あの桜を見るための電車、JR津田沼駅だった?
それともJR船橋駅だった?
乗車駅さえ忘れるほど昔。
西船から東西線に乗り換え、半蔵門線に乗り換えて
九段下駅で降車してその人ごみに驚愕したのを
覚えている。
案内してくださったあなたは覚えておいでですか?
地下駅から上りきるとそこに広がっていたのは
平安絵巻を見るかのような牛が淵の桜と紫花菜、
菜の花の黄色と蒼草のコントラストが目に映った。
その先に広がる桜は千鳥ヶ淵に淡い薄桃色に
妖艶さを水面すれすれに広げていた。
それにしてもこの人混みはまるで芋の子を洗う
ようで目線を桜にだけ上げなければ情趣が半減
してしまう。
もう人は見えずただ美しい花弁に酔いしれる。
ただ言葉もなく、会話も無く自我もなく、
花と同化し、やがて北の丸公園の桜に移って
いった。
その先の記憶は何も覚えていない。
その後、私は桜の季節になると花を求め、
リュックを背負って一人でカメラを持って
連日花追い人となっていた。
御苑の桜、浜離宮の桜、小石川後楽園の桜、
満開を逃すとまた次の日も追いかける。
一人で行くこともあれば、元会社の同僚を
誘うこともあり、社宅の奥さん方を連れ、
あるいはボランティアのお友達をお連れ
して花に酔いしれた。
その桜も、私を運んでくれた電車の記憶も
今はあまりに遠すぎて濃い霧がかかったように
霞んでしまった。
ああ、連日桜を追ったのは自営した清書代行業
を閉じていたからJR津田沼駅が出発点でした。
私は老いた。
昨年は桜を見る気力も失った。そう、昨年は
失神を繰り返していた。洞不全の徐脈と
呼吸困難でひたすら迎えを待っていたもの。
今日も徐脈と目まいは襲ってくる。
脈は極端に少ないときもあり、動けば70代を
超えることもある。
とりあえず今日も生きた。
今年、私は桜を見にいくだろうか?
満開は明後日だそうだ。
責めて大木となった学校の桜を見たい。
世の中にたえて桜のなかりせば
春の心はのどけからまし 在原業平
ですよね。でもここまで来ると一時のように
桜さえ求めなくなってしまったのが悲しいです。
川本さまは関西でした?
兵庫県西宮に6年半を過しました。
夙川の近くです。
毎年桜の季節には毎日幼子を連れてお友達と
お花見いたしました^^
こちらはまだ少ししか開花していません。
見ごろは明日以降と言われております。
どうぞ素敵なお花見を愉しんでください。