高所の窓からひかりが差し込んでいる
何もない床にひかり溜まりをつくり
まるでもの言わぬ坊主のようだ
直線的な輪郭が
膝を正して座り
この世のまぼろしに
嘘も真もないと
景色とだけ知れと
教えているかのようだ
なにか儀式として成立しそうな小道具が欲しかったので、俺は煙草に火を点し
ブロックのかけらをふたつ使って
線香のようにまっすぐに立てた
なにぶん俗物で恥ずかしかったが
煙はしっかりとのぼった
どこかで木の枝が
風に背を叩かれて打ちつけあい、激しい響きをとどろかせている
古びた
穴あきの鉄の壁の中でそれを聞いていると
妖怪どもが剣劇でも始めているかのようだ
誰でも
殺したいやつのひとりやふたり
それだって
真理には違いないだろう
そもそも俺は
もうすでに終わっているものが大好きで
こうして忍び込んでは
誰のためでもないひかりを見る
死んでから判ることがたぶん
数え切れぬほどあるように
終わったものの中には
確実に生きているものがいくつもある
それらがあるとうたうことは難しい
すでに使われなれてる言葉には真意がないから
まともに見せるために変体させなければならない
すこし毛色の違うものでなければ
意識の入口に立ったところで
自動ドアは開いてはくれない
が
そこには真意がなければならない
そこには真意がなければ
ただの奇天烈な発表会で終わってしまう
それだけならまだしも
常識の範囲内で
読み違えるのを得意としてるような連中に
遠巻きにされて石を投げられる
最も遠巻きだから
決定打はひとつもありはしないが
蝿が人を殺さないからといって
それを許すやつはあまりいやしないだろう
陽がゆっくりとかたむくと
ひかり溜まりは
湖面のように揺らぎ
明日の中へ消えてゆく
ぬくもろうと目論んでいたダンゴムシは
だいたいすんでのところで間に合わない
お悔やみを言おうと突っついたら
システムのように丸くなって
なにを言っても取り合ってはもらえなかった
それくらい頑固でなくてはいけないのだ
愚かでも気に入ってくれる御仁が居るには居る
雑草の中にもぞもぞとした動きがあるので
なんだろうと覗いてみたら
首を垂れたみみずが蟻どもにたかられていた
蟻はみみずであり
ミミズは蟻である
それは単純だが
変更も更新もありはしないのだ
その蟻をひとつつまみ
なむあみとつぶやいて口に含んだ
そこには土の言葉があり
草の言葉があった
ありとあらゆるものの大便や小便が
生命というものの根本的なカタストロフィについて熱弁をふるい
蟻は俺の舌の上に
万年筆でそれを書きとめた
土の気の気が済むと、蟻はじっとして動かなくなった
口の中には空気が足りないのかもしれない
覚悟したのなら戻すのは忍びない
俺は舌先で蟻を犬歯のところへ連れて行き
プレス機のように神妙に一度噛んだ
生き物は犬歯で噛まなければならないのだ
蟻は俺になったが
俺はたぶん蟻になることはない
灰になるよりは蟻になりたいが
それは決まりなのでどうしようもない
こうしたものの中に居ると
確かに夕べには冷えてくるのだということが判る
こうしたものに住むものたちは
暗くなってから後悔を始めるのかもしれない
蟻にまぎれてミミズを喰い、そいつらの邪魔をしようかとも考えたが
蟻は俺のことを仲間に入れてくれそうもなかった
だって俺のしたことは彼らには何の関係もないから
孵ってくるという類のことでなければ
彼らはラインをつなげようとはしない
なので
俺は外に出て一服やることにした
壁と同じ色の夕日が
こうもりのように空に浮かんでいる
ライターの石が切れてしまって
殴られたときに見るような火花が散るだけ
土を深く掘って
それを埋葬した
死として理解することは
慈しむ上では大切なことだ
もっともそこに真意がなければ
百円ライターの葬式をしたりするはめになる
暗くなると道が見えなくなる
空のまなざしが泣き腫れているうちに
獣道をたどって生きている街に戻ろう
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