風が 轟(とどろ)く
何物も映さぬ 暗さを纏(まと)い 波打ち絡(から)み合う線を 空に描く
天翔(あまがけ)る 遙(はる)かな音
海峡は憶(おぼ)えている
遠ざかる 仄(ほの)かな影を 追い駈け 更なる次元へ 旅立つ者が いることを
天からの召喚に 海原は深海溝底まで ゆっくりと渦巻きながら 開いていく
そこに鏡は ある すべての雪の初めにある 氷晶のように
過去は 存在の内奥深く 遠く小さく初めから すべて ある
暗黒閾域(シュヴァルツシルト)の解を満たすと それは 出てゆく
闇が 耀(かがや)く
漆黒の水柱となって 肌を 抉(えぐ)り 息を叩き出す
岩に絡(から)めた指が 凍え痺(しび)れていく
闇と波の狭間(はざま)で 灯(あか)りが 瞬(またた)く
自(みずか)らを遠く離れ 解となって戻るため
明かりの前に 髪を靡(なび)かせ 立ち尽くす姿が現れる
覚束(おぼつか)なげに 悄然と 馨(かお)り立つごとく
温かく柔らかく 傍らに在るごとく
開いた唇が いまだ知らぬ名を 形作ろうとした瞬間
吹き飛ばされ 海に墜(お)ちる 形作られ始めていた名を 解き放つ間も なく
誰が 塔に明りを灯(とも)したのか 階(きざはし)を駈(か)け上(のぼ)る と
真っ暗闇の露台から 逆巻く海峡が 屹(そそり)立つ双曲線の 狭間(はざま)に消えていく
顧みると 闇の彼方(かなた)から 金星の隻(せき)眼が 凍える光を放っている
自(みずか)らを深く貫き 問いとなって廻(めぐ)るため
沸(わ)き返る 波間に 白い腕が仄(ほの)光る
力強く安らいで 抜手を切って 振るごとく
ひんやりと滑らかに 傍らに在るごとく
開いた唇が 知ることのない名を 形作ろうとした瞬間
吹き飛ばされ 海に墜(お)ちる 形作られることの叶(かな)わぬ名を 追って
空間が 捲(めく)れ はためいている
光を分かとう とすると 二分の一 に ならず
二つに なるが それらは もはや 同じでは ない
互いを知らず 互いに背を向け
互い自身を探し求め 旅立つ
相見(あいまみ)えることはない
対消滅する瞬間 視神経の入り口 盲点に浮かぶ残像 自(みずか)らの後ろ姿のごとく
出立の時 顧みたとしても 見えるはずもない それが 閾域(いきいき) となり
内奥を通り 互いへ抜け 更なる次元を 呼び覚ます
かつて これほどの風が 海峡を吹き抜けたことが あったろうか
海峡が生まれた時 漆黒の闇が 打ちつける水柱となって 肌を抉(えぐ)り 息を叩き出す
灯(あか)りが 瞬(またた)くように 翳(かげ)り
出逢うことの ない 全(まった)き半身(はんしん)が その前を過(よぎ)り
身を乗り出し 墜(お)ちるのが見える 来ては ならぬ と 手を開き
漆黒の闇が 仄(ほの)かに碧(あお)く明るんでゆく
海と空との境 引き裂かれ蘇(よみがえ)った空間が屹(そそ)り立つ
知らぬはずの名が 口を撞(つ)いて呼ばわれようとした途端
後ろから来た 遙(はる)かに大きな息吹に弾(はじ)き飛ばされ 海に墜(お)ちる
その名を 胸の底深く 吸い込み
誰が 塔に明りを灯(とも)したのか 階(きざはし)を駈(か)け上(のぼ)る と
真っ暗闇の露台から 逆巻く海峡が 空へ還(かえ)ってゆく 在り得ざる双曲線に沿い
いまだ見(まみ)えぬ邂逅(かいこう)と いまだ夢見ぬ願いが 想い出のまま 消えてゆく
振り返ると 真空になった闇の涯(はて)から 金星の隻(せき)眼が 凍(こご)える光を射貫く
その道筋に沸き返る波間に 仄(ほの)白い腕が覗(のぞ)く
出逢えぬことを詫び 別れを告げるごとく
赦(ゆる)し禁じ すべてを戻すため
いまだ知らぬ その名を呼ばわろうとした途端
向うから来た 同じ無限大の息吹に弾(はじ)き飛ばされ 海に墜(お)ちる
呑(の)み込んだ その名が胸を衝(つ)き裂き
深海溝が真っ逆様に螺旋(らせん)を描いて咲き出してゆく
いづれが先に なぜ墜(お)ちたのか
ヘーローは 若者が現れた 対岸の嵐の岩浜から 大風に攫(さら)われて海へ墜(お)ち
明りの灯(とも)った塔(とう)の下へ泳ぎ着こうとして力尽き 沈んでゆくのを見て
助けよう と 飛び込んだ
レアンドロスは 我知らず彷徨(さまよ)い出た磯浜で 対岸の明りの灯(とも)った塔の窓から
乙女(おとめ)が 彼に 遠く逃(のが)れ去るようにと 身を乗り出し 海へ墜(お)ちるのを見て
助けよう と飛び込んだ
これは文目(あやめ)も分かぬ暗闇で同時に起こった
彼らにとって現在は 過去へ少し 未来へ少し 互いの影が落ちて見える
耀(かがや)く影が
誰が塔に明りを 灯(とも)したのか 誰も 部屋に駈(か)け上(のぼ)る と
飛ばされて来たのか 罅(ひび)割れた古い鏡が転がっていて
雲間から凝視(みつめ)る金星(ヴィーナス)の 凄まじい輝きが映っているだけだった
そこに 鏡は なかった
それは 水底深くに沈んでおり 今しも 仄(ほの)光る 蒼(あお)白く ふやけ 血の気の失せた
腕を延べた人影が 彼方(かなた)より ゆっくりと墜(お)ちてくるのが 朧(おぼ)ろに 映っていた
思わず 手を延ばすと ざっと 大風に揺らめいて 消え 塔は 内側から崩れんばかりに 揺れた
吹き飛ばされて 後ろ向きに窓から墜(お)ちる時
仰(の)け反った拍子に顧みて その人影を追って往(ゆ)けることが わかった
かつて 明星を貫いて放たれた 一筋の光が
陽と月が 互いから目を背(そむ)けていた間の 暗闇を潜(くぐ)り
水底の古(いにしえ)の鏡の心(しん)に届き 二つに分かたれた
今 その二つの光の旅は 終わる 無限大は 鎖(とざ)されてゆく
塔から海面へ 海中へ 海底へ 墜(お)ちてゆく人影を 追いながら なぜ見えていたのか
互いの姿が 視線自体も 幽(かす)かに耀(かがや)いて 渦巻く波に 半ば運ばれながら
その人影が 手を差し延べて 何かに弾(はじ)き飛ばされ
後ろ様(ざま)に 塔の中の 小さな 仄(ほの)光る 水溜りのようなものに墜(お)ちると
それが 不意に 罅(ひび)割れを広げ その姿を 幾重にも 摂(と)り込みながら
塔全体が 裏返しに 沈み込むように 海峡を 水柱へと吸い上げ
そこを通って 真っ直ぐに墜(お)ちて来るのが 透けて見えた
明りは 灯(とも)されていたのでは なかった それは 星だった
何物も映さぬ 暗さを纏(まと)い 波打ち絡(から)み合う線を 空に描く
天翔(あまがけ)る 遙(はる)かな音
海峡は憶(おぼ)えている
遠ざかる 仄(ほの)かな影を 追い駈け 更なる次元へ 旅立つ者が いることを
天からの召喚に 海原は深海溝底まで ゆっくりと渦巻きながら 開いていく
そこに鏡は ある すべての雪の初めにある 氷晶のように
過去は 存在の内奥深く 遠く小さく初めから すべて ある
暗黒閾域(シュヴァルツシルト)の解を満たすと それは 出てゆく
闇が 耀(かがや)く
漆黒の水柱となって 肌を 抉(えぐ)り 息を叩き出す
岩に絡(から)めた指が 凍え痺(しび)れていく
闇と波の狭間(はざま)で 灯(あか)りが 瞬(またた)く
自(みずか)らを遠く離れ 解となって戻るため
明かりの前に 髪を靡(なび)かせ 立ち尽くす姿が現れる
覚束(おぼつか)なげに 悄然と 馨(かお)り立つごとく
温かく柔らかく 傍らに在るごとく
開いた唇が いまだ知らぬ名を 形作ろうとした瞬間
吹き飛ばされ 海に墜(お)ちる 形作られ始めていた名を 解き放つ間も なく
誰が 塔に明りを灯(とも)したのか 階(きざはし)を駈(か)け上(のぼ)る と
真っ暗闇の露台から 逆巻く海峡が 屹(そそり)立つ双曲線の 狭間(はざま)に消えていく
顧みると 闇の彼方(かなた)から 金星の隻(せき)眼が 凍える光を放っている
自(みずか)らを深く貫き 問いとなって廻(めぐ)るため
沸(わ)き返る 波間に 白い腕が仄(ほの)光る
力強く安らいで 抜手を切って 振るごとく
ひんやりと滑らかに 傍らに在るごとく
開いた唇が 知ることのない名を 形作ろうとした瞬間
吹き飛ばされ 海に墜(お)ちる 形作られることの叶(かな)わぬ名を 追って
空間が 捲(めく)れ はためいている
光を分かとう とすると 二分の一 に ならず
二つに なるが それらは もはや 同じでは ない
互いを知らず 互いに背を向け
互い自身を探し求め 旅立つ
相見(あいまみ)えることはない
対消滅する瞬間 視神経の入り口 盲点に浮かぶ残像 自(みずか)らの後ろ姿のごとく
出立の時 顧みたとしても 見えるはずもない それが 閾域(いきいき) となり
内奥を通り 互いへ抜け 更なる次元を 呼び覚ます
かつて これほどの風が 海峡を吹き抜けたことが あったろうか
海峡が生まれた時 漆黒の闇が 打ちつける水柱となって 肌を抉(えぐ)り 息を叩き出す
灯(あか)りが 瞬(またた)くように 翳(かげ)り
出逢うことの ない 全(まった)き半身(はんしん)が その前を過(よぎ)り
身を乗り出し 墜(お)ちるのが見える 来ては ならぬ と 手を開き
漆黒の闇が 仄(ほの)かに碧(あお)く明るんでゆく
海と空との境 引き裂かれ蘇(よみがえ)った空間が屹(そそ)り立つ
知らぬはずの名が 口を撞(つ)いて呼ばわれようとした途端
後ろから来た 遙(はる)かに大きな息吹に弾(はじ)き飛ばされ 海に墜(お)ちる
その名を 胸の底深く 吸い込み
誰が 塔に明りを灯(とも)したのか 階(きざはし)を駈(か)け上(のぼ)る と
真っ暗闇の露台から 逆巻く海峡が 空へ還(かえ)ってゆく 在り得ざる双曲線に沿い
いまだ見(まみ)えぬ邂逅(かいこう)と いまだ夢見ぬ願いが 想い出のまま 消えてゆく
振り返ると 真空になった闇の涯(はて)から 金星の隻(せき)眼が 凍(こご)える光を射貫く
その道筋に沸き返る波間に 仄(ほの)白い腕が覗(のぞ)く
出逢えぬことを詫び 別れを告げるごとく
赦(ゆる)し禁じ すべてを戻すため
いまだ知らぬ その名を呼ばわろうとした途端
向うから来た 同じ無限大の息吹に弾(はじ)き飛ばされ 海に墜(お)ちる
呑(の)み込んだ その名が胸を衝(つ)き裂き
深海溝が真っ逆様に螺旋(らせん)を描いて咲き出してゆく
いづれが先に なぜ墜(お)ちたのか
ヘーローは 若者が現れた 対岸の嵐の岩浜から 大風に攫(さら)われて海へ墜(お)ち
明りの灯(とも)った塔(とう)の下へ泳ぎ着こうとして力尽き 沈んでゆくのを見て
助けよう と 飛び込んだ
レアンドロスは 我知らず彷徨(さまよ)い出た磯浜で 対岸の明りの灯(とも)った塔の窓から
乙女(おとめ)が 彼に 遠く逃(のが)れ去るようにと 身を乗り出し 海へ墜(お)ちるのを見て
助けよう と飛び込んだ
これは文目(あやめ)も分かぬ暗闇で同時に起こった
彼らにとって現在は 過去へ少し 未来へ少し 互いの影が落ちて見える
耀(かがや)く影が
誰が塔に明りを 灯(とも)したのか 誰も 部屋に駈(か)け上(のぼ)る と
飛ばされて来たのか 罅(ひび)割れた古い鏡が転がっていて
雲間から凝視(みつめ)る金星(ヴィーナス)の 凄まじい輝きが映っているだけだった
そこに 鏡は なかった
それは 水底深くに沈んでおり 今しも 仄(ほの)光る 蒼(あお)白く ふやけ 血の気の失せた
腕を延べた人影が 彼方(かなた)より ゆっくりと墜(お)ちてくるのが 朧(おぼ)ろに 映っていた
思わず 手を延ばすと ざっと 大風に揺らめいて 消え 塔は 内側から崩れんばかりに 揺れた
吹き飛ばされて 後ろ向きに窓から墜(お)ちる時
仰(の)け反った拍子に顧みて その人影を追って往(ゆ)けることが わかった
かつて 明星を貫いて放たれた 一筋の光が
陽と月が 互いから目を背(そむ)けていた間の 暗闇を潜(くぐ)り
水底の古(いにしえ)の鏡の心(しん)に届き 二つに分かたれた
今 その二つの光の旅は 終わる 無限大は 鎖(とざ)されてゆく
塔から海面へ 海中へ 海底へ 墜(お)ちてゆく人影を 追いながら なぜ見えていたのか
互いの姿が 視線自体も 幽(かす)かに耀(かがや)いて 渦巻く波に 半ば運ばれながら
その人影が 手を差し延べて 何かに弾(はじ)き飛ばされ
後ろ様(ざま)に 塔の中の 小さな 仄(ほの)光る 水溜りのようなものに墜(お)ちると
それが 不意に 罅(ひび)割れを広げ その姿を 幾重にも 摂(と)り込みながら
塔全体が 裏返しに 沈み込むように 海峡を 水柱へと吸い上げ
そこを通って 真っ直ぐに墜(お)ちて来るのが 透けて見えた
明りは 灯(とも)されていたのでは なかった それは 星だった
早速「攫」等が役立ちました。
今回はさらに壮大な叙事詩のようですね。
美しい表現がいくつもあります。
「暗黒閾域(シュヴァルツシルト)の解」
「光を分かとうとすると、 二分の一にならず二つになるが、 それらは最早(もはや)同じではない。」
等は特にそうですね。
最近、スピノザの「知性改善論」を読み始めました。
彼は物事の探求には切りが無い事を認めつつ数学的証明に真理の解を求めたようです。
続きを楽しみにしています。