天沼春樹  文芸・実験室

文芸・美術的実験室です。

プラハ幻想 『サフラン通り』4

2011年02月10日 23時10分59秒 | 文芸

 

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  朝、それもまだ霧が巻いているような早朝。眠らずにすごした重い気分をまぎらしに外に出ることがある。夜と昼の区切りをつけるためのことではあったが。

 下宿屋の向かいにある《カフェ・ヴルダヴァ》は早朝から開いていた。そこでは、かならず娼婦の一団と顔を合わせた。彼女らの朝が早いわけはない。おそらく、客を送り出したあとで、これからそれぞれの部屋に戻っていくはずだ。昨夜の客の悪口か、まだもどってこない朋輩の噂話がいいところだろうが、けだるそうに交わされるおしゃべりを聞くともなく耳にしているうちに、彼女らがたびたびマレーネというドイツ風の名前を何度も口にしていることがわかってきた。みな一様に心配そうな口ぶりだった。

「もう十日ちかくも部屋からでてこないよ」

「商売もやる気がないらしいし」

「病気でもしょいこんだのかい」

 どんな職業にも問題児というものはあるようで、そのあまり商売熱心でないマレーネという娘が、みんなの不安の種であることだけはわかった。たくわえがあるわけでもないし、数日仕事を休めば部屋代すら滞るご時世なのだ。

「ほっておきな、あの子の気まぐれは昨日や今日のことじゃないよ。ビロード革命のあとの三ヶ月ばかり、里帰りといってふらりと旅に出て帰らなかったくらいだもの。わたしは、てっきり足を洗ってドイツにもどったのかと思っていた。まあ、それはそれでかまわないが、四ヶ月目の復活祭の翌日にふいに舞い戻って、何事もなかったように街に立ち始めたのには、驚いたよ。それまで何があったかも一切言わない。部屋代をためこんで荷物を倉庫にほうりこんでしまっていた大家とは、ひと悶着あったけれど、どこで稼いだのか、かなりの額をまとめて大家にたたきつけ、部屋をもとどおりさせて、おまけに壁紙まで変えさせたのには驚いたね。伯父さんが死んで遺産が入ったという噂もあったけど、それならこんな吹き溜まりにもどるのも妙な話さ」

 そんな長広舌をふるうのは一番年長の姐御格のエレーナという女だ。ルーマニアから来たというが、訛りのきついチェコ語を話す。むしろイタリアのシチリアあたりが似合う女傑だ。年長であるのと、大柄であるのとでは、娼婦仲間のなかでは一段と群を抜いていた。カフェの椅子に一度腰をすえたら、いっかなことではもちあがりそうもないような豊満なからだに、いつも安香水のかおりを漂わせている。いわば、この界隈の名物のような娼婦である。

 わたしは、話にでているマレーネの部屋の窓と細い通りをはさんだ向かい合わせの部屋に住んでいたから、彼女が病気などではなく、ただただ退屈そうに部屋のなかで煙草をふかしているのを知っていた。あるときなどは、窓越しに煙草の箱を投げてくれ、と手まねでねだってきたこともある。マレーネには客として会った事は一度もなかったが、いわばお隣さんのよしみで挨拶する。たまたま通りですれちがうようなときに、冗談か本気か「こんどあなたの部屋にいくわね」と、たいへんな挨拶を言ってよこすこともある。ただし、彼女を呼びもしなかったし、マレーネもドアのまえに立っていたことはなかった。わたしも煙草をめぐんでやるだけだった。彼女はわたしの吸っている強いシガーが好きらしかった。

「ねえ、そこの異国の旦那!」

 と、エレーナがめずらしくわたしのほうに顔を向けた。

「おたくご近所なんだろ。たまには彼女をよんでおやりよ」

  ご近所だけにとてもそんな気にはなれないのだが、そんなことを言っても始まらない。あいまいに微笑んで席を立つしかなかった。マレーネ・シンクレア。もちろん職業上の名前にちがいない。その彼女がある日の午後、ほんとうに呼びもしないのに、わたしの部屋のドアをたたいたのには驚いた。


プラハ幻想 『サフラン通り』3

2011年02月10日 23時08分46秒 | 文芸

  十六世紀。神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ二世の侍医であった人物。その人物が調合したといわれる霊薬のおかげで、その娘が数奇な運命をたどることになった。錬金術師の名はヒェロラニモス・マクロプロス。娘の名はエミリア。父親の不老不死の霊薬を試され彼女は三十歳からすこしも年をとらなくなる。それはかならずしも人を幸せにしない。年をとらない者を他人は怪しみ疑う。かたわらの愛する者たちもいずれ老いて死んでいく。一定の時がすぎると、彼女は立ち去らざるをえない。べつの国、べつの町で、べつの人生をはじめねばならぬ。老いの悲しみがないかわりに、孤独がしのびよる。

  時はめぐり、三百年を経たプラハの町に彼女は姿を現す。美貌のオペラ歌手エミリア・マーティとして。そのとき、エミリアの心は老いて朽ちかけていたのか、それともあの日のままであるのかわからない。三百年も過ぎてしまえば、昨日のことなのか。

 この『マクロプロス事件』がカレル・チャペックの夢想の産物であるにしても、そして、その夢想にレオシ・ヤナーチェクが歌劇を書き、新たな悲しみを添えたにせよ、わたしは、この百の塔の聳える古い都市に迷いこみ、ルドルフ二世の庇護をうけた錬金術師たちの事績をさぐり、マクロプロスの痕跡をさがしたくてならなかったのだ。

  古書をめくりながら、私は夢想しはじめる。エミリア・マクロプロスが出会う少年のことを。少年でありながら、またたくまに老いてしまった男のことを。老化の異様にはやい男と、老いぬ女。これは比喩以上の意味があるのだ。その少年とは、自分のことであるのか・・・・。

 そして、老いぬ女、不滅の女というのは、わたしがさがしているもうひとりの不滅の女、エミリアのことでもあった。

 

 


プラハ幻想 『サフラン通り』2

2011年02月10日 23時07分47秒 | 文芸

  老女に導かれて日の暮れはじめた川筋を歩き、オルガのアパートの管理人室にたどりついた。ペトラの名前も素性も、生活ぶりもそこで知った。

  契約は月毎の更新で、いつまで滞在するかは自由。バスタブはあるが、ときどき冷水ばかりでお湯が出なくなることがあるそうだ。そういうときは、大型のケトルを貸してやるから、それで湯を沸かして注ぎこめばいい、とオルガは事細かく説明してくれた。あなたのお国では、誰しも頻繁に湯につかるらしいからといって。契約金はいらないが、このペトラ婆さんに紹介料としてなにがしかやってほしいといわれた。さっそく百コルナばかり進呈して、大いに感謝された。わたしの喜捨がめぐりめぐって、どこへいくことかは言わぬにしても。

  オルガ・エレノア、およそ三十代後半の東欧出身の女。生まれは東のほう、とそれだけ。国名も町も言わなかった。十九になる養女とふたりで暮らしをしている。アパルトマンのオーナーから管理人の権利を買い取り、賃料の何割かを上納しているらしい。オーナーもいずれ資産家の年寄りか、年金生活者なのだろう。老いの身では、アパートの管理もままならぬので、互いの共生のしくみができているわけだ。

  オルガが階段を上ってきた。わたしの部屋を軽くノックする。鍵はかけていないが、出迎えるのが礼儀だ。

「ドゥーブリ・デン、オルガ!(こんにちは、オルガ!)

「ジャークセ、メト?(ご機嫌いかが?)

  わたしたちの挨拶はいつも型どおりにきまっていた。誰にも習わずに独学したチェコ語は、読めはしても、しゃべるとなると片言だ。ところが、しだいに気心が知れるようになると、オルガはスラブ圏の言葉はもとより、ドイツ語やフランス語まで巧みに操ることができるようだった。どこで覚えたのかとたずねると、いろいろ旅をしたり、住処を変えたりしたからよ、とこともなげにいう。そんなわけのものでもないが、恋をした男の国の言葉ならすべて覚えたという洒落を思い出して深くはきかずにおいた。

 

  夏はとっくに終わっていた。しかし、まだ木の葉も色づかず、戸外のカフェで夕まぐれの濃いコーヒーをすするにはもってこいの季節だった。もうしばらくすれば、街路のボダイジュが羽のような種をヒラヒラと空中に舞わせるだうろ。はじめて見たときは、茶色の羽虫が墜死してくるのかと思ったものだ。たしかに命を抱いてはいるが、季節が死をむかえる仕度のようにもみえた。

  わたしはカレル大学の図書館の古文書をかきまわすのにもそろそろ倦みはじめ、いまだに明確な姿をあらわさない、ある人物の閲歴を空しく追いつづけていた。


プラハ幻想 『サフラン通り』

2011年02月10日 22時59分02秒 | 文芸

                                                               

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  日没。日ごとくりかえされる甘い滅びの儀式。

 下宿屋の西窓が一日の終わりをつげはじめた。いくつもの塔に縁どられた地平がサフラン色の紅をさされて、頬をそめはじめる。乙女のように瞬時の華やぎをみせはするが、けっして若くはない女だ。プラハ。百の塔の聳える町。日没は、この古い黄昏の都にいかにもにつかわしい。

  オルガがマーマレードを添えた紅茶を階下から運んでくるのは、いつもそんなときだった。その日の市場で贖われた、秋の果物が盆にのっていることもある。小ぶりな林檎、梨、ときには外来のオレンジ。市がないときなどには、アプリコットの砂糖漬けが添えられたりした。一日中、読書や書き物にあけくれているわたしを慰めるつもりで、オルガは夕まぐれの一時をそんなふうに、果実の香りでみたしてくれる。そういう心遣いは、下宿屋の主人にはめずらしい。月に三千コルナほどの安下宿である。

  オルガのアパルトマンに暮らすようになったのは、そこの下宿人で、年金生活者、そのうえ物乞いをして日を送っているペトラ・ルイスコワが、聖ペトロ教会の裏でわたしに声をかけたことからだ。

 プラハの中央駅に着いた瞬間から、両替をせがむ男や、道案内と称して小銭をねだる者たちに頻繁に声をかけられうんざりしていた。プラハはいつから闇両替と物乞いの町になってしまったのか。すこしばかり幻滅して、声をかけてくる老女などはちょっとさけたい気分だった。

「どこかおさがしで?」と、ペトラはいった。

 この教会はなんというのか、とうっかりたずねたのが運のつきで、いつのまにか彼女のとぼしい年金の話をひとくさり聞かされることになった。

 結局、ペトラ・ルイスコワには、教会の裏辻で二十コルナほどまきあげられた。老女に金をめぐんだあとで、わたしは彼女のあとをこっそりついていった。さして興味もなかったが、いきたい方角もそちらだったのだ。

 ペトラは二度ばかり物乞いをして、二度とも断られていた。なるほど。一日の稼ぎとしては、もう二、三枚の銅貨がほしいところだ。まだ午後の三時を過ぎたばかりだ。

「旦那さん、なんでまたついてくるのかね」

  最初から知っていたらしく、ペトラ婆さんは、赤い眼を見開いてふいにこちらにもどってきた。怒っているようではない。なんで、また物好きに、とでも思っているらしい。

「部屋をさがしているのですよ。古くても清潔な部屋ならいい。心当たりを教えてくれたら、もう二十ほどめぐみますが」

 とっさに思いついて、この地元の老女に下宿屋の事情を聞いてみることにした。日本をたってから半月ほどドイツ国内をうろつき、このプラハに着いたばかりだった。高くて設備の悪いホテルには辟易していた。これからどれほどこの町にいるのかわからない。どうせなら、設備は悪くても安い下宿屋がいい。理想的な住処など、この異郷のどこをさがしたってないのだから。

  ペトラはかぶりをふった。

「商売はしないよ。この歳だから」

  冗談なのか、本気なのか、それともわたしが言った意味をとりちがえているのか、とにかくなにかの代価として金は受け取れぬということらしい。

 わたしが肩をすくめてみせると、老女は赤い眼でじっとこちらをみつめていた。なにか考えているようすだった。

「オルガのアパートなら保証できるよ。なにせ三十年このかた、あたしが住みついているんだから」

  話は通じていたようだ。

「場所は」

「河ぞい」と、ペトラは骨ばった指をつきだして、西の方角をさした。どうやらヴルダヴァ河の右岸らしい。

「ユダヤ人地区じゃないよ」

「旧市街?」

「観光客はそう呼ぶね」