芳野星司 はじめはgoo!

童謡・唱歌や文学・歴史等の知られざる物語や逸話を写真付でエッセイ風に表現。

アレックス・カー

2016年04月02日 | エッセイ

「日本という国はすばらしい機械だけど、一つだけ部品が欠けている。つまりブレーキです」と言ったのはアレックス・カーであった。
 彼とその著作 「美しき日本の残像」「犬と鬼」については、だいぶ以前に二度ほど触れた。彼は「美しき日本の残像」で日本の自然、美、日本の伝統文化を賞賛し、急速に失われていくこれらを哀惜した。この地球上で日本ほど温暖で、四季の変化も美しい土地はないのではないか。彼は屋根の茅葺きや甍や土壁、障子に至るまで、日本が大好きだったの だ。
 それから十年も経たずに「犬と鬼」では、日本に三行半を突きつけた。ローマができたことをなぜ京都はできないのか、パリができたことをなぜ東京はできない のか。…日本は自らその美も文化も破壊し続けて止まらぬのである。こうして確かに日本は経済大国となった。しかし「日本はもうだめだ」… カーの日本論は正鵠を射ていた。

 これも以前書いたが、渡辺京二に「逝きし世の面影」という名著がある。幕末から明治初期に来日した外国人たちが残した書簡、報告書、日記等を博捜 した一大労作である。彼らが口々に言ったことは…神様は不公平だ。この極東の列島はなんと自然に恵まれた、なんと美しい所なのだろう…。この美しい自然や育まれた 伝統文化は、早くも明治十年前後から急速に失われていくのである。外国人たちは言った。我々は間違っていたのではないか、この国に西洋文明をもたらしたこ とは大きな過ちだったのではないか…。

ブレーキのない優れた機械は、明治維新時の危機を乗り越え、日露戦争においても危うく勝利し、西洋にキャッチアップすべく全力で走り続けた。こう して日本 は日中戦争にのめり込み、誰もそれを止めることができず、さらにアメリカとも戦端を開いた。その戦争を誰も止めることができなかった。この機械は自壊自滅以外に止まりようがなかったのだ。
 そして戦後、再びブレーキがないまま走り出した。ダム建設計画を一度決めると、それが何十年かかろうが、またその時点ですでに無用のものと判定されようが、もう誰も止めることができないのだ。高速道路建 設も、無用で長大なばかりの河口堰も、ギロチン干拓事業も、新幹線延伸も、原発建設も、その再稼働も、核燃料サイクル政策もその施設建設も、何千 億円何兆 円かかるかも不明のまま一度走り出したら最後、もう誰にも止めることはできないのだ。なぜならそれらには地方の活性化と経済成長という大義と、 ビッシリと 複雑 な利権や票がからみ付いており、誰も中止の責任を取りたがらないからだ。福島原発のような取り返しのつかない重大な事故、財政破綻等による自壊自滅以外 に、もう止まりようがないのである。
 最近メールでやりとりを交わすようになったK氏からも、「一度スタートしたプロジェクトや政策は、『途中で変えられない』」と、日本の度しがたい 性癖あるいは病理について指摘があった。
福島原発のような重大事故後も、愚かな政府は早々と収束を宣言し、大飯原発を再稼働させ、さらに停止中の各地の原発を再稼働させようとしている。 四十年前に走り出した原発推進政策は、もう止まらないということなのだ。
 大飯原発をはじめとする再稼働は、電力業界と経済界の強い要請による。もちろん、経済的理由が安全に優先することは、決して日本的な現象ではな い。
 例えば…アメリカ東海岸のアミティは、のんびりとした海辺の田舎町である。さしたる産業も無いが、強いて挙げれば夏に海水浴客で賑わうことぐらいである。 その海に巨大な鮫が現れ、海水浴客の若い女性が犠牲になった。 町の警察署長ブロディは翌日浜辺に打ち上げられた遺体を検視して、これをサメに襲撃されたものと断定した。彼はビーチを 遊泳禁止にしようとするが、海水浴と観光で成り立つ町は、これからかき入れ時を迎えるところだった。市長や街の有力者たちはビーチの遊泳禁止を受け入れなかった。こうして海水浴を楽しんでいた少年が、巨大サメの第二の犠牲者となった。…経済優先がもたらす悲劇。これが映画「ジョーズ」の教訓のひとつであった。

 さて、アレックス・カーは「犬と鬼」を上梓した翌年、「『日本ブランド』で行こう」を出版した。彼はその中で、日本に四つの要素を提言した。第一 は「意識」、「こんなものをやってはいけない。止めなければならない。しっかりしましょう」と いう意識を持つこと。第二は「勉強」、「例えばパリ、ローマはどうしてああなのか勉強しなければならない」。第三に「融通」、「いままでのやり方 を変える」自在な融通性である。第四に「勇気」、「変えられないというのでは何もできないから、従来のシステムを変える勇気」である。そして彼は「日本はもうだめだ」という日本国民の意識を「一筋の光明」と言った。

 カーが「『日本ブランド』で行こう」で示した四つの提言から早くも九年経った。これは今もそのまま当てはまる。「こんなものやってはいけない。止めなけれ ばいけない」と強く意識すること。「ドイツではなぜ原発廃止を決議できたのか、再生可能なエネルギー政策とその推進策はどういうものなのか」を勉強すること。いままでの政策や計画に縛られず、融通自在に考え、やり方を変えること。そして変える勇気を持つこと。