不定形な文字が空を這う路地裏

ミュージアム








冷えた空気が滑り込む
隔離された部屋の中で
水晶体を滑る蜥蜴、食道を塞ぐ蚯蚓(みみず)
朝を朝として迎える前に
吐瀉物に埋もれた身体はすでに死んでいた
窓を見上げたままの視線は
隠れるような角で
忘れ去られた蜘蛛の巣に囚われ
母音を象った唇の空洞で
百足が何かを確かめている
体躯は蝋の様に塊り
古い工場さながら
機関は活動を停止していて
礼拝堂の様に静謐だ
疎かな命みたいな
塵の振る音が聞こえるくらいだ
灯りの明滅は
いつからかは判らないけど
いつまでもは続かないことが窺える
装飾された石柱、そこには天使が
あどけない天使が当て所なく居て
柔らかな翼の隙間に埃を溜め込んでいる
そのくすみには
どこかしら老いを迎えた
世界の気分が諦めて潜んでいる
入口は閉ざされていて
破られるまではしっかりと施錠されている
鍵は高価で
そこそこの価値観じゃ破壊出来ない
閉じ込めるには
それくらいのものじゃないと
縦穴の様な口腔内で
丸くなる百足は悪くないと呟く
規則的な歯列の
エナメル質の滑らかさが
彼をしなやかな気分にさせたのだ
彼が外から持ち込んだものが
ひだに沿ってラインを引いている
彼はひと時そこで眠ることにした
喉の奥の突起は
いい具合に彼を受け止めていた
帰って来れなくなりそうな奥へと続く暗闇のことを
夢見心地の中で思い
いつかそこにも潜ってみたくなるだろうなんて
想像してみるとわくわくした
唯一の不満は土の匂いがしないことだが
全てを求めなくても
構わないことは判っていたのだ
昔夢を見ていた頭蓋の内側で
百足の夢が木霊している
その様はどこか
体躯が息を吹き返したかのようにも見える
その終焉は
このまま凍りつくかもしれない
隙間風に睫が震えた
それはまるで
気まぐれな瞬きの様だった
瞳が濡れることはなかったけれど
積もった塵が涙の様に辺りに散った
百足を噛み砕かぬよう
大切に大切に
じっとしているみたいに見えた
もう誰も
それからなにかを奪ったりはしない
窓からの光は少しずつ角度を変え
不出来な三角の影の中にそれらを包んだ
もう誰も
それから何かを奪ったりしない―指先はばらばらに天を目指していた
まるで
産まれたての赤子のそれの様に

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