秘罪は内側から羽虫のように自我を食らい尽くすだろう、薄暗がりの路地の中で死後の自分の眼差しを見た週末、雨はかろうじて降らないでいるだけの午後だった、冬の名残でもなく、春の目覚めとも思えない温い気温、内奥の燻りが爆ぜた途端なにもかもが静寂に見えた、誰かがカバーした「雨を見たかい」がホットドッグのキッチンカーから漏れているのが聞こえた、あれはもしかしたらロッド・スチュアートが歌ったものかもしれない、こめかみに銃口の感触、思えばそんな冷たさがいつだって存在理由だった、冷たい鉄の欠片が体内に紛れ込んでいる、一粒残らず刻みつくして取り出したい、それが生きる為なのか死ぬ為なのかは分からない、焦らなくてもいつかは分かる時が来るだろうさ、望むかたちではないかもしれないけれどね、人生も、人間も、宿命も、信念も思うままにかたちを変える、いつだってその誤差を修正しながら地面を這いつくばるのさ、まるで長寿の羽虫だ、出来ることは限られているのに時間は腐るほどある、生きあぐねて飛びもせず、羽を震わせているだけの毎日なんて御免だ、個としての価値を持てないものたちはデモ隊みたいに連なって満足する、ノリだけで生きてきた空っぽ野郎が俺を評価出来る気で居るなんてお笑い草だね、俺は誰かを屠る時に他人の手を借りようなんて思わないぜ、真実は自分ひとりで、いつだって自分ひとりさ、余計な前提の無いところで、血眼になって掴み取るのさ、群れの中に隠れようとするやつらはいつだって牙を剥く振りだけを続けるのみさ、頬を打つ冷たい雫、とうとう、とうとう雨が降り始めた、一瞬のうちに街は冷たい透明の中で溺れていた、自覚の無い溺死体たち、傘の中で幸せを装っているみたいな笑みを浮かべ続けている、積極的な洗脳、そこに居るだけですべてを手に入れていると思わせる鉄壁のシステム、ボーイ、君の存在意義は税金を納めるという一点にしかない、群衆に背を向けるのは俺の癖みたいなものだ、でもその為にすべてを投げ打とうとは思わない、いつか野垂れ死ぬ覚悟だけしておけばいいのさ、大通りの途中でもう一度路地へと紛れ込む、もはや道というよりはビルとビルの間と言った方がいいような場所さ、沢山の室外機、こんなものが本当に必要なのだろうか、生活が快適になればなるほど流行病は癖が悪くなる、どれだけの人間がそのことに気付いているんだろう?本当に浄化された世界で過ごすべきだと言うのなら、もはやエアコンや空気清浄機の完備された部屋から一歩踏み出すことさえ出来ない、幾つもの羽の稼働音と生温い風、どこかの窓から聞こえてくる下らないポップソングを歌う素人たちの歌声、我知らず「雨を見たかい」を口ずさんでいる、上着は濡れてしまったけれど滴るほどじゃない、手で掃えば忘れてしまう程度の雨粒、それは降ったり止んだりしている、踏ん切りのつかない女みたいに、ここから見えているプロパンガスのボンベを銃で撃ち抜いて誰かのせいにしたい、でもたとえ銃を持っていたところで俺は愉快犯にはなれない、俺が撃ち抜きたいものはいつだってたったひとつなのさ、ひとつ外れた狭い道では表通りが隠しているものが臭い続ける、どいつもこいつも本性、本能を抜きにした綺麗ごとを並べるばかりさ、あいつらが見えないところで、室外機やダクトから何を吐き出しているかなんて考えるまでもない、秘罪は内側から羽虫のように自我を食らい尽くすだろう、外皮を美しく塗ることばかり気にしていたら臓腑が腐ることに気が付かない、原因が明かされない死のニュースが増えた、やがて路地は終わる、もう一度表通りに躍り出る時、自分が誰かを狙っているような顔をしていないかと心配になる、執拗にクラクションが鳴らされて小競合いが始まる、ルールの中で程よく悪漢で居ること、真っ当なラインに依存しているからこその振舞、とてつもなく滑稽、あいつらの拳はきっとスポンジケーキのように柔らかいだろう、突然、激しく雨が降り始めた、人々は傘を差して足早に歩き始める、揉めていた二人も舌打ちを交換して車に戻る、良かったな、下らない見栄に最高の幕引きをしてもらえて、冷やされた街の熱が気化して火葬場の炉の中を連想させる、誰が生きていて誰が死んでいる、線引きをするのは誰だ、ヒトの真実は誤魔化され過ぎて奇形化した、生命は捻じ曲げられて繁殖すら否定し始める、安易な絶頂の為の道具がドラッグストアで格安で売られている、空っぽの世界の逃げ口上が美徳として吹聴される限り俺は人込みに背を向けよう、いつだって自分の為だけに語り続ける、その為に俺はここで息をしているのだから、数年前にどこかで失くして以来一度も傘を差したことが無い、レインドッグは犬小屋に帰るだけさ、雨を見たよ、ロッド、俺はいつだって雨を見ているんだ、もう一度晴れた空が俺の目を貫くとき、いままでに書いたこともないような詩を綴るかもしれない。
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