天沼春樹  文芸・実験室

文芸・美術的実験室です。

小説のパーツ 

2011年02月05日 23時20分01秒 | 文芸

彗星観測員 ユーリ・ミハルコフ(SF)Memo

  

太陽系外縁部、小惑星帯につくられた観測ステーションに赴任している。軌道は星系の天頂軌道。

水平軌道にを諸惑星と並行軌道をまわる観測ステーションも存在するが、すべて無人。ほぼその生涯を孤独な星系の辺境でおくることになるため長期滞在に耐えられる観測員はわずかである。すべて志願による。あるいは、懲罰的流刑地として国家的重罪犯が送られたこともあったが、ほとんどが精神に異常をきたして観測任務を遂行できなかった。勤務年数は30年サイクルとされているが、後任が決まらないと、故郷に帰還できない。

ユーリ・ミハルコフは、自ら志願してこの任務についた変わり者といわれている。ミハルコフは、孤島に住むことをえらんだわけである。25歳で地球を離れてから、太陽系を見下ろす周回軌道の小惑星に着陸するまでにイオン・プラズマ駆動のシャトル船で18カ月かかった。地球からの補給船も18カ月ごとに到着することになっているが、地球との距離が複雑に変化するので、かなりの部分を自給する必要があった。これまでに、便船が二度ほど行方不明になっている。

観測ステーションのある小惑星ポリスαは、22世紀になってから発見された小天体だった。これまで観測されなかったのは、おそらく、太陽系の外から近づいてきた小惑星が太陽の重力圏にとらえられたのがごく最近であったのであろうと推測されていた。太陽からの距離にして木星軌道の外側、1天文単位のところを惑星系と垂直に反時計回りに公転している。自転方向もおなじで、自転速度は地球時間の16時間。昼と夜が8時間で交代する。大きさは月のほぼ2分の1。(※天体のスケール。軌道。位置情報は精査して変更される。現在は仮)

 

当初の観測任務は太陽系の小惑星帯の変化や異常を監視することであり、ならびに星系の外側から侵入してくる彗星を早期警戒することであった。地球上から観測がむずかしい角度からの彗星の脅威が22世紀初頭にあり、一時は大隕石の衝突かと思われた天体現象が起こったのだ。何千年に一度あるかないかの距離にまで接近し、一時はパニックが起きたほどだった。

 

地球と恒星(太陽)喰の位置にはいったときには、通信が完全に干渉されて、まったくの宇宙の孤島となる。この時期にほとんどの観測員が精神的障害を起こしていた。宇宙心理学者の診断するところでは、まず妄想が起こり、幻覚といっしょに破滅願望が生じる。この自己破壊的パニックに陥って、ステーションごと自壊してしまったものもある。補給船が到着したときには、当該小惑星ごと消し飛んでいたこともある。観測員の精神衛生保持のための向精神薬も処方されているが、それが劇的効果があるとも思われない。もともと一人の人間を異常な状態においておいてから、それに耐えうる薬品を開発するというプロセスがまちがっているのだから。かといって、複数の要員を配置してチームを組ませてみたが、場合によっては悲惨さが倍加されることもある。そもそも、それだけの人員を配置し、機能させるステーションを多数維持するだけの莫大な経費的問題があった。

 

ユーリ・ミハルコスは、かつて恩師のセルゲイ・チトフ教授のもとで、観測ステーションシステムの開発に従事する若い研究員だった。ユーリは、師のチトフ教授がとめるのもきかずに、第二次観測員に志願した。最初の観測員が自殺した直後だった。ユーリは、地球人類のためというよりは、地球からはるか遠くに離れたいとという緩慢な自殺願望があったのだ。社会や人間関係に関しての深い失望感もあった。三十年という任期が終わった時に、自分は五十代の半ばになっている。人生の主要な時期を、孤独に過ごすということを誰だって好んで希望するわけがない。しかし、ユーリ・ミハルコスは、その三十年を思索に明け暮れる「豊饒」なものとして考えようとした。いわば修道僧のようなものだと。

 

ユーリは、所持品のなかに古いロシアの作家の小説を二冊入れていた。膨大な書籍のデータバンクも使用できたのだが、この二冊だけは本の形で私物に入れた。ツルゲーネフの小説と、もうひとつあまり名を知られていないウラジミール・キ―シンの日記体小説。後者は、孤島に暮らす気象観測員の手記のかたちをとっていて、これからのユーリの生活と重なるところがあるかもしれないと思っていた。はるか昔、二百年も前のサハリンから南へ三百キロはなれた孤島の生活が語られる。二十世紀の初頭に、気象観測網、測候所の記録を各国で共同して利用する気象機構の前身が設立されて、各国は各地に測候所を設けるようになった。とくに船舶の安全航行や、空路が発達してくるにつれて、民生でも軍事でも、気象は重要なファクターになってきた。とくに荒天を予測するためには、早期の気象観測値が必要で、気圧の変化をいはやく知るためには、遠方に観測員を配置する必要もあったわけだ。ユーリ・ミハルコフの場合は、天体現象の観測ではあったが、二十二世紀末になって観測が宇宙にひろがったということだ。

※小惑星帯(太陽系)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%83%91%E6%98%9F%E5%B8%AF

 

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幻の名作引用 3 『孤島』(ウラジミール・カシン作)

2011年02月05日 01時07分58秒 | 文芸

ウラジミール・カシン『孤島』

 

「だめだ、ピョートル! もどって来い!

 北西の強風にあおられて、ユーリの声もちぎれとばされていた。

 子犬のピョートルは観測所からひさしぶりに戸外にだされたのがうれしくて、狭い庭のはずれまでいっきに走り出していく。庭のむこうは、切り立った断崖だった。島の東側は岩の突き出た磯にまっさかさまに落ちていく絶壁になっていた。背の低い柵をめぐらしてはあるが、突風でも吹けば小さな犬など断崖から吹き落されてしまいそうだった。

「ニェット、ピョートル!

 ユーリもかけだしていくが、子犬はもう低い柵にまでいきついて、こちらをむくと、さかんに尻尾をふりたてていた。遊んでもらいたいのだ。ユーリははらはらしながら、ジリジリと子犬のほうに近づいて行った。こういうときは、むしろこちらがすわりこんで、子犬の関心をひいたほうがいいことはわかっていた。ポケットにパンのきれはしがある。

 十メートルばかりてまえで、ユーリは膝をついて、ゆっくりと上着のポケットから黒パンの塊をとりだした。石ころのようにカチカチになっている。

「ほうら、ピョートル」

 と、しずかに声をかけながら、黒パンのかたまりをペロリとなめるまねをした。鼻のいい犬には、それがなんだかわかっているはずだ。子犬はたちまちこちらにむかってかけよってきた。朝はうすい魚のスープだけだったから、ユーリもピョートルも腹ぺこだった。夕方にはライ麦をまぜた粉を練ってストーブのうえでパンを焼くつもりだったが、いまのところ口にできるのはその黒パンだけだった。

 ユーリは黒パンをほぐして、小さな破片を足もとに落とした。ピョートルはそれをのぞきこんでから、いちど主人の顔をみあげた。ユーリは微笑んだ。

「いいよ、ピョートル。ぜんぶ食っちまって」

 まだ手のひらに残っているぶんも、子犬にくれてやるつもりだった。

「いまはこれで我慢するんだよ。夕方には魚を焼いてやれるかもしれない。この風がすこしおさまれば、西の磯へサオをおろせるからね。風がやまなければ、パンとオイルサーディンの缶詰だ」

 ユーリの言葉がわかるのかどうだか、子犬はそれほどガツガツとは食べなかった。それでも、ユーリの手に残っている最後のカケラをじっとみている。

「ほら」

 と、ユーリがさしだすと、手のひらからパンの切れ端をうけとって、こきざみに咀嚼している。飲み込んでしまったあとで、なごりおしそうにユーリの手のひらをペロペロなめている。この島にきてから、食糧事情は悪くなったはずだ。ミルクはほとんど口にできない。家畜の飼料のような粉ミルクの缶詰があるにはあるが、あれを使うのはもっと厳しい天気がつづいたときだ。気象観測員のユーリには、今日のように風が強くても日が照っているだけましだとわかっていた。

「さあ、そこにすわっていろ。これから釣り針の手入れをしちまうからな。こいつが晩飯を恵んでくれるかはうけあえないけどね」

 胸ポケットにいれていた釣り針を二本手のひらにのせ、戸口にたてかけた釣りざおをとりにいく。釣りざおだけはウラジオから上等な物をとりよせて備えていた。魚は唯一のタンパク源というべきだから、島ではこれ以上に貴重な道具はあるまい。気圧計や風速計は故障しても修理がきくが、磯で波に釣りざおをもっていかれたらとりかえしがつかない。ユーリは釣りざおのグリップと自分の手首を革ベルトでしばる仕掛けを自分で工夫しているくらいだ。しかし、サオをかばうあまり、おのれが海にもっていかれるという危険もないわけではないのだ。大型の鰊(にしん)を二尾一度につりあげたときに、あやうく岩場から落ちそうになったことがある。命がけで釣り上げた鰊は格別に旨かったが、海にひきずりこまれそうな感覚はずっと残っていた。

「ほうら、すこし風がおさまってきたぞ」

 ユーリは顔を西にむけて微笑んだ。低気圧がとおりすぎて、しばらくは天候が回復する兆しがみえていた。今朝がた測定した気圧計も、数値があがっていた。これから三日間くらいは、海もすこし穏やかになり、磯近くに魚も集まってくるはすなのだ。いまふきつけている西北の風は、低気圧の最後のあがきか、置き土産というところだった。