画像提供:屋根裏人のワイコマです さん
別宅を処分することに・・・
現在滞在中の別宅(山口県の旧実家)を処分することにしました。
誰も住む人がいない古家を管理するため、約10年間3か月毎に埼玉県から往復していますが、管理費も掛かるしそろそろ自分の年齢も考え終活の時期に入ったと認識しています。
これまで維持してきた目的は、近い将来の首都直下型大地震の万が一に備えたものでした。
現在滞在中の別宅(山口県の旧実家)を処分することにしました。
誰も住む人がいない古家を管理するため、約10年間3か月毎に埼玉県から往復していますが、管理費も掛かるしそろそろ自分の年齢も考え終活の時期に入ったと認識しています。
これまで維持してきた目的は、近い将来の首都直下型大地震の万が一に備えたものでした。
確かに、旅行拠点としてあるいは別荘的に使うには便利で、自然災害に縁のない立地条件で恵まれています。
管理費も航空機、船、車など往復の交通費も馬鹿にならず、生活も二重生活ですから結構かかります。
傍(はた)から見ると、とても裕福に見られますが決してそうではなく、政府の厚生年金だけでは生活できないことは周知の通りです。
子供の居ない私達夫婦には処分を託す人もなく、他人様に迷惑をかける訳にも行きません。小さなものはすぐに処分できても、大きなものはそう簡単に処分できません。もしも、highdy が紫陽花より先に逝くことになった場合、老齢になった彼女は遠く離れた知らない土地で処理に大変困るからです。
終活も早めに始めておかないと、いつ認知症になってしまうかも分かりません。既に夫婦で「遺言書」書いて準備はしてありますが、本件もその一環の作業です。
傍(はた)から見ると、とても裕福に見られますが決してそうではなく、政府の厚生年金だけでは生活できないことは周知の通りです。
子供の居ない私達夫婦には処分を託す人もなく、他人様に迷惑をかける訳にも行きません。小さなものはすぐに処分できても、大きなものはそう簡単に処分できません。もしも、highdy が紫陽花より先に逝くことになった場合、老齢になった彼女は遠く離れた知らない土地で処理に大変困るからです。
終活も早めに始めておかないと、いつ認知症になってしまうかも分かりません。既に夫婦で「遺言書」書いて準備はしてありますが、本件もその一環の作業です。
寄贈も考えましたが・・・
市にも相談してみましたが、いまの地方自治体は何処も財政難です。全国には空き家対策に悩む地方自治体が沢山あります。市でも中身が空っぽでいつでも人が入れる状態であれば、移住者や売却の斡旋もしてくれるようです。
しかし無償寄贈しても、市には管理するほどの余裕はないのです。管理まではしてもらえません。
全国の多くの空き家は、管理ができないために相続をしなかったり、地方自治体が縁故者を探すのに困難を極め放置されたものです。各地で空き家対策の条例を定め、努力していますが、特定個人の資産やゴミを処分するのに一般市民の税金を使うことはかなり抵抗があるようです。
広告と媒介契約
できれば1年以内にと、あるWeb上に広告(無料・有料どちらも可能)に微小の広告費を払って掲載してみました。
広告の効果(?)で、今週末にも現物視察の予約が入っています。ネットの威力は素晴らしいもので、多くの皆様が閲覧してくれているようです。多くの方がお気に入りに登録してくれ、問い合わせもポツポツ来ています。
ただ、いまは古民家ブームとは言われながらも、highdy の所有する古家はそのような古民家ではなく中途半端な古家なので、問い合わせは少ないと思われます。
昨日は、知人の紹介による不動産業者さんとの媒介契約を締結しました。基本的な有効期限は3か月間ですが、そう簡単には売れないと思います。
丸ごとで売り出していますが、家財を処分の場合はプラス35万円の条件付きです。多くの方は他人の使用したものを嫌がりますので、現在連日それを片づけていますが布団、衣類、食器、家具類、工具類、等々、とにかく物が多くて多くて・・・。
本日もご来訪いただきありがとうございました。
埼玉から山口県まで通っての 長年にわたる家の管理は大変でしたね。
空き家になった実家を 私もどうしたものかと悩んでいます。
実家のとなりに昔建てた 小さな平屋の私の家は売れました。
実家は土壁の昔ながらの百姓家で highdyさまと同じく やがて来る
南海地震のとき避難できるからと そのままにしていましたが
私たちも歳を取り このままでは子ども達に迷惑がかかります。
実家の周りの農家も今は空き家になった家が多く リフォーム費用を
市が出してあちこち直し 若い夫婦に安く貸し出しています。
それをするには実家は古すぎて直すことも出来ず このままに
しておれば 自分が生まれ育った家が崩れ落ちるという
悲しい光景を見ることになります。
自分達がしっかりしているうちに 取り壊し業者数軒から
相見積もりをとり壊しておかねばと 最近特に思います。
更地にしたら今までの何倍も 固定資産税がかかると聞きました。
それらも含めて一度 市役所へ相談に行こうと思っています。
highyさまが言われるように 終活は早めに始めておかないと
いつ体がどうなるか 認知が入るか分かりませんので
私たちも出来る事はしておきたいと思います。
家が売れたらいいですね。
遺言書もすでに作成されいてる由 さすがですね。
決断に至るには色々な葛藤や勇気(?)も必要だったことでしょうね。
いざ、心を決めたとしても・・・
売却できれば安堵できるというような期待感よりもやはり一抹の寂しさのようなものを感じるのではないでしょうか。
子供の頃の生活の思い出はもちろんのこと、家財や道具などについても一つ一つ手放しがたい思い出が・・・
でもhighdyさん、の仰るとおりですね。
早く買い手がつくのもいいと思いますが許される範囲内で少しでも長く思い出を蘇らせるのも・・・
土地屋敷が手に余る時代とは・・・世の中は変わりましたね。
山口のご実家の措置がhighdyさまにとって納得のいくものになるように願っています。
この家は、親父が初めて建てた家を私が社会人になってから建て増ししたものです。友達が来ても家族に気兼ねなく入れるようにと私の部屋を2階にし、玄関から家の中を通らず直接2階に上がれるように階段前に入口が設けてあります。
「2階はお前のためのものだから・・・」と親父に言われ、私が自分で図面を引きました。(本業は機械設計ですが・・・)
東と南に出窓を設け、西に押し入れや廊下を設け、常盤公園の観覧車が見え、夜間や年末には美しいイルミネーション、また山口・宇部空港の発着、西は市内の花火大会が見える(現在は西側に3階建ての家ができ、花火は半分だけ見えます。もちろん出窓から屋根に出ればいままで通りです。)ように設計しました。結構、思い入れもあります。
友人などいろんな方から「借家にすれば・・・」と言われますが、それもかなり管理が大変で、いずれは手放すことになります。
お互いに早めの終活に心掛け、他人に迷惑を掛けないようにしたいものですね。
更地にするのも問題で、家の周りはすべてレンガ塀で囲まれ、且つ足を汚すことなく歩けるように、土面はしっかり残しつつも全周コンクリートが打ってあります。
従い、壊す費用も半端ではありません。
従い、売り出し価格も更地にする費用を差し引いて、さらに値引きした価格に設定しています。そのため、これまでの管理費用も回収できない位になっています。
いまのように、家が余るような時代になるとは思ってもみませんでした。時代の流れですね。
日頃付き合いのない親戚も、都会と違ってみんな立派な家を持っています。
それに甥っ子、姪っ子も、いまの時代の子供は、戦前・戦中に生まれた私達世代と違い、こんな古い家には見向きもしません。自宅も学校もそのような恵まれた環境に育ったためでしょう。
本当に仰る通りで、ひと昔前なら考えられないことでした。
思いは複雑でも、時の流れ、自分の寿命には逆らうことはできません。
他人や地方自治体に迷惑を掛けないことを一番に考えています。私達2人のいずれが残った場合にも最終的に残ったものは、形見分けは別にして、福祉関係の団体にすべて寄贈することにしています。
お世話した方は多くても、お世話になった方々は殆どいませんので・・・。それが、私たちの生き方だったのです。
家財や道具、思い出のものが出てくると、つい整理の手が止まり、整理が遅々として進みません。物を買ったり集めたりするより、捨てる決心の方が勇気が要るような気がします。
PC関連記事がお役に立っていれば、嬉しいです。私自身も皆様から言われるほど詳しくはなく上には上があり、詳し方々は沢山おられますが、できるだけ、初心者レベルを脱却できるような記事を書いています。今後とも宜しくお願いします。
本当に戦後のモノの無い時代から、世の中は変わってしまいました。
お心遣いありがとうございます。何とか希望通りに処分できればと、思っています。