出し惜しみしているうちに、それが実力になっちゃうものなんですよね。
できるんだけどやらないと、それが限界になる。
これは、Zeelの代表取締役、尾関茂雄さんのコトバです。
胸が痛い。
時々紹介している日経新聞・木曜の夕刊に連載されている『さらりーまん生態学(いきざまがく)』。先日(9/29)は作家の江波戸哲夫さんが書かれていました。その中で、江波戸さんが毎朝目を通すブログ「お気楽、極楽日記」(尾関さんのブログ)で見つけたということで引用されていました。
せっかくなので江波戸さんのそのコラムについて、少し書きます。
江波戸哲夫さんの文章を紹介するのは二回目ですね。
※ご参考に。 http://blog.goo.ne.jp/hoddy/e/c822fbe043264f8fccc2380df2a220cf
そこで、江波戸さんは「人は誰しも目の前の課題に全力投球することに、時に、ためらいを覚えるようだ。」とその理由について以下のように書かれています。
我を忘れ、むき出しの自分をさらすのは、カッコ悪いと思うのか。
あるいは全力を出しても成功できない非力な自分に直面することを避け、「できるんだけど、教養が邪魔して」という言い訳を残しておきたいのか。
いや単に疲れているだけかもしれない。
ますます胸が痛い。
ボクも、出し惜しみしたら、その結果が実力、自分の限界になると思います。
そして、「出し惜しみし続けていたサラリーマンが幸せになれるほど、企業社会は甘くはない」とも思います。
また江波戸さんは、このようにボクらに問い掛けられています。
老いも若きも明日から、アスリートのごとく己れの限界と戦いますか?
サラリーマンは走り続けるしかないんですよね。
みなさん、ハローです。ホディです。
熱い一日でした。
秋なのに暑い、そして熱い・・・仕事が忙しくなると不思議なテンションの高さになるんですよね。テンションが高いというのは、陽気になるわけではなく、熱くなる。(みなさんも、こんな感じはありますか?)
運動不足のボクですが、自分なりに限界に挑戦しているんですかね・・・
そんなボクの頭の中で、最近よく流れる歌は、Mr.Childrenの「ランニングハイ」。
♪息絶えるまで駆けてみよう 恥をまき散らして
退きどきだと言うなかれ素人!まだ走れるんだ
息絶えるまで駆けてみよう 恥をまき散らして
胸に纏う玉虫色の衣装を見せびらかしていこう♪
詳しいメカニズムは知りませんが、ランニングハイとは有酸素運動により、脳や神経が刺激されて気持ちの良い陶酔状態になるというものだそうです。(詳しい方、正しいでしょうか?)
仕事は有酸素運動ではないので、全く違うものだとは思いますが、ボクの中では精一杯、何かに打ち込んでいるときに感じる「熱さ」といいますか、良く言えば「高揚感」のようなものを感じます。
自分の限界・・・その限界に挑むの中でのランニングハイ。
でも、ヒトはひとりで走っているわけではないんですよね。そして、ゴールが見えない挑戦だから難しく、面白い。
大切なのは、微笑んで、そして決して出し惜しみではない“自分のペース”で。
それが、本物のアスリートだと思うんです。
ボクは微笑んで走れていますかね?
最近よくランニングハイを聞いています。
面白いですね。
ご紹介ありがとうございました。
それにしても、ozekiさんの名言は胸に引っかかってます。やる気にさせられる一言です。