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8月11日沖縄県民大会の報告
参加者全員が「辺野古新基地NO!」の心をひとつに 寝屋川市 福井
辺野古の青い海をあらわす水色のシャツや帽子を着、黒い喪章をつけた人、人、人。8月11日、接近中の台風や、その雨をものともせず、沖縄県那覇市の奥武山(おうのやま)陸上競技場で開かれた「土砂投入を許さない!ジュゴン・サンゴを守り、辺野古新基地建設断念を求める8・11県民大会」(辺野古に新基地を造らせないオール沖縄会議主催)には7万人の市民が集まった。音楽家の海勢頭豊(うみせどゆたか)氏が悲惨な沖縄戦を思う「月桃」の歌を歌われて大会は始まりました。
県民大会では、新基地建設阻止の闘い半ば8月8日に逝去された翁長(おなが)沖縄県知事への黙祷に続き、今年6月23日の慰霊の日の平和宣言を発表する知事の肉声の録音が会場に流された。
「・・・昨今、東アジアをめぐる安全保障環境は大きく変化しており、先日の米朝首脳会談においても・・・緊張緩和にむけた動きが始まっています。・・・民意を顧みず工事が進められている辺野古新基地建設については沖縄の基地負担軽減に逆行しているばかりではなく、アジアの緊張緩和の流れにも逆行しているといわざるを得ず、まったく容認できるものではありません。『辺野古に新基地を造らせない』という私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません。・・・」
癌の闘病中にもかかわらず、文字通り命を削って発せられた知事の政治的遺言が、集会参加者の胸に深く刻まれた。
続いて、報告・決意表明。
謝花喜一郎副知事「沖縄県は埋め立て承認撤回に向けた聴聞を開始したが、新基地建設阻止の公約を実現する。」
山城博治 オール沖縄現地闘争部長「知事の決意を忘れずに闘う。現場は,1996年からカヌーを出し続け、すさまじい海保の暴力に耐えて抗議の声を上げ続け、2014年から続くゲート前の座り込みも一日も欠かさず多くの皆さんが参加している。」
翁長雄治那覇市儀(翁長知事の次男)「父は生前、ウチナンチューが心を一つにして闘うときには想像するよりはるかに大きな力になる、と言ってきた。オール沖縄で基地を阻止できたと父に報告したい。」
そして参加者全員で、「辺野古新基地NO!」「県民はあきらめない」のカードを掲げ、心を一つにしたが、壇上には辺野古の「美(ちゅ)ら海」色の帽子が。翁長知事が大会に被っていく予定だった帽子が、大会を見守った。
この日、琉球新報に掲載された香山リカ氏の知事への追悼文が、集会参加者の心を過不足なく表しているのではないだろうか。以下に一部、引用する。
「翁長知事の逝去は・・・むしろ始まりなのだ。」と断言できる。全国ニュースで流れた街頭インタビューでは、大人も若者もその死を悼みながら、キリっとした表情で「遺志を受け継いでいく」と語っていた。気落ちしているような人は誰もいなかった。私は、「沖縄の人たちは、知事の魂と生き始めているのだ」と確信した。(香山リカ氏 琉球新報8/12)
翁長知事が逝去した今。一人の死が140万沖縄市民の魂(マブイ)を覚醒させつつあるのかもしれない。