◎千一夜物語 その11 ヌレンナハール姫と美しい魔女の物語(8完)
★ヌレンナハール姫と美しい魔女の物語(第807-814夜)(「完訳 千一夜物語10」、岩波文庫)
●「ヌレンナハール姫と美しい魔女の物語」(第814夜)より
「我が女王よ、この憐れな老婆は、御覧のようにかわいそうなありさまで、アッラーによってわれわれの道の上に置かれたのです。われわれはこれを助け、救ってやらなければなりませぬ」
魔女王女はじっと老婆を見ておりましたが、やがて侍女たちに、老婆を別室に連れて行くよう、鄭重に取り扱いなさいと命じました
「あの婆さんについては、御心配御無用です。あの女は病気ではございませんから。あの女がここに来た理由(わけ)も、あれをよこしたのがどういう人たちかも、またあれがあなたの道に待ち伏せしてもくろんだ目的を、みんなわたくしは知っています。どんなことをたくらむことができようと、あなたに仕掛けるおとしあななど、わたくしがすべて無駄にして、どこまでも御身を守ってさしあげるということを、お信じになって下さいませ。では、お出かけ下さいまし」
フサイン王子は、彼女に別れを告げると、父君の都に向かって再び道をとりました
さて、魔術師の老婆のほうは、…
魔女の侍女の1人が「獅子の泉」の水を満たした茶碗を差し出しながら
「これは獅子の泉の水で、これを1杯飲めばどんな頑固な病気も治り、瀕死の人たちも健康に返ります」
そこで老婆はその1杯を飲みますと、2、3分後に
「すばらしい水ですこと、私はもう治りましたよ、まるでやっとこで私の病気を引きぬいたみたい」
老婆は、実は痛み何もしなかったのに、病気が治ったみたいなふうをして、床の上に起き上がりました
老婆はもう見たいものを見てしまった今となっては、退散するにしかずと思い、親切を謝して後、2人の若い女にその希望を告げました。するとその女たちは、旅の無事を祈りながら、老婆を石の扉から送り出しました。すぐに後を振り向いて、扉の場所をよく見届け、すぐにそれとわかるようにしておこうとしましたが、見えないのでいくら探しても無駄です。やむなく扉の道を見つけるのはついに成功しないで、戻らざるをえませんでした
老婆は帝王の御前に着くと、自分のしたこと、見たことすべてと、その御殿の入口を見つけることができなかったことを御報告申し上げました
王は王子をお呼びになって、
「こんど来るときには、何かわしを悦ばせるようなものを、持ってきてくれぬか、例えば、狩猟とか戦争の際、わしの役に立つ立派な天幕というような品じゃ」
妻の魔女は、宝蔵係の女官を呼んで、言いつけました
「我が宝蔵にある1番大きな天幕を取っておいで。そして番人のシャイバールに、それをここに持ってくるようにお言いなさい」
その番人というのは、特別な種類の魔神でした。身の丈4、50センチばかりで、10メートルもの髭をはやし、口髭は濃く両の耳まではね上がり、両眼は、身体と同じぐらい大きな頭のなかに、深く落ち凹んでいます。肩には、我が身よりも5倍も重い鉄棒をのせ、片手には畳んだ小さな包みを持っていました
「シャイバールよ、お前はすぐに我が夫フサイン王子のお供をして、王子の父君帝王のところまで行きなさい。そしてお前のするべきことをするのです」
シャイバールは庭に行って、手に持っている包みをほどきました。中から1つの天幕が出てきましたが、それはすっかり拡げれば、一軍の軍隊全部をもおおうことができるほどのもので、包むべきものにしたがって、大きくもなれば小さくもなるという特性を持ったものです
2人が王宮にはいって、帝王の前にまかり出ますと、帝王は大臣と寵臣たちに囲まれて、あの魔術師の老婆を話をしているところでした。シャイバールは玉座の足もとまで進み、
「当代の王様、例の天幕を持ってまいりました」
そして大広間のまん中に、それを拡げ、大きくしたり小さくしたりしはじめました
次に突然、彼は鉄棒を振りあげて、総理大臣の頭上にくらわせ、いきなり叩き殺してしまいました
次に同じようにして、ほかの大臣と寵臣たち全部を叩き殺しましたが、彼らは恐怖に身動きもならず、腕をあげて身を守る力もないありさまでした
次に「瀕死の病人のまねの仕方を教えてやるぞ」と言いながら、魔術師の老婆を叩き殺しました
シャイバールは王に言いました
「俺はこれらの奴ばらの不届きな進言を罰するために、みんな懲らしめてやった。あなたは同じ運命に会わせるのは容赦しよう。しかし王位は罷免じゃ」
ハサン王子とその妻ヌレンナハールについては、この陰謀に加わらなかったので、国王となったフサイン王子は、夫妻に王国の1番美しい地方を領地として与え、むつまじい交際を続けました
フサイン王子は、妻の美しい魔女と、歓楽と繁栄のうちに暮らしました。そして2人はたくさんの子孫を残し、その子孫が、2人の死後にも、幾年も幾年も世を治めたのでございました
そしてシャハラザードは、この物語をかく語りおえて、口をつぐんだ。妹のドニアザードは言った「お姉様、お言葉はなんと楽しく、味わい深く、興味尽きないことでございましょう」
「けれども、もし王様のお許しあって、さらにあなた方にお聞かせ申すものに比べれば、これなど何でございましょう」
シャハリヤール王は思った、「この上、余の知らぬようなことを、いったい何を聞かせることができるのであろうか」
そしてシャハラザードに言った
「許してとらするぞよ」
★ヌレンナハール姫と美しい魔女の物語(第807-814夜)(「完訳 千一夜物語10」、岩波文庫)
●「ヌレンナハール姫と美しい魔女の物語」(第814夜)より
「我が女王よ、この憐れな老婆は、御覧のようにかわいそうなありさまで、アッラーによってわれわれの道の上に置かれたのです。われわれはこれを助け、救ってやらなければなりませぬ」
魔女王女はじっと老婆を見ておりましたが、やがて侍女たちに、老婆を別室に連れて行くよう、鄭重に取り扱いなさいと命じました
「あの婆さんについては、御心配御無用です。あの女は病気ではございませんから。あの女がここに来た理由(わけ)も、あれをよこしたのがどういう人たちかも、またあれがあなたの道に待ち伏せしてもくろんだ目的を、みんなわたくしは知っています。どんなことをたくらむことができようと、あなたに仕掛けるおとしあななど、わたくしがすべて無駄にして、どこまでも御身を守ってさしあげるということを、お信じになって下さいませ。では、お出かけ下さいまし」
フサイン王子は、彼女に別れを告げると、父君の都に向かって再び道をとりました
さて、魔術師の老婆のほうは、…
魔女の侍女の1人が「獅子の泉」の水を満たした茶碗を差し出しながら
「これは獅子の泉の水で、これを1杯飲めばどんな頑固な病気も治り、瀕死の人たちも健康に返ります」
そこで老婆はその1杯を飲みますと、2、3分後に
「すばらしい水ですこと、私はもう治りましたよ、まるでやっとこで私の病気を引きぬいたみたい」
老婆は、実は痛み何もしなかったのに、病気が治ったみたいなふうをして、床の上に起き上がりました
老婆はもう見たいものを見てしまった今となっては、退散するにしかずと思い、親切を謝して後、2人の若い女にその希望を告げました。するとその女たちは、旅の無事を祈りながら、老婆を石の扉から送り出しました。すぐに後を振り向いて、扉の場所をよく見届け、すぐにそれとわかるようにしておこうとしましたが、見えないのでいくら探しても無駄です。やむなく扉の道を見つけるのはついに成功しないで、戻らざるをえませんでした
老婆は帝王の御前に着くと、自分のしたこと、見たことすべてと、その御殿の入口を見つけることができなかったことを御報告申し上げました
王は王子をお呼びになって、
「こんど来るときには、何かわしを悦ばせるようなものを、持ってきてくれぬか、例えば、狩猟とか戦争の際、わしの役に立つ立派な天幕というような品じゃ」
妻の魔女は、宝蔵係の女官を呼んで、言いつけました
「我が宝蔵にある1番大きな天幕を取っておいで。そして番人のシャイバールに、それをここに持ってくるようにお言いなさい」
その番人というのは、特別な種類の魔神でした。身の丈4、50センチばかりで、10メートルもの髭をはやし、口髭は濃く両の耳まではね上がり、両眼は、身体と同じぐらい大きな頭のなかに、深く落ち凹んでいます。肩には、我が身よりも5倍も重い鉄棒をのせ、片手には畳んだ小さな包みを持っていました
「シャイバールよ、お前はすぐに我が夫フサイン王子のお供をして、王子の父君帝王のところまで行きなさい。そしてお前のするべきことをするのです」
シャイバールは庭に行って、手に持っている包みをほどきました。中から1つの天幕が出てきましたが、それはすっかり拡げれば、一軍の軍隊全部をもおおうことができるほどのもので、包むべきものにしたがって、大きくもなれば小さくもなるという特性を持ったものです
2人が王宮にはいって、帝王の前にまかり出ますと、帝王は大臣と寵臣たちに囲まれて、あの魔術師の老婆を話をしているところでした。シャイバールは玉座の足もとまで進み、
「当代の王様、例の天幕を持ってまいりました」
そして大広間のまん中に、それを拡げ、大きくしたり小さくしたりしはじめました
次に突然、彼は鉄棒を振りあげて、総理大臣の頭上にくらわせ、いきなり叩き殺してしまいました
次に同じようにして、ほかの大臣と寵臣たち全部を叩き殺しましたが、彼らは恐怖に身動きもならず、腕をあげて身を守る力もないありさまでした
次に「瀕死の病人のまねの仕方を教えてやるぞ」と言いながら、魔術師の老婆を叩き殺しました
シャイバールは王に言いました
「俺はこれらの奴ばらの不届きな進言を罰するために、みんな懲らしめてやった。あなたは同じ運命に会わせるのは容赦しよう。しかし王位は罷免じゃ」
ハサン王子とその妻ヌレンナハールについては、この陰謀に加わらなかったので、国王となったフサイン王子は、夫妻に王国の1番美しい地方を領地として与え、むつまじい交際を続けました
フサイン王子は、妻の美しい魔女と、歓楽と繁栄のうちに暮らしました。そして2人はたくさんの子孫を残し、その子孫が、2人の死後にも、幾年も幾年も世を治めたのでございました
そしてシャハラザードは、この物語をかく語りおえて、口をつぐんだ。妹のドニアザードは言った「お姉様、お言葉はなんと楽しく、味わい深く、興味尽きないことでございましょう」
「けれども、もし王様のお許しあって、さらにあなた方にお聞かせ申すものに比べれば、これなど何でございましょう」
シャハリヤール王は思った、「この上、余の知らぬようなことを、いったい何を聞かせることができるのであろうか」
そしてシャハラザードに言った
「許してとらするぞよ」