よりみち散歩。

日々の暮らしのなかで心に浮かぶよしなしごとを、こじんまりとつぶやいています。お役立ち情報はありません。

高幡不動尊(あじさい祭)

2017年06月18日 | 神社仏閣
早起きして、高幡不動尊のあじさい祭りに行きました。

また例によって電車(乗り換え2回)はすべて座ることができました。


到着が7時50分。

   

門の仁王像。



第三日曜は「ござれ市(骨董市)」なので、そこそこ賑わっています。



8時からの護摩修行に参加して、不動明王像の近くまで寄ることができました。
(護摩をお願いしていない人でも、参加できます)
早朝のためか参加者は20名程度だったので、静かに祈ることができました。
混んでいると、荷物がぶつからないように詰めて座るとか、
靴を入れたビニールがガサガサ音を立てないようにとか、いろいろ気を遣うのです。

参拝後は、紫陽花鑑賞。




















雨が降らないかなあ、と思っていたのですが、何せ私は強運晴女…
曇りだったので、紫外線にお肌をさらすことなくほっとしました。

帰宅後に、一時大雨が降りましたが、傘の出番はありませんでした。


本日のおみくじ。

末吉ということは、これから発展していくということですね

やっぱり「今、ここ」を大事に生きるということなんだなあと実感しました。

旅行運、春以外はいいのね。
…確かに4月の山梨の宿は、旅行運のいい私にしては珍しく良くなかったわ。
楽しかったROKUZAは、5月下旬なので暦の上では夏。

当たっている!

(旅行サイトにROKUZAの口コミを掲載したらすぐ反映されたのに
 山梨のほうは保留になっています。辛口すぎたからか?)



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本日のぷちラッキーを数えてみる

2017年06月17日 | 日記
本日、見かけた車のナンバー。

888(末広がり)
2525(にこにこ)
7777(ラッキーセブン)
2020(フレーフレー)
3939(サンキュー、サンキュー)※これは別々の車で、2回見ました。

頭が39のナンバーは、かなり目にします。

4989の電話番号を焼肉屋で「よく焼く」としますが
ネガティブな人は「四苦八苦…」と考えたりもします。

シニカルな方は「それが何?」と思うかもしれません。

意味付けは、本人次第ということです。



So what?を使うべき場面も多々ありますが
自分の機嫌を取るときは、この限りでなく躊躇は要りません。

傍から見て不足がないように見えても、
本人が「満たされていない」と思えば、そういうことなのです。

何度も繰り返し書いていますが
「しあわせはいつも自分のこころが決める」のです。

フランスの格言で
「この世で最も不幸なのは、自身の不幸に気づかない者だ」
というのがあった気がしますが、真理は逆だと思います。

というか、この格言を作った人は、自分の価値観を他者にはめ込んでいますね。


ネット注文した本が、帰宅直後に届いたり(すれ違いにならなかった)
タイミングよくマッサージに行けたり、
たまたま寄ったTSUTAYAで「イシュタルの娘」の新刊をレンタルできたり
図書館から予約者50人待ちの「それでもこの世は悪くなかった」の用意ができたと連絡があったり
好きな音楽を聴きながら、のんびり過ごせる時間が持てて
ステキな一日だったなあ、と感謝をしています。


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雨の日の服装

2017年06月17日 | 日記
普段と変わりません。

ここ最近、傘をさしても無駄なほどの
大雨に降られた記憶がありません。


おおた慶文「雨の日」

この前も雨音に目覚め
「出張前に雨なんて、珍しいな」
と思って支度していたら、
出発するときには止んでいました。

帰宅途中、自宅付近でぽつぽつ雨が当たりだしたなと思い、
ドアを開けて数分後、集中豪雨という経験は何度もあります。

そんな理由で、特別なことは何もしません。

天候運はとても強いです。
神様、ありがとう


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朝に見る蜘蛛は吉兆

2017年06月15日 | 日記
今朝、起きた瞬間に寝具の中で

「神様、どうか今年中にAもしくはBを叶えてください。
 もしどちらも叶わなければ、今後、神様にすがるのをやめます」

とすごい誓約(うけい)をしました。

それから30分後くらいに、パソコン付近に
1センチほどの蜘蛛を発見しました。



蜘蛛は、蚊やゴキブリを退治してくれるので、嫌いではありません。
ふっと息を吹きかけたら、傍のごみ箱に落ちたので
それをベランダに持って行って、外に逃がしました。

後でネットで調べたら、朝の蜘蛛は福を呼ぶしるしだから
決して殺してはいけないと言われているとか。

…知りませんでした。

神様、問いに対する解答が早い。
ありがとうございます


上記誓約を読んで、なんて罰当たりな!と
感じる方もいらっしゃるでしょう。

神様を試してはいけないと思う方もいるでしょう。

私の考え方は、少し違っています。

心にお化粧をするよりも、
たまには素の気持ちを開いて対峙したほうが
神様に近くなる気がするのです。

もちろん、普段の意識の向け方や日ごろの感謝が
根底にあることが大事です。

いつも自分勝手ばかりでは、吉兆から遠ざかります。


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川崎大師さまが財布を見つけてくれた

2017年06月13日 | 神社仏閣
お不動様がコンタクトを届けてくれたに続く、神仏不思議ネタです。

50年程前の話です。
私の伯母が、給料を入れた財布を電車の中で紛失しました。


写真と本文は関係ありません。

悔しがっていたところ、伯母の母(祖母)が
「厄落としに、川崎大師に行っておいで」
と促し、素直に参拝したそうです。

それから数日後のこと。

伯母は電車に乗っていました。
(見覚えのある車両だな)
と思って、ふと座席シートの垂直に交差する部分に目をやりました。

ピンク色のものが見えます。
(財布につけていた根付に似ている)
と思って、それを引っ張ってみたら、

先に財布がくっついていたのです。
なかに手つかずの給料もそのまま、入っていました。

たまたま偶然、財布を落とした電車の車両に乗り、
その車両の財布に近い場所にいて、
何故だかわからないけれど、
座席シートの間に、給料そのままの財布が挟まっていたのです。

誰にも盗られなかったのも不思議ですし
なぜそこにあったのかも謎です。


私の高幡不動の話を聞いた母(伯母の妹)は、信じてくれました。
伯母の川崎大師の話を知っていたからです。

でも、伯母が自分の体験談をすると皆「嘘でしょ?」という反応をしたようです。

私も不動尊コンタクトの話をすると、相手が「眉唾」という顔をするので
(人の波動は読み取れます)
あまりリアルでは開陳しません。



伯母の話に戻ります。
ここで仏縁があったのですが、どうもお礼参りにはいかなかったようです。
だいたい、初詣にすら行かない人です。

超現実思考で、頭脳明晰、仕事も有能、センスも抜群、財産もありましたが
50代で病没しました。

誰でもお迎えが来ることになっているので、
逝去が不幸だとは思っていません。

ただ、伯母は息を引き取るまで「死にたくない」と嘆き、
運命を受容できなかったのです。

もし、仏縁をいただいたときに感謝していたら、
その後の人生が大きく変わっていたかもなあ、
そんなふうにも思いました。



亡くなって数年後に、伯母が夢枕に立ちました。

何故か宝塚のような派手なメイクで、とても若々しく華やいでいました。

「じゃあ、私は行くからね。A子(母)によろしくね!」
と言って仏間に入ったので、慌てて
「待って!お母さんを呼ぶから」と追いかけたら、消えていました。

そこで目が覚めたのです。

ああ、伯母は生前はいろいろあったけど、いいところに行けたんだなあ、
とほっとしました。


この話は、信心を勧めるものではありません。
信じたい人は信じるし、信じない人は信じない、で良いのです。
あまりスピに傾倒し過ぎて、実生活を見失うのはよろしくありません。

心は自由です。

(過去に学会系の人にアレコレつきまとわれ不快だったので、
 人には絶対、思想の強制をするまいと思っています)



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