不定形な文字が空を這う路地裏

羊たちの烙印











死体のように冷たくなった身体を薄っぺらいコートでくるみながらほとんどの店がシャッターを下ろした真夜中の繁華街を歩いた、まだ秋が来たばかりなのにその夜は縮み上がるほどに寒く、そしてそれはもしかしたら気温のせいではなかった、脳裏にはいつのことなのか思い出せないほど昔の、取り立てて思い出すこともないような場面がスクリーンセーバーのように気まぐれに入れ替わりながら繰り返されていた、死を思うことは異常だという話をどこかで読んだ、もしかしたら誰かに聞いたことだったかもしれない、けれど今の状態ではそれが本当はどこから得たものなのかはっきりと思い出すのは難しかった、昨夜もろくに眠っていなかったし、今日は一日中うろついていた、理由がなくなったのかもしれない、ぼんやりとそんなことを感じていた、もちろん、そんなものを四六時中抱えて生きている人間など居ない、もしもそんな奴がいたとしたらあっという間に気がふれてしまうに違いない、人生、あるいは運命はそいつの行動指針に合わせて形を変えてくれたりはしない、もしも自分の周辺に自分が思うように状況が変化してくれるなんて考えている人間がいるのならそんな人間は相手にしないでおくのが一番だ、そいつは理解出来ていない、まだ自分が母親の乳首をくわえたままでいるようなものだということを…ところで死だ、死を思うことは異常だという話だ、俺にとっちゃそれは妙な話だ、生きているのなら死ぬことを思うのは当然のことではないのか?もちろん、思い方にもいろいろとあるだろうけどー俺はほとんどの時間を死を感じながら生きている、夕飯の献立を思うような調子で、さまざまな形での死のことを思っている、いろいろな人間がいなかったことになって逝ってしまった、いなかったという存在は上書きされることがない、もちろん、死ぬものにとってそれがどういうものなのかなどということはいまの俺にはまだ理解することが出来ない、魂が抜けたいれものはもうそいつ自身ではないような気がした、だからいつも黙って見つめていた、もちろん触れてもみた、でもそれは蝉の抜け殻を拾うのとほとんど同じ感触だった、死がすべてではない、そしてもちろん、生は死にとってすべてではありえない、だけどそれは、亡霊のようになにかを囁き続けている、繁華街が途切れるところの信号で立ち止まる、もうすでに点滅信号に変わっているけれど、車道を走る車にはそういうことはあまり関係がない、あいつらは移動のためにアクセルを踏み続けている、まるで豪華なマンションの部屋に戻りたがってでもいるかのように、だけどそうー玄関のそばにキッチン、その奥に二部屋の味気ない部屋だろうさ、スタンダードっていうのはつまりそういう意思なんだ、それは長いこと観察を続けていると自然に感じられるようになる、そいつの中にテンプレート以上のものが存在しているのか、どうか…俺は初めからそういうものを信用しなかった、頭の中にはいつも疑問符が蝶みたいにひらひらと飛び交っていた、昼となく夜となく、俺はそいつらを捕まえては問いかけ続けていた、それはひとつひとつの、些細な疑問のような顔をしていたけれど本当はそうでないこともおぼろげに理解していた、けれどもちろん、解答など存在しないのだということを理解するまでにはある程度時間を要したけれどーようやく車が途切れたので横断歩道を渡る、駅の方角からアルコールに憑依された暇人が叫んでいるのが聞こえる、あいつは日常において、そうして時間をやり過ごすしか術がないのだろう、その声はじきに聞こえなくなる、俺は横断歩道を渡り切り、またぼんやりとした車の流れが戻ってくる、俺は薄暗い住宅街へと入り込んでいく、それは俺の帰る家の方角ではない、でもその日はもう少し歩きたかったのだ、状況と願望がうまく嚙み合わない日がよくある、凍えていることを思えば帰るべきなのだ、そうして俺はどこで方向を変えるつもりなのだろう?そこは古い住宅地で、どんづまりになる、家に帰りたければ踵を返すしかない、でも俺にはまだそのつもりはないーあまり大きな声で言えた話ではないけれど、そこからの並びは少々タチの悪い要素を含んでいる…途端に薄暗くなる通りに足を踏み入れていると、自分がだんだん夜に飲み込まれていくような気がする、車道とも歩道ともつかない通りの端には、セメントで出来た蓋が側溝にかぶせられている、その中のほどんどが欠損していて、溝に潜むものたちのにおいが微かに立ち上っている気がする、おそらくははるか昔から、どうにかしようという気持ちがない流れ…俺はそのそばに立ち唾を吐く、示唆や暗示はあまりにも当り前過ぎて、人の心には届かないことが多いとしたものだ。

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