お前の胸にしがみついた小さな悔恨のことについて考える覚悟はあるか?俺は悔いてばかりいるうち踏み出せない身体になってしまった。それでもときおり気が違ったように明日が見たくなって真夜中の街に駆け出したりするけれど、手に入るものは決まってうんざりするような倦怠感といつの間にそんなに過ぎたのか判らない時間だけだったよ。すべての解釈は温度差を持ちながら通り過ぎていくねぇ?集めた昔から使えそうなものと使えなさそうなものを選り分けているうち次の目覚ましが鳴ったら何をするつもりだったのかすっかり忘れてしまっていたよ。言葉が含んでるものなんか決して信じてはならない。言葉は君に決して良い結果をもたらしたりなんかしない。何とか自分が意図するところを目の前の誰かに伝えようとして先走る情熱が空回りばかりすることを恥ずかしいと感じたことは無いか?そこに理解があろうと無かろうと、判ってもらおうと努力してしまう自分を惨めだと感じたことはないか?そもそも言葉それ自体にそこまでの責任をかぶせること自体間違っているんだ。言葉がそれほど確かなものであるのなら俺たちが他人同士であること自体大して意味は無いことになってしまう。窓の外で蝉ががなり続けるのを耳にするうち、自分もあんな風に懸命に鳴くことが出来たらなどとたわけたことを考えてしまう自分がいる。確かにそれは一見美しいことの様さ、だけど俺たちの命は一週間で終わるような代物じゃない、一週間なんて時間は眠りの長過ぎる俺たちには明らかに短過ぎる。夢を見ている間に何かを知っているんだと思ったことはないか?夢を見ている間に何かがすり変わっているんだと考えたことはないか?俺たちは五感を信用し過ぎている。なまじ見えるから、なまじ嗅げるから、なまじ聞こえるから、そこに入ってくるものがすべてだと考えてしまう。だけど考えてごらん、本当に真実がそんなものだとすれば俺たちはこんなにお荷物を抱えて生きることはないじゃないか。分厚い筋肉で一週間鳴き続けてぽとりと終わればいい。それが出来ないのはなぜか。それだけの理由を俺たちは抱えているからだと考えるべきじゃないのか?一度記憶されたものが時間軸を飛び越えていると感じてしまうのはどうしてだ?昔の傷がほんの数分前のことのように猛り狂う紅い血をどくどくと流すのはどうしてだ?すべては知覚を押し広げるためのストックだ、積み上げられたもののすべてに唾をつけて理解することから始めなければならない、良識者とやら、お前さんがたは簡単なものに寄りかかりすぎだぜ!そいつはリアリズムなんて上等なものじゃない、お前さんたちのモラルはただの日和見さ!本当のリアリズムはロマンチシズムの中にしかないってことが何十億の遺伝子を抱えてもまだ判らないのかい?生命として追い求めるものはスローガンじゃない、俺たちは俺たちの新しい本能を提示するためにここに産まれてきたはずじゃないか!正しいと主張するならこの俺の確信を覆してみろ、その歪んだ瞳を、荒れた肌を、破れた歯茎を、こけた頬を。それでも真実だって主張するつもりならお前たちの生き様で俺に落雷を食らわせておくれ、そのすべてを知ることが出来たらお前たちの言うことを何でも聞いてやろうじゃないか。ともあれ、ロマンというのは簡単なことではないよ。俺にだって目がある、耳がある、鼻がある。無防備に空いた間抜けな穴からは絶えず情報が流れ込んでくる。識別するにはいつでも太陽のようなピュアネスが必要になってくる。だけどもちろん俺にはそれだけのキャパシティは無いのさ。ロマンチシズムなんてただの憧れだって感じる時だってある。辞められないことは強さではなくてただの弱さだと感じることもあるよ、だけどこれ以外に俺を納得させてくれそうなものは当面見当たらないんでね。蓄積を無駄にしたくはない、俺はもう少しここで遊んでいることにするよ。
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