまで出世された) |
によると、
クーデターや暴動を予知することは、当事者でもない限り至難の業である。しかし、「予兆」は必ずある。「予兆」は後になって振り返れば「そういえばあれが予兆であったのか」という場合がほとんどであるが、当時はこの点に感覚を研ぎ澄ましていなければならない日々であった。
その「予兆」の一例として、
また、大統領官邸近くのアパートに住んでいた親しいベネズエラ人が、事件の数日前から官邸近隣の高層ビルの屋上に銃を持った歩哨が立っていたのを目撃したと語ってくれた。また、彼は次のようなことも教えてくれた。
- 「大統領官邸警備の兵士は、非番の夜には官邸近辺の安居酒屋で飲んでいるが、クーデターの数日前からその姿が消えた。」 - (筆者)「それがどういう関係があるのか。第一、居酒屋で飲んでいる者がどうして兵士と分かるのか。」 - 「兵士は私服でいても頭髪ですぐ分かる(注:ほとんど丸刈りに近い短髪)。非番が取り消されて禁足令が出たんだよ。」 要するに、これらの事例はクーデター情報が漏れるところには漏れていたことを示している。
日本でも、男の自衛官は短髪です。
街を歩いていても「あれは非番の自衛官だ」と分かる程度には、すぐ分かるものです。
もし、これらの情報をツイートで紹介したとしても、
事実ではない、
と即断する連中は出で来るでしょう。
に登場する 佐藤卓己は、
「情報リテラシーというのは、情報を疑う力だと普通は教えるが、疑うというだけでは、はやみくもに疑うことになりかねないし、逆に言えば正しい情報源すら疑うということにもなる。だとすれば、マスゴミ批判というのはリテラシー教育の成果の一つだと言ってもよいだろう。そうではなくて、情報に耐える力、より実践的に言えば、判断を最大限先延ばしに出来る力、即断せずに考え続ける心の余裕が重要だ。その意味ではウイルスへの耐性と同じで、コロナ禍ではあいまいな情報に対する社会の心理的な耐性が問われている」
日本海海戦勝利の決め手は、「判断を最大限先延ばしに出来る力」でした。
経営者はこの力が強くないと、、、厳しい。
ちなみに、
「頂情略七闘 」は、
孫正義さんの言葉で、「判断を最大限先延ばしに出来る力」がその大前提。
その意味は、
に詳しいです。
徹底的に調べ上げて、勝算七割で突っ込むのです。
(PCR検査の精度七割でゴネている連中は、永遠に「頂情略七闘 」の脚元にも辿り着けない)。
「やみくもに疑うことになりかねないし、逆に言えば正しい情報源すら疑うということにもなる」
その結果、
日本政府は、第二次世界大戦講和のチャンスを一度、失っています(米国側からコンタクトを「不確かなものだ」と無視した)。
淵上隆・元大使の随想を振り返ると、
館員夫人の日々の買い物もある意味で貴重な情報である。1989年2月に、当時の政府発表でも300名以上、実際には1000名以上の死者が出たとされる「カラカス大暴動」が起きていた。筆者の赴任前年のことであったが、当時を知る邦人に尋ねたところ事件の数週間前に市内各地のスーパーの棚から一斉に商品が消えたそうである。ここにも、「後になって振り返れば」の「予兆」があったわけである。そのことを知ってから、家内にスーパーの商品陳列状況を尋ねるのも日課となった。
「あいまいな情報」を積み上げることで、
「予兆」に気付きやすくなる。
小さな現象を大事件の「予兆」として捉えようとする意識は、より広く、個々の政治社会現象の中から時代の潮流を読む能力、その国や地域全体の将来動向を把握する能力にもつながるものであると思う
淵上隆の筆から十数年を経ても、
大衆は、自身の感覚に磨きを掛けていない。
耐性云々以前の話。
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