ハノハノ*ニジイロビヨリ

旧ハノハノ*アラチビヨリ
和やかにふんわりと、時々欲張りな日々。

思い返す。

2010-03-23 11:57:30 | 嵐の宿題くん
あ、前エントリーで書き忘れちゃった(汗)

なかなかロウソクを消したがらなかった智くんに涙です。
それが本音だよね。

「また実験で」ってポジティブに言ったにのちゃんもね。
きっと本人自身をも奮い立たせてたんじゃないかなって深読みしちゃいますよ、えへへ。

追記で書けばいいんだけどね。

なんとなくね、もう「宿題くん」カテゴリーで書けないし(涙)
てか言うほど熱心に書いてないんだけどね、今まで。




私の中では途中「宿題くん」を録り溜めていくことが段々義務化していってた時期も
ありました。リピ率も断然前のほうが多かったし。
でも1度しか見なくても思い起こせる場面がたくさんあったなぁ。
嵐会なんて言葉ももっちーからだったように思うし。
相葉ランドが始まった時は「待ってました!」って思ったなぁ。
叶姉妹がゲストの時出てきた一旦木綿タオルをヴィレッジヴァンガードで見つけた時は
テンション上がったよ(笑)

でも一番「嵐、嵐」って言ってた頃のことのほうが印象強いかなぁやはし。
リピートが半端ないもんね。

その時期がちょうど2005年入ってすぐくらいだったのでちょうど逆回転とか
いまだに「エディオシ!」「エゴシ!」って家で使ってるし。外出前にね。
あとINオーストラリアとかね心に残ってます。

ロケも多かったし、正直田舎モノには羨ましかったなぁ。
あれ、末っ子がさ団地に行ったりもあったよね。
UFO探したり。
そんな中一番心に残ってるのは廃墟ツアーとマネキン探し!
廃墟ホテルでの智くんの「浜ちゃんか…」がとてもツボ。
マネキンを必死に探して見つけた時の「あぁぁーーーー!」っていうにのちゃんの
甲高い声が好きです。


そういえばさ、よく検索ワードで「レフトスワン」「ライトスワン」ってので
ここに飛んでこられる方がいらっしゃいます(笑)
チェストとかさ、マキシマムとかさ翔さんに笑いの神が降りまくったのも
この深夜枠でしたね~。
一時、コンサートのうちわがチェスト、マキシマムが超多かったもの。

金字塔的枠だったよねぇ。

おおっとしみじみしてしまった。

まぁきっと心に残る場面はひとそれぞれ。
これを読んでそんなのあったねぇって思い出してもらえたらいいなと思います。


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愛。

2010-03-23 11:22:43 | 嵐の宿題くん
まずは…
嵐、スタッフ、関係者各位の皆様。
8年間お疲れ様でした!!!
オグさんも4年、お疲れ様でした!


ゆうべばかりは絶対にリアルタイムで見よう!と思い起きてました。
(HDDにまかせっきりじゃ不安だし)
そしたらさー、終わってからも寝れないってば(爆)
結局3時頃だったお。

ま、それはどうでもよい話で。


宿題くんが4年も続いていたことにまず驚き(爆)
そんな前だったっけ?つい昨日の事のようです。
番組の形態が変わるっていうことでGの嵐→宿題くんに移行する時の不安ったら
半端なかったのですが、段々なじんでいくつかのレギュラーを持つようになっても
この宿題くん、日テレ深夜枠はほんと見ていて安心で。
それは嵐本人達がスタッフと信頼関係で結ばれてるがゆえの安心感もあり
宿題くんになってからはオグさんが嵐とはかなり年齢も離れているというのに
「俺はファンだからね!」って見守ってくれるスタンスでいてくださったっていう
状況だったていう空気がね。ホント見ていて心地よかったのです。

ご本人達が言ってましたが、育て愛されてたことをちゃんと本人達が認識している
そして感謝の言葉を伝えることができる。
すごくすごく大切な宝物を磨き続けた場所だったんだなぁとあらためて
思いました。

いわゆる巣立ちなのだろうけれど。

ものすごく寂しいけれど。

いい終わり方だったよね、うん。

あれさ、ずっと明るくしてたら逆にしんみりしちゃいそうだし。
潤くんのツタンカーメン(おちゃらけ)に救われた部分もあるなぁ。
そして真っ暗で終わるっていうシュールさがらしいし。
きっぱり「終わり」を見せられて、振り返らずに次へそれぞれ向かう様を
勝手に想像しちゃいました。

次のステージへ「いってらっしゃい!」

そして「ただいま」ってまた彼らが集う日が早々にくることを期待してます。



コメント (2)
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