「寝屋川 平和と市民自治の会」のブログ

平和に人間らしく生きるために「寝屋川 平和と市民自治の会」が取り組んだこと及び今後の予定を知らせます。

PAN10月号4ページ

2018-10-24 16:08:51 | 寝屋川 平和と市民自治の会の会報

「1987、ある闘いの真実」を鑑賞して

~カン・ドンウォンが演じたイ・ハニョルについて

 「タクシー運転手~約束は海を越えて~」「焼肉ドラゴン」そして「1987、ある闘いの真実」と、このところ骨太の韓国映画が日本でヒットしています。「韓国文化を日本に伝えたい会」会員としては、とても喜ばしいこと です。特に、今上映中の「1987、ある闘いの真実」は観客数も多く、たくさんの人々に感動を与えているようです。韓国人の知人は「まるで ドキュメントだ。実際にあった出来事、実際にいた人達がそのまま映画になっている」と言っていました。

 映画の内容や解説につ いては、多くの新聞や雑誌で紹介されているので、ここでは私がファンであるカン・ドンウォンが演じたイ・ハニョルについて少し書いてみます。

 最初、37歳のカン・ドンウォンが21歳の学生役をできるかと心配しましたが、全くの杞憂でした。彼は母親思い、家族思いの気の優しい延世大学生のイ・ハニョルでした。光州事件で亡くなった幼い子どもたちを含む尊い犠牲者たちの為にも、民主化をしなくてはならないと考える真面目で正義感のあふれた学生でした。

 その彼が6月9日のデモで催涙弾の直撃を頭に受けて倒れてしまいます。そして彼を抱きかかえる友人の写真が韓国全土に放映されて、一気に民主化運動が広がります。そしてその年の暮れに大統領直接選挙が行われます。

 イ・ハニョルの葬儀には百万人がソウルの大通りを埋め尽くしました。

 今も延世大学の正門前には「烈士イ・ハニョルが催涙弾を受け倒れた場所」というプレートがうめこまれ、映画の中では5000ウォン(日本円で500円)で買ったという運動靴が記念館に展示されています。

 厳しい現実に向き合う映画ですが、何故か爽やかな風が吹き抜けたような気持になりました。

2018.9.21 井哲子


PAN10月号3ページ

2018-10-24 16:01:34 | 寝屋川 平和と市民自治の会の会報

PAN10月号3ページです。

戦争は人を狂わせる(2)

少年時代の日本軍にたいする一種の誇りは…?

2018年8月22日(水) 寝屋川市Hさん

‶中国人の捕虜を木の杭に縛り付ける。その前に兵隊が一列に並んで次々に銃剣で突き刺す。銃剣の使い方の訓練だった“、戦争の生々しい現実を知らなかった大学生の僕にとって、無抵抗の捕虜を銃剣の練習用に突き殺すという行為そのものもショックだったが、それ以上にショックだったのは人の良さそうな初老の元兵士の態度だった。彼の表情には罪悪感のかけらもないどころか、むしろ楽しそうに笑いながら語ったのだ。

 少年時代の僕には、戦場に送られた日本兵は戦争の被害者の象徴であった。とりわけ哀れだったのは、その頃よく街で見かけた、負傷により手や足を失い障がい者となって身寄りもなく道路脇に座る元兵士であった。よれよれの軍帽に白衣をまとい義手義足をつけ、お金を入れてもらう箱の後ろに松葉杖とともに声もなくたたずむ彼らの姿を忘れることはできない。彼らが戦場で何をしたか知る由もなかった。ただ、彼らの姿に敗戦の悔しさを感じる自分がいた。

 中学、高校生の頃、よく本屋で立ち読みをした。店主の立ち読み警告動作に注意を払いながら、太平洋戦争中の零式戦闘機、隼戦闘機や戦艦大和、武蔵、長門、空母などの写真を眺め、戦記を読み、神風特攻隊の突入の写真に感激する一方でアメリカ軍に敗れた事実が悔しかった。日本軍が犯した戦争犯罪行為は何も知らなかった。戦場から生還した人々は周りに沢山いた。例えば、僕の叔父は一人が満州で戦死、もう一人は生還して郵便局で働いており時々話もした。他にも生還した親戚はいた。しかし、彼からも他の多数の帰還兵からも戦場での話は聞いたことは一度もなかった。彼らは戦場での体験を思い出したくなかったのだろうか。何事もなかったかのように平穏な生活をする姿しか覚えていない。

 冒頭の場面は大学生の時、盲腸炎の手術を受け郷里の徳島大学病院に入院していた時の出来事だ。大部屋で同室だった明るく快活な元日本兵の男性が、茶飲み話として同室の私達の前で中国での従軍体験を話したのである。その後、日本軍による南京大虐殺(1937年)、重慶の無差別爆撃(1938年~1943年)など中国各地での中国人住民に対する残虐行為の数々を知ることとなったが、それが事実であることを疑うことは全くなかった。なぜなら、大学生の時の元日本兵のあの話と表情から、日本兵がごくありふれた事として数々の残虐行為をおこなったにちがいないと思っていたからだ。

 少年時代の日本軍にたいする一種の誇りは次第に罪悪感に変わっていった。そして悟ったことは、戦争はあんな良い人さえも、敵国という理由だけで、無抵抗の人を平気で刺し殺す人間に変えてしまう、ということだった。日本軍中国侵略の結果、中国人非戦闘員が多数犠牲となった。一般的に中国人死者の合計は1000万人以上、他方、江沢民来日時の発言として死傷者合計3500万人以上ともいわれている。戦争は人を狂わせるのだ。どんな理由があろうとも戦争はしてはいけない。

 

 


PAN10月号を発行しました。2ページです。

2018-10-15 19:07:16 | 寝屋川 平和と市民自治の会の会報

2018年10月号

2ページ

 

玉城さん支援のために沖縄へ

 

心に強く残ったこと

 

9月22日から24日までの3日間、沖縄知事選挙、玉城デニー候補応援のため、沖縄に行ってきました。

 

 チラシ折、ポスティング、集会への参加、のぼり作り、ポスター作成そして、街頭での“手振り”行動等、寝屋川市民自治の会から2名、多くの方からカンパをいただき、全交の仲間も20数名、同時期結集し、裏方に徹する形で、「辺野古新基地阻止」を訴える玉城氏の支援に力を注いできました。

 

 それらの活動の中で、強く心に残ることが多々ありました。

 

 22日に開催された、玉城氏支援の1万人集会。小雨の降る中ではあったが、翁長前知事の妻、樹子(みきこ)さんも登壇され、涙ながらに、『私は、今回、本当は、静かに県民一人ひとりの方が出す結論を待とうと思っていました。ところが、日本政府の方のなさることが、あまりにもひどいから。たった140万人の沖縄県民に政府の権力をすべて行使して、私たち沖縄県民を愚弄するように、押しつぶそうとする。…県民の心に1ミリも寄り添うとしない。…うちの人の心をデニーさんが継いでくれる』と訴えられ、その横に立つデニー氏も号泣されながらも翁長氏の遺志を受け継ぐと決意を表明され、全参加者の涙が、怒りに転化するのを感じずにはいられなかった。

 ほとんどが、裏方に徹した行動ではあったが、24日の午後からは、首里駅ちかくの「鳥堀」という大きな交差点で、“手振り”行動を行った。2時間半ほど、手がちぎれんばかりに、デニー候補ののぼりや横断幕を広げながら、手を振った。

 『玉城です!』『デニーです!』『よろしくお願いします!』すると、車からはすごい反応が返ってきた。女性の方は7割近くの人が手を振ったりして応えてくれた。クラクションを鳴らして応えていくことも。ドリンクの差し入れやカンパもあった。デニー支援の声を聞きつけた婦人は涙ながらに感謝の意を寄せてくれた。

 沖縄を離れる少し前、現地のテレビニュースで22日の集会での翁長樹子さんの訴えの映像が流されていた。勝ったんじゃないかと、その時、思った。

 



PAN10月号を発行しました。

2018-10-15 18:32:21 | 寝屋川 平和と市民自治の会の会報


PAN10月号1ページ

安倍政権の「終わりの始まり」へ

◇玉城デニーさん大勝◇

 9月30日(日)の沖縄県知事選挙で、志半ばで亡くなった翁長知事の後継候補玉城デニーさんが、知事選最多の得票を獲得し、約8万票もの大差をつけて当選しました。自民党・公明党はじめ与党は、前宜野湾市長佐喜真候補を擁立し、卑劣にも辺野古基地移設問題には全く触れずに争点を隠しながら「経済振興」をちらつかせ、ありとあらゆる手段でてこ入れしてきました。しかし今回、あらためて沖縄の民意が「辺野古移設反対」であることが証明されました。新知事となる玉城デニーさんは、当選直後「これ以上の辺野古新基地建設は認めない。『道理』を止めてはいけない。崩れても、折れてもいけない」と決意を新たにした、と報道されています。我々も、これに応えて沖縄連帯行動を強めていかなければなりません。

◇平和の流れに逆行する安倍政権◇

他方、安倍首相は10月1日の記者会見で、「選挙結果は真摯に受け止め、今後も沖縄の振興と基地負担軽減に努める」と語り、辺野古については何らコメントできませんでした。「真摯に受け止め」るならば、民意を無視した基地建設はできないはず。安倍政権は、自民党総裁選3選を圧倒的な大差で勝ち(結果は党員票で多くの批判票が集まった)、続く沖縄で辺野古移設推進派を勝たせることによって、改憲・戦争国家づくりへの足がかりにしたかったはず。その計画が頓挫しました。直近の世論調査でも、秋の国会での改憲発議自民党改憲案を提出することに「反対51.0%・賛成35.7%」(9/20・21共同通信)です。安倍首相は、改憲を加速化するために、憲法審査会

での議論をすっ飛ばして改憲発議に持ち込もうと考えているとも言われています。まさに今、改憲路線を強引に進めようとする安倍政権の「終わりの始まり」です。東アジアの平和の流れに抗する安倍政権には、お引き取りをい

ただきましょう。待っているだけでは

何も変わりません。「東アジアの平和を求める署名」を広げてください。ミーティング(毎週金曜日1300~1430)に来て下さい。

◇10月21日のトーク・カフェと

11月4日の団結まつり◇

11月4日(日)の団結まつり(扇町公園)には、辺野古ゲート前で抗議の座り込みを続ける市民のリーダー山城博治さんが来阪されます。ぜひご参加下さい。

9月30日に予定していましたトーク・カフェは、台風の接近に伴い急きょ延期しました。10月21日(日)14時に開催します。講師として、憲法学者の澤野義一さん(大阪経済法科大学教授)をお迎えします。今回のカフェでは、国際的な視点から日本国憲法の歴史的な意義を再確認するというテーマです。

講演内容・場所は同じです。ぜひご参加下さい。

前回PAN9月号を配布した際に、アンケートをお願いしたところ、たくさんの方からご回答頂きました。ありがとうございました。「趣旨に賛同する」という声と共に、国民投票法に関する解説を掲載してほしい、との声も寄せられています。今月のミーティングで早速学習会を持って意見交換します。お話しして頂ける方を募集しています。ぜひ来て下さい。