君は長い長い弛緩のあと、おいそれとは手に入れられない感覚を用いて俺に謎かけをひとつした。俺はイエスともノーとも答えることが出来ずに愛想笑いを浮かべて窓際の鉢植えに気をやろうとしたが君はそれを許さずに俺の頭を観念的な万力で押さえつけ…「私が口にしていることをただの言葉だとは思わないで欲しい。」人ならざる何かに呪文を聞かせるようにゆっくりと、概念を噛み砕くように俺の目を覗き込んだんだ、俺はその間ずっと君の目の奥に転移した自分のある種の喪失を見つめていた、ああ、おぼろげには今までも感じていたが、俺は確かに君の中に自分がいつか失ったものを見つけようとしているのだ、君が俺の頭蓋骨を支える両手にさらに少し力を込めたときベッドのスプリングがわずかに空気を震わせて、多分君はそれすらも自分の言葉なのだと主張したがっていると俺は感じた 。けれどそんなものに返答出来る用意のあるやつなんて少なくともこの半径にはきっと存在しちゃ居ないよ、君が何を俺に伝えようとしているのか、俺はすでにきちんと感応だけはしているつもりだけど。本気の心情を投げかけようとするとき、言葉はきっと糞の役にも立ちはしない…俺たちは馬鹿でかい湖の浅瀬に身体を浮かばせて、泳いだつもりになっているのさ。君の景色を理解しよう、俺の出来る限りの脳髄の最適化を持って。俺は君の瞳の中で構成を変えてゆく自分のことを見つめる、それはある意味で君の何たるかを見つめることでもあるのだ。君の湖の浅瀬はずいぶんと大胆だ、リアス式の海岸のようにさまざまな形に侵食されていて、その形状の危うさが何故だか俺にはひどく心地がいい。君は何かを狩ろうとするみたいにギラギラとしている、情熱なんて詩に植えつけられっこない、君はいつかそう言っていたっけな…焼き付けている間にそれは色を変えてしまうって。だけどどうだい、俺はいくつかの情熱をきっと文脈の中に組み込んできたよ…君にそれを見抜くことが可能かどうかはまた別の話だけど。君の子宮はスナップショットのような一瞬しか認めることは出来ないんだな、そしてそれはきっと俺が認めるところの君の最大の美点でもあるんだよ、俺は観念を水晶体の中に組み込んでみる、そういうデフラグが瞬間的に、ずいぶん上手になった気がするんだ、君、君が俺の目を覗き込んでいるわけは、そこに君が転移していることを認めたいからなのか?あるいは君は、俺を侵略しようとしているのかもしれない、俺の湖の際も、君のような幾何学な形状に変化させようとしているのかもしれない、ああ、そいつはなんて素敵な話なんだ!まだほんの五分程度のようだが、そいつはすでに短針の活動の領域を超えていた、俺と君の領域、君と俺の湖の対岸。観念的な会話。それは直列する霊体のような感覚だ、俺と君とはある一定の不確かな法則の元に繋がれたエクトプラズムの対流の中に居る…ねえ、いつしか謎かけは優雅な旋律のような軟体に変化して俺たちの周辺をはぐれた旗のように漂う、それはイデオロギーも、モラルも、アジテーションも、なんにも含んではいないまっさらな記憶のような概念だ、俺はそういったものが語る無垢な感覚というものをこれといった理由もなく無条件に受け入れてしまう…真剣である君の強固なる魂はなんだか楽しそうだ、俺たちはすでに世界の外に居る、肉体は不自由な入れ物なんかじゃない、俺たちの意識をぎりぎりまで圧縮する自由度の高いフォルダなんだ。エクトプラズムが物質化するときに必要なものを知ってるかい。それは雲のようなものだ、湿度、そう、湿度だよベイビー、それが俺たちを形のないものに平然と変えてゆく、ゆっくりと立ち上る煙のような何か、今では俺たちはそのことを知っている、君の両手は痺れることはない、俺のまぶたが疲労することがないように。俺たちの寝室は聖域となる、キリストだってジダンダを踏むはずさ。人なんて言葉に何の意味もない。俺たちが生きていることに人なんて何の関わりも持たないのだから、俺の瞳と君の瞳の中で生まれる流動的で絶対的なパイプライン、それは天地の理さえ飲み込もうとするときがあるのだ。真実は官能だ、それは揺らぐことはない、珍妙な器の中で、俺たちはいつだってそのことを感じているじゃないか?神よ、俺たちは絶頂の元に生存しているのだ…戒律などがなんの役に立つだろう?それは犬につける首輪や口輪のようなものだ。あまがみの出来ないものたちがその地位に甘んじるのだ、俺たちは殺風景な寝室でそれを悟ることが出来る。コーラルを持つことなく我々はあなた方を信仰するのだ。俺の対流と君の対流が交わる、君、いつか俺たちは二人のいびつな中間色を手に入れるだろう、指先が脳に溶け込み、俺は、君の謎かけとやらに関心を示さなくなるだろう、それこそが君の望んでいる双方向の―双方向の、双方向の生存にきっとなりえるのだから。アラウンド、アンド、アラウンド。今夜二人で眠るときには、部屋中の電気系統を破壊してしまおう。そして、そんなもののことは忘れてしまうのだ。フィラメントなんてきっと互いの顔を眺める役には立ちはしないよ。
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