このウチ、(義父が存命のころから)
いただきものをすると ‥ って、
んー、例えばー ‥
親類から鮎をいただいたとか、
ご近所からイチゴをいただいた とか、です
そういったとき、すぐに
「やだから何っか返しっちゃーべよ」
となるんですよね
いただいたままにしておく= 借りがある?
だからイヤだ? みたいに、
当日、遅くとも翌日には
何かしらお返しに行くんです
☝ 畑の産物であったり、菓子折りであったり
そのとき その相手で変わるようです ‥
私、それが嫌で嫌で ‥
「ありがとう」「美味しかったよ」って
そこは ありがたく頂戴して、何かの折に、
お返しというか、何か差し上げれば? と
「○○に行ったから お土産ね」とか、
頃合いよく お付き合いできないでしょうかね
なんともモヤモヤしていたのですが、
坊ちゃん を読んでいてストンと落ちました
☝ 図書館で借りた本を読み終えてしまったので
息子 (中2) に 何か貸してくれるように言ったら
この文庫本を持ってきてくれたのでした
おれは清から三円借りている。
その三円は五年経った今日までまだ返さない。
返せないんじゃない。返さないんだ。
清は今に返すだろうなどと、
かりそめにもおれの懐中をあてにしてはいない。
おれも今に返そうなどと他人がましい義理立てはしないつもりだ。
こっちがこんな心配をすればするほど清の心を疑ぐるようなもので、
清の美しい心にけちを付けると同じ事になる。
返さないのは清を踏みつけるのじゃない、清をおれの片破れと思うからだ。
清と山嵐とはもとより比べ物にならないが、
たとい氷水だろうが、甘茶だろうが、
他人から恵を受けて、だまっているのは向うをひとかどの人間と見立てて、
その人間に対する厚意の所作だ。
割前を出せばそれだけの事で済むところを、
心のうちで難有いと恩に着るのは銭金で買える返礼じゃない。
無位無冠でも一人前の独立した人間だ。
独立した人間が頭を下げるのは百万両より尊といお礼と思わなければならない。
そうなんですよ
物々交換・対価交換じゃありません
気持ちなんですよ、気持ち
いただいたものと同等のものを差し上げて、
早々に その事実をなかったことにしてしまう
物は受け取るけど、気持ちは拒む
それがモヤモヤの原因