「世界一貧しい大統領」と称されるウルグアイの前の大統領ムヒカさんが来日し、話題になっている。彼は世界一質素な要人で、その清貧の思想哲学は実に感動的である。彼は多くの言葉を訥々と発した。その言葉は、現代の日本人に届いたであろうか。確かに彼は私たちに改めて「気づき」を与えた。
表題はまるでムヒカさんの言葉のようだが、これはC・ダグラス・ラミスが2000年に出版した著作のタイトルである。畏敬してやまぬ彼の、「経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか」という本の一部を紹介したい。
ダグラス・ラミスはこの本で、経済発展、戦争と平和、安全保障、日本国憲法、環境危機、民主主義などをテーマとして取り上げたのである。彼は「タイタニック現実主義」という象徴的な比喩を使った。
自然破壊や環境破壊、食べ物の添加物、貧富の差、南北問題、飢餓の問題…誰もが分かっている。先進工業国の政治家は万能薬として自由化を勧めているが、その自由化が問題を悪化させていることも明らかである。
貿易の自由化だけでなく、投資の自由化によって、世界一安い賃金を探す大企業による競争が、結果として先進工業国の実質賃金も下げていく。貧困は貧困を再生産し、貧富の格差はテロを生み出す。また周辺事態法も安保法制、憲法改正と、むしろ戦争への直接参加が近づいている。…しかしこれらの解決策は「非常識」「非現実主義」と呼ばれる。
タイタニックが氷山に向かって進んでいることは、誰もが薄々感じている。すでに小さな氷の塊に何度もぶつかっている。船内放送も何度も「氷山にぶつかるぞ」と繰り返している。しかし巨大な氷山はまだ目に見えていないし、現実的な話だと思えない。
見えているのはタイタニックという船だけで、これが唯一の現実なのである。船上では現実的な日常のルーティンがある。船員がやることはエンジンを動かすこと、燃料を補給し続けること、乗客の部屋を掃除し、ベッドメークをし、シェフは料理を作る。バンドマンはダンスホールで音楽を演奏し、バーテンダーはカクテルを作る。それをやり続ける人が「現実主義者」なのである。誰かが「エンジンを止めろ」と言えば「非常識」「非現実主義者」なのである。前に進むことだけがタイタニックの「本質」なのだ。
現実主義的な経済学者や政治家、企業家たちが、タイタニックに「全速力」「スピードを落とすな」という命令を出し続ける。これが「タイタニックの論理、タイタニック現実主義」である。
もしタイタニックが全世界とするなら、船の中だけが現実で論理的で、船の外にはリアリティがない。経済学者や政治家、ビジネスマンにとって船内の世界経済システムのみが論理的で、世界経済システムの外にリアリティを感じることができないのだ。
ここでダグラス・ラミスは「白鯨」のエイハブ船長の言葉を紹介する。
「私の使っている方法と、やり方はすべて正常で合理的で論理的である。目的だけが狂っている」
タイタニック現実主義者、政治家、経済学者、ビジネスマン、銀行マン、そして経済発展を勧めようとしているあらゆるエキスパート、その人たちが使っている方法、やり方は、そのシステムの中ではとても正常で論理的、現実的なのである。ただその目的だけが狂っている。…
ダグラス・ラミスは、経済成長を追うのではなく、ゼロ成長こそ生き延びる道だと説いているのである。
彼が、日本の平和憲法や安全保障の問題、環境問題、グローバル経済がもたらした貧富格差や貧困の問題、民主主義の問題、原発の問題などを語り続け、活動し、この本を出してから16年も経った。しかし、日本も世界の情勢も悪化の一途を辿っているように思える。
昨日、内閣府が実施した「国民の社会意識調査」なるものが発表された。それによると現在の「社会全体」として満足、やや満足が合わせて62%で昨年より3ポイント増え、平成21年以降で最も多くなったという。また良い方向に向かっている分野として「医療・福祉」「「科学技術」がともに29%、「外交」が13%と平成10年以降で最も多くなったという。全く信じられない。
「景気」は7%と2年前の22%の3分の1にとどまったというが、これはアベノミクスが失敗だったことを表したものだろう。そもそもアベノミクスはアクセルとブレーキを同時に踏む政策で、市場原理主義に乗っ取られた思考停止状態の、幻想に過ぎなかったのだ。安倍自民は憲法改正草案の前文に「経済成長」を入れた。