缶詰が好きです

以前のプロバイダーが閉鎖になるので、Gooブログに引っ越してきた、缶詰が好きな、ダメ料理人のブログです。

太平洋の向こう側

2022年07月24日 | 固ゆで料理人
「太平洋の向う側 9」  固ゆで料理人
    Chapter7 Clif House

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マディカン刑事が俺をピックアップして、タナカサンの黄色いロールスロイスが見つかった場所まで乗せて行ってくれることになった。この時間、この街の気温はスクーター向きじゃない。俺はありがたくマディカンの申し出を受けることにした。
受話器を置くとすぐに又電話が鳴った。今度はドン・コレステローレからだった。
「お、まだ大丈夫そうだな」
ドンが言うには、コレステローレファミリーを見張っていたコウ兄弟の下っ端をとっ捕まえて、おしゃべりをさせたんだが、そいつが言うにはどうも俺が狙われているらしいと伝えてきた。
「裁判も無くなったし、仕返しってのもあまり考えられないし、なんか別の思惑があるだろうから、一寸した手を使って喋らしたら、連中はオマエさんを狙っていると吐いたぜ。理由はわからねぇが、これでお前さんが神様に会いにいくような事があったら俺も寝つきが悪いんで、又、ハーヴェイを呼んだ。今度はヤツはオマエの御守だぜ。費用はコッチ持ちだから心配するな。ハーヴェイの奴はもうじきカンタベリーホテルに着くころだ。」
俺は尋ねた。
「ドン・・・喋らせたって、どうやったんだ? 本当のことを言っていると言えるか?」
ドンが笑いながら答えた。
「フランクとグイドが二人掛かりで吐かせたんだぜ・・それでも信用できねぇか?」
フランクとグイド・・この二人は、人に喋りたくないことを喋らせるのが得意な連中で、フランクは「フランク・ザ・ハンク」グイドは「グイド・ザ・グリード」と呼ばれている。フランクはハンク・ウィリアムスのモノマネが中途半端に上手い。中途半端に上手いと言うのは、声も発音もハンク・ウィリアムス本人にものすごく似ているが、各小節で音程が微かに狂う。この街の住人ほどベタベタなカントリーウェスタンソングを嫌がる連中は居ない、この街ではカントリーソングをずっと聞かされること、それも微かに音程が狂う気持ちの悪いカントリーを聴かされることはものすごく残忍な拷問となる。
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かたやグイドの得意技は貪欲になんでも食べ続けることだ。それも凡そ味を無視した組み合わせの食品を恐ろしく下品な音を発しながらいつまでも食べる。その食べるところを喋ってもらいたい奴に見せる。ドン・コレステローレも部下たちもグイドが食事している姿は絶対に観ない。
一度、ドンのファミリーに入ったばかりの奴がグイドの食事姿を見て逃げ出したことがあった。彼が言うにはジャバ・ザ・ハットだってグイドを観たら逃げ出すに決まっていると言ったそうだ。それ以来、フランク&グイドの拷問を覗くことは絶対に禁じられている。
一度、FBや警察のIの隠しカメラを見付けたりしたときに、フランクに歌を歌わせ、グイドにカメラの前で食事をさせたことがあった。その後警察やFBIの監視はピタリとおさまったそうだ。
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そして拷問部屋の外で警備している連中は絶対に耳栓をすることになっている。
聞こえてくるのは、少しだけ音を外したハンク・ウィリアムスの唄と、食べ物を食べるときに発せられるあらゆる音・・・そしてたまに食べ物自体が発する鳴き声・・・・・俺の背筋はブルッと震えた・・あの二人にやられたんなら絶対に間違いない。
「ならホントだな」
ドンは「そらそうだろうよ」と言うと、クッククックとブルーバードを見付けた子供みたいに幸せそうに笑いながら電話を切った。

電話を切ったところで静かな街にクラクションが響いた。窓の外を見るとシヴォレーインパラが停まっていた。マディカンの車だ。
足首のケースにワルサーを差して階下に降りていくと、マディカンが車の中から「早く乗れ!」と言った。愛想の無いことこの上ない男だ。

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車を出してクリフハウスに向かう。クリフハウスとはこの街の観光名所の一つで、断崖絶壁に建つレストランだ。マディカンに言わせれば、100種類のオムレツ料理で有名だった時代はヨカッタが、近頃は野菜と魚ばかり出すような軟弱なレストランに落ちぶれてしまったそうだ。この国では芋と卵と肉を出す店をレストランと言うと決まっているそうで、ビストロなんぞという名前は反アメリカ的で胸糞悪いと言う。俺はなにも答えないでおいた。俺は魚の缶詰を食ったなんぞと言ったら車から降ろされそうだからな・・・。
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しばらく走っているとマディカンが唸った・・・
「だれか尾けてきやがる・・・・オマエを尾けてるのか?お前の事務所からずっと一緒だぜ」
俺はバックミラーを直しながら後ろを見た・・・・手を振っている・・・ハーヴェイだった。
「心配いらない、あれはおれの用心棒だ。」
「フム・・お前のミフネか?腕は立つんだろうな?なんたってケツ撃たれちゃかなわないからな・・」

クリフハウスの駐車場には回転灯を点けた」警察車が停まっていて、その横にタナカさんのロールスロイスが停まっていた。
近づくと制服警官が警察車の横に立っている。
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俺たちの車が近づくと、警官は制帽を少し後ろにずらし、眩しそうに手で庇を作りこっちを見た。マディカンが俺だと告げると警官は破顔一笑、手を降りながらマディカン警部補ですか?と訊いた。この刑事、仲間には好かれているみたいだ。
マディカンは車を降りながら車には誰もいないのかと訊いた。
「誰もいませんね。この素敵な車はコレステローレファミリーの車みたいですね・・・登録はマイケル・コレステローレにんまています」
マディカンは「ん?」と言う顔でコッチを見た。
俺はタナカサンがドン・コレステローレからこの車を貰ったいきさつを話した。
マディカンンはつまらなそうに「フ~ン」と言うと、車の周りをしらべ始めた。
しばらくその辺を見ているうちに、制服警官が
「あ、これ、なんすかね?缶詰?」
その言葉に俺とマディカンは思わず顔を見合わせた。
警官が見つけたところに行き、そのあたりを見回すと、もう一つ同じ缶が落ちている。
更にその向こうに行くと又缶が落ちている。
「こいつは目印だな・・この缶を追っていけば何かある・・・罠かもしれんが・・」
「罠だとしても行かなければ・・なにしろタナカサンとドロテと船長がつかまっているんだから・・」
「それだな、ヤツラはお前をおびき寄せるために誘拐をしたんだ」
「それだけ?」
「いやそれだけじゃないと思うが・・・今はまだ判らないだろうよ」
制服警官に応援を要請するように言うと、俺たちは落ちている缶を一個一個追い始めた。
缶はクリフハウスの横を通り、オーシャンビーチまで続いている。

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砂浜に落ちている缶に沿って進むと、ボートがさかさまに置いてある。
その中から声が・・・・ボートをひっくり返すと縛られたドロテと船長が居た。

そして船長の額には手紙がガムテープで貼ってある。ドロテも船長も英語が上手くないので連絡に間違いのない様に手紙を貼ったそうだ。

オマエがドン・コレステローレから貰ったサンマカンヅメ1ケースとMr、タナカを交換したい。
時間と場所はあとで伝える。ヨロシクネ。コウより

人の英語力を信じない割には変な英語だ。
船長とドロテは事情を聴くために市警本部へ行くことになり、俺はコウ・ケツアツからの連絡を待つため、いったん事務所へハーヴェイのダットサンで帰ることにした。

事務所でなにか朝飯を作ることにしよう・・・。 

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フェジョン…ブラジルの豆料理だ。黒いんげん豆と肉や内臓などを煮込む料理で、ブラジルの国民食だ。昔からこれを食べるととても元気が出ると云われていて、今でも水曜日と土曜日はフェジョンの日と決まっているらしい。

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ハーヴェイと二人分なので、冷蔵庫に残っているソーセージとか肉とかを鍋に入れて炒める。

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開缶するとこんな感じ。豆の煮汁と脂が混ざって固まっている。匂いはにんにくがキツク、ランチョンミートに似ている。

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適当なところで缶の中身と混ぜて温まれば出来上がり。

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これ、ライスにかけて食べる料理。
ウマイのかまずいのか・・外国人には難しいが、有名な歌手のリサ・オノが美味しいと言っていたから美味しいんだろう。
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本当はオレンジが付きものだそうだが、今日は無いので日本製のビールでいいか。

食べると結構クセになる味だな。決して悪くない。ビールにも合う。

そうこうしているうちに電話が鳴った。

「太平洋の向う側 10」  固ゆで料理人
Chapter8 Alcatoraz  

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俺の商売で、朝の8時に電話をしてくる奴と言えば未払いローンの請求か、じゃなければ俺の仕事を快く思っていない奴からの脅しの電話と決まっている。どちらの電話も慌てて出る必要はない。俺はブラジルの豆料理を食いながら受話器を上げた。
相手は中国語訛りの知らない奴だった

「グッモ~ニン!まだ起きてるね?」
「豆を喰ってるところだ、」
「豆は体に良いね!ドンドン食べ給え。ところでカンツメと日本人を交換したいたろ?」
どこかで聞いたことのある声だ。この訛りからすればコウ兄弟の片割れのケツアツのはずだが、俺はコウ・ケツアツと話をしたか思い出せない。

「交換はする気はない。Mr,タナカをただ解放しろ。そうすれば許してやる」
「アッハッハハ、オマエ、ランボーみたいね、でもそういかないヨ。オマエ、警察におしゃべりしただろ?折角カンツメ並べて道順を見せたりしてオ・モ・テ・ナ・シの準備したのに、ムダになったよ。電話でロールスロイスの場所を教えようとしても留守番電話だったしな~・・警察と一緒じゃお膳立て、ゼンブ無駄だったね・・でもま、イイヨ、警察の中にも友達いるからなんてもすぐ判るね」
「警察は誘拐で捜査を始めるぜ。誘拐は重罪だし、サンフランシスコ市警は実に優秀な刑事が揃っている。オマエの身のためだ、早くタナカさんを返せ」
「ダメヨォ、ダメダメ・・・ いいか、バカ探偵、良く聞くね!船長に3つの文字を教えた。オマエにも続き教える。警察抜きで二人できなさい。船長が知っているのはアルファベット3文字、オマエに教えるのは[ATRAZ]アトラス・・・ここが交換の場所ヨ」
「俺が船長に会えばパズルが完成して場所が判るんだな?」
「そうそう、その通り!たのしいたろ?船長はタナカの親友だし、喋ったら船に復讐に行くと言ってあるから、絶対警察には喋らないネ。シャベルのオマエだけ。たのっし~な」
「No!全然楽しくない」
「兎に角、もうじき二人とも警察をでてオマエのところに来るヨ。カンツメ忘れずに持って来てね。あ、ドン・コレステローレも、あのボディガードのガンマンも、あのカンツメ持っていないことは調べ済み。オマエがカンツメ持てるのは知ってるヨ。じゃあとはヨロシクね!ピストルは要らないからまるだしで来るの、判ってるネ?」
「まるだし?・・・丸腰のことか?」
「そうそう、それそれ・・それで来い、じゃあね!」

会話が終わったらしいので受話器を置こうとしたとき、まだ切らずにいた受話器から大笑いする声が聞こえた。
「どうだマックス、吾輩の中国人のモノマネは?これであいつらは中国人どもが犯人だと思い込んでおるぞ!ワッハッハッ!どうだマックス!吾輩の天才でぶりは!・・・・アッ!・・・電話切れてないではないか・・」
そしてカチッと言う音がして、ツーという音が聴こえてきた。
「フム・・・・相手はコウ兄弟じゃなさそうだな・・・」

受話器を置くと同時にもう一本電話。豆を食う暇もない。

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相手はマディカンだ。
「よォ、まだ起きてるな?」
「豆を食ってた」
「豆は体にいいからドンドン食いな!ところでこれからそっちに行くぞ」
「・・・何しに?」
「マドモアゼルと船長を連れて行く。だからまだ起きていろよ」
「なんでここに?」
「マドモアゼルのほうはおまえと一緒にいたいそうで、船長の方はMr、タナカと缶詰を交換するのに付きあうそうだ。なんと言っても友達だからだそうだ。」
「そんな危険なことやらせて良いのか?」
「知るか、やりたいというからやらせるだけだ」
俺は迷わずにマディカンに告げた。
「実は、アンタたちが来ることは知っていた」
「なんで知ってる?」
「連中から電話があった。なんでも警察の中にもお友達がいるらしいぜ」
「・・・・・で?」
「あんたには内緒にしておかないとタナカサンは長生きするのが難しくなるそうだ」
「じゃ、なぜ俺に言う?」
「言わなきゃタナカさんは確実に長生きできなくなるから」
「フン・・・それは正しい・・・それで、連中はなんと言ってた?」
「船長が連中から聞いたキイワードと俺が聞いたキイワードを合わせるとタナカサンに会える場所が判るそうだ」
「お前のほうのキイワードは?」
「アトラズ・・ATRAZ・・・だそうだ」
「クク・・この問題を作った奴は馬鹿か?アルカトラズだ。船長が知っているキイワードはALCだよ。賭けても良い。なんてくだらないほどカンタンなんだ?」
「Alcatraz・・・」

今は観光地になった昔の刑務所島、通称ザ・ロック・・・・アルカトラズ島。

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そういえばそうだ。ATRAZと訊いてアルカトラズを連想しない奴はこの街の住民ではない・。

「ところで、オマエ、以前、コバヤシ丸の船長に会った事はあるのか?」
「いや、初めて会った。タナカサンの友人だと言うことしかしらない。」
「じゃ、あの船長が本人かどうか・・・オマエさんには判らないんだな?」
「ああ・・・いったいどういうことだ?」
「実は、車の中で、左折するときに「取りイ舵」と俺が言ったら、野郎、ポカンとしてた」
・・・俺もポカンとした。
「多分、オマエさんもポカンとしてるだろう?」
敏腕刑事は電話の向うもお見通しだ。

「取り舵はというのは、日本語で左に曲がるときの日本の船員用語だ。俺は海兵隊にいたときは日本駐留していて、日本の護衛艦にも招待されることがあった。そのときにいくつかの日本語を教えて貰った。取り舵を日本人の船長が知らない訳はない。それを知らないということは、俺たちが保護した船長はニセモノだからだ」
そういえば、コバヤシ丸の船員達は連れて行かれるところは見たが、ドロテと一緒に警察に保護された奴はみていない。俺もマディカンもそれから日本語が判らないドロテも、てっきり、この男が船長だと思い込まされたとしても無理はない。
マディカンの推理通りだろう。この推理に俺も納得した。すると本物の船長はタナカサンと一緒に連れて行かれた・・ってことか?
マディカンは続けた。
「あいつは今のところ誰とも連絡を取れないように見張っているから、オマエもあいつの前では船長だと信じている演技してろ」
「あいつを使って偽の情報を流すのか?」
「できるかどうか判らんが、そうしたい・・と言うところだ」

一時間ほどしてマディカンだけが来た。偽の船長とドロテは、精密検査の名目で医務室に留め置かれている。

俺とエルウッドとマディガンの3人しかいない事務所にはカリフォルニアの陽光が差し込む。
朝陽はフレンス窓の窓枠の影を壁に映す。
俺たちに似合わない朝陽の中、マディカンはタナカサン救出の計画を簡単に説明してくれた。

俺は連中の言うとおり、缶詰を持って、観光船でアルカトラズに上陸する。
奴らはすでに上陸して待ち構えて見張っているだろうから、観光客や船員に化けた警察官を上陸させるわけにはいかない。
上陸させるのはスワット部隊で、島の沖合800メートルくらいから泳いで島に潜入する。
上陸すると見つかる恐れがあるので、昔島から脱獄した英国の諜報部員に島からの脱走ルートを案内してもらい、ルートを逆に侵入して島の中央部に進出する。
そして制圧、人質解放、悪い奴らを一網打尽・・と言う計画だそうだ。
しかし、市警にそんな泳ぎのできる特殊チームなんかあるのかと訊くと、サンフランシスコは港湾都市だということを忘れては困る。海上事件用のチームもしっかりあるんだという答え。
エルウッドの出番は・・・・無い。残念だ。俺はこの南部人を信頼し始めていたのだが・・・。

「そしてこいつが案内人だ」
と、言いながらマディカンが写真を俺たちに見せた。写真を見たエルウッドと俺は顔を見合わせた。身長を計る目盛りのついた壁を背にして、番号札を胸に掲げた男の前向き写真と横向き写真が写っていた。
「なんで、こいつは逮捕写真で白いタキシードを着ているんだ?」
写真に写っていた男は白のタキシードを着て、襟のところに赤い薔薇を挿していた。

「この男は、元は英国情報部員と名乗る窃盗犯で、今じゃカリフォルニア州のお客さんだ。ピア39で警官をブッ飛ばして捕まった。で、捕まえてみればFBIだかNSCだかNFLだかのお尋ね者だが、折角捕まえたのから政府に引き渡さないで、サンフランシスコ市警が拘留していたという訳だ・・・理由は知らんが・・。で、そいつがアルカトラズの秘密ルートを知っていると言うから手伝ってもらうことにしたのさ。オマエは島で会うことになるかもしれないから顔を覚えておけ」
「いや、必要ない・・・知り合いだ」
俺は、以前、この男に仕事を頼まれ、海の上でボートに乗ってこの男を待っていた。
そして、海中から現れたこの男をピックアップして波止場に運んだことがある。
大体の事は判った。

一時間後、すべてが動き出したかのように、カンザスから自分で自分宛てに送った缶詰が届いた。
豆を食べ終わった。
エルウッドは事務所から出て待機した。
何もないような顔をしてマディカン刑事が戻って来て、ドロテと自称「船長」を置いて帰って行った。
船長はニコニコ顔で俺に警察にも話していない秘密「ALC」を俺に打ち明け、タナカサンを助けに行こうと誘った。
俺は熱心に頷きながら必ず助けようと言った。

場所はアルカトラズ。時間は16:00時と船長がおしえてくれた。
船長は電話を貸してくれと言って、誰かに自分は無時だと英語で伝えた。勿論、これは連中に計画通りの暗号で合図したに違いない。
敵方も動き出した。
応援のスワットチームも今頃装備をチェックしている頃だ。

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俺も波止場からアルカトラズクルーズの観光船に乗らなければならない。
相棒のワルサーを置いていくのは心細いが、仕方がない。留守番をしていてもらおう
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さあ、作戦開始だ。




太平洋の向こう側

2022年07月24日 | 固ゆで料理人
太平洋の向う側 7」  固ゆで料理人

Chapter5 缶タッチャブル

Mr・アームストロングと取り換えた54年製のダッジのトラックの荷台からガタゴトと揺られながら見る田舎町の風景は、この国の本質を眺めているような気がする。どんな国でもその国の本質は田舎にあるのだろう。ニューヨークやパリやモスクワやトーキョーやバンコク・・・そこにはその国の本質は無い。
俺も自分の国の本質に触れることなく生きてきたような気がする。都会に住むとはそういうことなのかもしれない。俺は今度の仕事でそんなことを考えるようになってきた。
旅は人に考えさせるものなのかもしれない。

ようやっと俺たちはウィチタの裁判所に着いた。期日に間に合った。裁判は午後からだ。
裁判所はなんだか臭かった。いや、裁判所の周りも臭かった。廷吏に「この裁判所はいつも臭いのか?」と訊くと、定理は笑って指差した。指差した先を見るとトラックが何台も停めてあり、荷台には大量の牛糞や豚糞で作られつつある堆肥が積んである。
なんでも農業補助政策の変更に対する農民のデモだそうだ。警護の保安官達も遠巻きに観ている。
この国では市庁舎や郡庁舎の中に保安官事務所や裁判所があることが多く、ここもその例に漏れない。だから市庁舎への抗議のトバッチリを裁判所が蒙っている訳だ。
観ていると、麦藁帽を冠った農民たちが運転する堆肥を満載したトラックがジワジワと市庁舎ににじり寄ってくる。
何トンもの糞がジリジリと迫ってくるのだから下手なホラー映画よりも恐ろしいかもしれない。

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俺たちは口で息をしながら証拠品の缶詰を裁判所に運び、廷吏を呼んで証拠品の缶詰のケースを預かってもらった。廷吏たちは匂い対策で鼻の下のメンソレータムを塗っていた。
見渡すと、裁判所の中も、その周りも、あらゆる人間がメンソレータムを鼻の下に塗りつけている。鼻の下がテラテラしている生物の惑星みたいだ。

とにかくこれでコウ兄弟が軍隊でも連れてこない限り証拠品を奪うことはできない、先ずは一安心だ。

もう一つの心配は俺自身だ。連中はせめて証人としての俺をなんとかしたいと思っている筈だ。
なんとかしたいという点では、ヤツラにとってジョニー・ザ・ハンサムよりも証人の俺の方が優先順位が高いと言えるだろう。おまけにコウ兄弟の片方に手下の前で恥をかかせたのだから尚更だろう。

裁判まで時間があるので近くのコーヒーショップで時間をつぶすことにした。
コーヒーを注文しながら窓の外をフッと見ると、古いルノーが見えた。

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さて、この車がここにあるという事は、やつらなんとかここまでたどり着いたということか?それとも他の車か・・・?確かめるべきだろう。

俺がエルウッドに顎を杓ってルノーを指すと、エルウッドは誰かと話すように独りごちた・・そしてその顔は困惑に変わり、足首のホルスターのホックをはずしてすぐに銃を抜ける用意をした。そして俺に向かって頷いた。
そういうことなら俺が観に行かねばならない。
腕の立つエルウッドを護衛に残して席を立ち、全員に気をつけるように目で合図して席を立った。何にでも反対の秘書のフェリックスも珍しく反対をしなかった。

車に近寄りながらズボンのバンドに挟んだワルサーの発砲の準備をしようとしたが・・・しまった、裁判所に入るためにGUNは車に置いたままだ・・・今の俺は丸腰だ・・・丸腰と言うのは心細い。
良く言うところの「まるでズボンを履き忘れたみたいな心細さ」だ・・・
俺は今までの人生でズボンを履き忘れたことがあったかどうか思い出してみた。そんなことは一回もなかった。この国の言い回しの表現には非現実的なモノが多いとつくづく思わされる。
俺は今度の仕事でそんなことも考えるようになってきた。

ルノーに近づいて確かめて見る。エルウッドの撃った弾痕があるし、俺たちの車がぶつかった痕もある。間違いない・・・ヤツらも来ている。
多分、もう裁判所に入っているのだろう。
俺はコーヒーショップに戻り、皆に話した。
たとえ奴らが待ち伏せしていようと、出廷しなければならないであろうと結論が出た・・・フェリックス以外は・・・。

エルウッドとジョニーは時間ギリギリに裁判所に入ることにして、俺だけ一足先に裁判所で様子見をすることになった。丸腰だがしかたがない。せいぜい大声を出して助けを呼ぼう。

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裁判所は市庁舎の3階にある。俺は階段の上からで見張ることにした。
見張っていると農夫の女房らしき出で立ちの女性が年代物の乳母車を引っ張りながら階段を上ってくる。

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相当重い赤ん坊らしく、ハァハァ言いながら登ってくる。エレベーターは壊れているのだろうか・・・?手を貸すべきだろうか・・・・?
やはり手を貸すべきだろう。俺は女のそばに行き、一緒に乳母車の手すりを掴み、赤ん坊を引き上げるのを手伝った。
「ありがとうございます」
「いえ・・・」
「重いでしょう?」
「ええ・・・」
俺はどうも初対面の女と口をきくのが苦手だ。なんとか失礼の無いように無理やり話題を降ってみた。
「男の子?それとも・・・」
「ええ、ええ・・オスやらメスやら・・いろいろと・・・」
なんだか変な答えだった。そのとき階下から年老いた廷吏が二人がかりで俺たちの証拠の缶詰のケースを運んできた。
そこに二人の保安官が通りかかり、年老いた廷吏に話しかけて、代わりに缶詰のケースを運び出した。南部の保安官は親切だなと思いながら見ていると、俺は妙なことに気付いた。付帯の保安官はアジア系の男だが、妙なのはそこではない。二人の保安官の鼻の下は乾いているのだ。
今、この建物の中にいる人間は全員と言っていいほど鼻の下のメンソレータムを塗っている。
しかし、この二人のアジア系保安官は鼻の下にメンソレータムを塗っていないのだ。
しまった、あいつら保安官に化けて潜入したのだ!
俺は大声で缶詰を置くように叫んだ。その瞬間、横から手を怪我したコウ・ニョウサンが現れた。
「構わないからヤッチマイナ!」

その命令で保安官に化けたコウ兄弟の手下は腰の銃を抜きこちに向かって撃ちだした。そう、保安官に化ければ銃を持ち込むことも容易だったのだ。
こちらは丸腰で隠れる場所がないどころか、赤ん坊と母親を庇わなければならない・・・不公平だな。
足もとや後ろに9mm弾がはじける。俺はなんとか急いで乳母車を引き上げようと焦るがなかなか上がるもんじゃない。
コウは大笑いしながらこちらを見ている。そのとき、俺の手を9mmがかすめた。思わず乳母車の取ってから手を放してしまうと、乳母車はガタンガタンと一段一段階段を下がりだす。
俺はその乳母車を追いかけるがもう少しで手が届かない。
そして起こってはいけないことが起こった。弾が一発乳母車に当たった。
俺はその場に凍りついた・・・俺のせいだ・・・・・
母親はそれを見て
「おや、まァ・・」
とだけ呟いた。
乳母車は今ではスピードを上げて階段を下っていく。ガタンガタンガタンガタン・・・
奴らの手下はいまや六人に増えている。コウの拳銃も入れれば7丁の拳銃が俺を狙っている。

もう、俺は観念した。こんなことなら・・・赤ん坊を巻き添えにしたのだから・・撃たれた方がマシだ。

そのとき奴らの横からエルウッドが右手に銃を持ち、左手になにやら光る金属板を掲げてジョニーと一緒に飛び込んできた。
「警察だ!警察だ!伏せろふせろ!」
今度はエルウッドが警察に化けて突っ込んで来たのだ。
エルウッドは俺を狙っている拳銃を撃ち飛ばしながら突撃してきたが、エルウッドの銃は5連発。5人倒しても2人残る。

やはり観念しようと思ったとき、そばにいた母親がポケットから携帯電話を取り出し、エイッとばかりにボタンを押すと・・・
乳母車がボン!と音を立てて爆発した。そして乳母車の前方に堆肥を撒き散らした。
乳母車には赤ん坊ではなく抗議用の堆肥が少量の指向性爆薬と一緒に積んであったのだ。母親はこれを市役所内で抗議の為に爆発させて堆肥を撒き散らす計画だったのだ。

ヤツラは、オスやらメスやらの糞まみれになった。
そこへ本物の保安官が飛び込んできて、ヤツらに銃を向けながら逮捕した・・決して手錠を掛けようとはしなかったが・・。
エルウッド自分は警官で、ずっとこいつらを追っていたのだと保安官にウソをついたが、エルウッドの南部訛りのおかげで保安官は簡単に信じてくれた。

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結局、裁判所がトイレより臭くなったのと、原告が全員逮捕されたので、もう勝ちも負けもなく、この裁判自体が無くなった。

コウ・ニョウサンとその手下たちは、裁判まで仮釈放は認められず、市庁舎の掃除を命じられた・・南部や中西部では判事のチカラは神をも上回る。
オレンジ色の囚人服を着てこびり付いた堆肥を掃除するコウ・ニョウサンを思い浮かべると思わず笑みがこぼれた。

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仕事は終わったので俺たちは別れることになった。
エルウッドは南部の自宅へ、ジョニーは同じ方向だがドン・コレステローレが飛行機を用意していた。俺も一緒に乗るか?と訊かれたが、折角だがバスに乗ってみたいと断った。
「変わった野郎だぜ」
ドンはこう言うともう証拠として必要が無くなった缶詰めを俺にボーナスとしてくれた。
重いので断ろうと思ったが、折角なのでフェデックスで送ることにした。

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そして俺は今、自分のオフィスでワルサーに弾を込めながらこの一週間を振り返っている。
振り返ってきて思うのだが、コウ兄弟の狙いは他に合ったのか?
そういえばタナカサンとドロテの帰りが遅いな。俺は少しだけ嫌な予感がしてきた。

「太平洋の向う側 8」  固ゆで料理人
Chapter6 Madican

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夜がお決まりの音を纏ってこの街にやってきた。パトカーのサイレン、盗品を観光客に売りつける物売りの声、世界の終末が間近に迫ってる警告の声、女が男を罵る声、たまに神の声や銃声がそれに混じる。
向かいの安ホテルの看板が点く。古い警告灯がジージーと音を立てている。今夜も空き部屋はあるらしい。

タナカサンとドロテが帰ってこない。少し心配になった俺は、外は暗くなってきたが、兎に角タナカサンとドロテを探すことにした。
コバヤシ丸という日本の缶詰加工船の船長に会いに行くと言っていたので、波止場へ行くことにした。
ちょっと急ぎなので自分のイタリア車で行くことする。

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この国の標準では小さい街の部類に入るこの街では、4輪車よりもスクーターが便利だ。
駐車場は要らないし、どこでも止められる。
それに俺は調理人ではあるが、私立探偵でもある。
ロンドンでもトーキョーでもエドでも、私立探偵や万事屋はこのヴェスパスクーターに乗ることになっている。勿論この街でも探偵はヴェスパに乗ることになっている。
尾行にも便利で、浮気の調査には持って来いだ。これを使うと、尾行の対象が「Follow Me」と言ってくれているように思えるほど簡単になる。
ただし、フリーウェイは走れないが・・・

因みにローマでは王女でもヴェスパに乗るらしい・・。

霧の多いこの街では、スクーターに乗るときはレインコートが必需品だ。俺はヴェスパとおそろいの水色のレインコートと、同じ水色のハンティング帽を冠り、足首に黒いワルサーを括り付け、ポケットにおやつのマカロンをしのばせ、ヴェスパとお揃い色のショルダーバックにいつでも食事が摂れるように缶詰をたくさん詰め込んで、スクーターの足もとに括り付けた。

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これだけあれば、張り込みをしながらも素晴らしいお食事が摂れるという訳だ。
装備を用意し、身なりを整えた俺はヴェスパを波止場へと走らせた。

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コバヤシ丸が停泊しているのはどこの埠頭か判らないので、フィッシャーマンズワーフに行き、そこからノースビーチへと探しながらヴェスパを走らせる。
フィッシャーマンズワーフを追い越し、海に向かっていけば、黄昏がゴーグルを金色に染めて広がるが、右に競馬場は無いし左にビール工場も無い。ピア39は昔ながらの海岸遊園地だ。
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子供が大好きなベタベタと甘い食品が山のように売られている。この国の食生活の貧しさはこのような施設から始まっているのかもしれない。ここは甘い以外に味は存在しない世界なのだ。

海を見るとアシカが沢山生息居ている。ピア39の沢山のアシカが寝転んでいる姿を見ると、今度生まれるときは、アシカかナマケモノになりたいと願うようになる。

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やがてコイトタワーが見えてきて、遠く沖合にはベイブリッジが見えてくる。そして古い倉庫が見えだしたらそこが埠頭だ。

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しばらく走ると港湾事務所があったので、そこでコバヤシ丸がどれか訊くことにした。

事務所は古い木製で、絶えず潮風に当たっているせいかペンキもはげかかり、湿った木の匂いがする。
おれはスプリング式のドアを押して中に入った。
一瞬誰もいないのかと思ったが、受付カウンターの向こうからうめき声が聞こえた。
俺はカウンター越しに覗き込んだ。
そこには初老の男が頭から血を流して倒れていた。
俺は駆け寄って声をかけたが返事はなく、ただ呻くだけだ。
兎に角警察に電話をかける。
電話をきってから男に声をかけ続ける。このかけ続けるというのが案外大事らしいが、何故かまでは習わなかった。今度消防署で教わって来よう。

やがて救急車が到着し、救急隊員たちがテキパキと応急処置を始める。
2分くらい後に警察車が到着した。降りてきたのは初老の刑事一人だけだ。
この刑事、まるで1950年代からタイムスリップしてきたのか、黒のスーツに細身の黒のナクタイ、そして黒のソフト帽を冠っている。そして顔も昔風の怖い顔だ。
警察バッジを持っていなかったら、凶悪犯罪者と思われても仕方ないような冷酷な顔立ちで、特にブルーの眼が氷のような冷酷さを放っている。車椅子の老婆を、瞬きひとつせずに階段の上から突き落とすことが出来そうな冷酷さを滲み出している。

「オイ、オマエ!」
俺は自分のことを指差し、オマエとは俺の箏か?と言う顔で刑事を見た。
「そうだ、オマエだ。オマエが見つけて俺たちを呼んだ、それで間違いないな?」
俺は頷いた。
「ウン?待てよ・・・お前の顔、見たことあるな・・・お前、よくホットドッグ屋台に来てるな?」
俺は教授と呼ばれている情報屋のホットドッグ売りだとすぐに判った。
「俺は隠してもしょうがないので、名乗って、そして事のいきさつを話した。」

すると刑事は関係あるかどうかは判らないが、先ずそのコバヤシ丸を探そうと言い、すぐに制服警官に何事かを命じた。
数分後、コバヤシ丸の停泊場所がわかり、俺は刑事の車に乗ってコバヤシ丸に行った。

コバヤシ丸はブルーの船体に白いラインの入った加工船で、船と言うより、海底油田のプラットホームと言う方が的確な双胴船だ。船体中央部と後部に巻き網の巻き上げ機やクレーン等が配置されている200メートルほどの大きな船で、釣り上げた魚を一気にさばいて缶に詰めて缶詰めにしてしまうという工場のような巨大加工船だ。
船籍はJapan。所属はObamaとなっている。なにやら我が国の大統領のような地名だ Yes We 缶!

刑事が船を見て小さく口笛を吹いた・・・
「たまげたな、航空母艦なみの大きさじゃないか・・これどこから入るんだ?・・判るか?」
俺は首を振った。船に沿って歩いてみると、船首部分に小さな開口部があり、渡り板がかけてある。
覗いて見ると、またも男が倒れているのを見つけた。
刑事は腰のケースから銃身の短いリボルバーを抜いた。

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古いコルトの38口径だ。今時こんなGUNを使っているとは、どこまでオールドファッションな男なんだ?
刑事が応援を呼ぶ電話をかけてから俺に訊いた。
「オイおまえ、なんか武器はあんのか?」
俺は足首から小型のワルサーを抜いた。
刑事が笑った
「古いGUNだな、オマエ、オールドファッションな奴だな」
失礼なことに、自分のGUNをさて置き、俺のGUNを古いと笑った。ところでこの刑事、笑い方も怖い。

そして俺たちは船の中へ入って行った・・・でもなんで俺がいかなくてはならないのだろう・・・ま、イイカ・・。

船の中は一応明るいのだが、日本製のホラーゲームのようで、今にも歩く死体が襲いかかってくるような気がする。
俺はああいうゲームが大嫌いだ。だって・・・すごく怖いじゃないか。

いくつかの防水扉を通り抜け、いくつものラダーを上り、いくつも通路を間違えて、やっと艦橋に到達すると、そこには幾人かの日本人乗組員が縛られていた。

通訳が来るのを待ち、乗組員たちに話を訊くと、武装した数人が乗り込んできて、日本から運んできた缶詰6ケースと、船に来ていた日本人とフランス人の女の子と船長を連れて行ったとのことだった。
盗まれたのはサンマの缶詰。
変に思った俺がどんな缶詰か訊いてみると、俺たちがウィチタに運んだのと同じ缶詰だった。
そうなれば犯人の見当は付くと言うものだが、しかし、何故という疑問に答えは出ない。

あとは警察が現場検証をやることになったので、俺たちは退散することにした。
刑事はマディカンと言う強盗殺人課の警部補で、相方は只今胃潰瘍で入院中だそうだ。
この刑事と組むと胃がおかしくなるのかもしれない。

タナカサンとドロテのことが心配だが、今はなにも手掛かりがない。今は心配するだけで慌てずに待ちの時間だ。俺でもこういう時は、あたふたしないで心配でもじっとしていることが大切だと知っている。
俺はマディカンにヴェスパのところまで送ってもらい、いったん事務所に帰って、少し腹ごしらえをすることにした。腹が減っては・・・だ。

このところサンマばかりだったので、今日はサーディン缶を開けることにしよう。
パンの上に砕いた茹で卵とサーディン、パセリにマヨネーズ、それと少量のヨーグルトでカンタンなオープンサンドを作ろう。

そのとき、タナカサンのロールスロイスがどこにも無いことに気が付いた。
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おれはマディカンに黄色いロールスロイスを探すように手配を頼み、事務所までヴェスパを走らせた。

事務所に着いた。いつもの様に俺だけだ。
秘書がいれば少しは明るくなるのだろうが、誰かが留守をしているなんて・・・考えるだけでも嫌だ。それにどっちにしろ雇う余裕もないしな・・・・

今夜の夜食の缶詰を選ぶ。
たまにはフランス製のお洒落な缶詰を選ぼう。
オリーブオイル漬けのサーディンが美味そうだ。
先ずは茹で卵を作り、缶詰めを選ぶ。
茹で卵はカチカチに12分茹でる。6分とか9分とか半熟卵なんかは作らない。
何故かは判らないが、ハードにボイルするのが俺たちの仕事の伝統なんだから仕方がない。
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コンヌタブレのサーディンがお気に入りだ。
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開缶すると4匹の鰯がオリーブオイルのプールに浸かっている。
オイルのプールとは健康に良さそうだ。
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サーディンを皿に盛り、トマトをあしらう。
次に茹で卵を適当に崩して皿に盛る。
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冷蔵庫で干からびる寸前の緑系の野菜を発見したら、それも盛ってやる。
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マヨネーズ、レモン、ペッパー、ドレッシング、なんでも好きなものをかける。
その際、魚の匂い消しに大いに有効な醤油も2~3滴かけると良い。
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最後に缶に残っているオイルをかけてやる。何事も無駄は良くない。

今夜は白ワインくらいで止めておこう。
マディガンも今日は真夜中でもなにかあったらたたき起こすから酒を控えろと言っていた。
果たして明け方4:30に電話は鳴った。マディカンだった。
「おい、クリフハウスで見つかったぞ!」
岬でタナカサンの黄色いロールスロイスが見つかった。

太平洋の向こう側

2022年07月24日 | 固ゆで料理人
太平洋の向う側 7」  固ゆで料理人

Chapter5 缶タッチャブル

Mr・アームストロングと取り換えた54年製のダッジのトラックの荷台からガタゴトと揺られながら見る田舎町の風景は、この国の本質を眺めているような気がする。どんな国でもその国の本質は田舎にあるのだろう。ニューヨークやパリやモスクワやトーキョーやバンコク・・・そこにはその国の本質は無い。
俺も自分の国の本質に触れることなく生きてきたような気がする。都会に住むとはそういうことなのかもしれない。俺は今度の仕事でそんなことを考えるようになってきた。
旅は人に考えさせるものなのかもしれない。

ようやっと俺たちはウィチタの裁判所に着いた。期日に間に合った。裁判は午後からだ。
裁判所はなんだか臭かった。いや、裁判所の周りも臭かった。廷吏に「この裁判所はいつも臭いのか?」と訊くと、定理は笑って指差した。指差した先を見るとトラックが何台も停めてあり、荷台には大量の牛糞や豚糞で作られつつある堆肥が積んである。
なんでも農業補助政策の変更に対する農民のデモだそうだ。警護の保安官達も遠巻きに観ている。
この国では市庁舎や郡庁舎の中に保安官事務所や裁判所があることが多く、ここもその例に漏れない。だから市庁舎への抗議のトバッチリを裁判所が蒙っている訳だ。
観ていると、麦藁帽を冠った農民たちが運転する堆肥を満載したトラックがジワジワと市庁舎ににじり寄ってくる。
何トンもの糞がジリジリと迫ってくるのだから下手なホラー映画よりも恐ろしいかもしれない。

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俺たちは口で息をしながら証拠品の缶詰を裁判所に運び、廷吏を呼んで証拠品の缶詰のケースを預かってもらった。廷吏たちは匂い対策で鼻の下のメンソレータムを塗っていた。
見渡すと、裁判所の中も、その周りも、あらゆる人間がメンソレータムを鼻の下に塗りつけている。鼻の下がテラテラしている生物の惑星みたいだ。

とにかくこれでコウ兄弟が軍隊でも連れてこない限り証拠品を奪うことはできない、先ずは一安心だ。

もう一つの心配は俺自身だ。連中はせめて証人としての俺をなんとかしたいと思っている筈だ。
なんとかしたいという点では、ヤツラにとってジョニー・ザ・ハンサムよりも証人の俺の方が優先順位が高いと言えるだろう。おまけにコウ兄弟の片方に手下の前で恥をかかせたのだから尚更だろう。

裁判まで時間があるので近くのコーヒーショップで時間をつぶすことにした。
コーヒーを注文しながら窓の外をフッと見ると、古いルノーが見えた。

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さて、この車がここにあるという事は、やつらなんとかここまでたどり着いたということか?それとも他の車か・・・?確かめるべきだろう。

俺がエルウッドに顎を杓ってルノーを指すと、エルウッドは誰かと話すように独りごちた・・そしてその顔は困惑に変わり、足首のホルスターのホックをはずしてすぐに銃を抜ける用意をした。そして俺に向かって頷いた。
そういうことなら俺が観に行かねばならない。
腕の立つエルウッドを護衛に残して席を立ち、全員に気をつけるように目で合図して席を立った。何にでも反対の秘書のフェリックスも珍しく反対をしなかった。

車に近寄りながらズボンのバンドに挟んだワルサーの発砲の準備をしようとしたが・・・しまった、裁判所に入るためにGUNは車に置いたままだ・・・今の俺は丸腰だ・・・丸腰と言うのは心細い。
良く言うところの「まるでズボンを履き忘れたみたいな心細さ」だ・・・
俺は今までの人生でズボンを履き忘れたことがあったかどうか思い出してみた。そんなことは一回もなかった。この国の言い回しの表現には非現実的なモノが多いとつくづく思わされる。
俺は今度の仕事でそんなことも考えるようになってきた。

ルノーに近づいて確かめて見る。エルウッドの撃った弾痕があるし、俺たちの車がぶつかった痕もある。間違いない・・・ヤツらも来ている。
多分、もう裁判所に入っているのだろう。
俺はコーヒーショップに戻り、皆に話した。
たとえ奴らが待ち伏せしていようと、出廷しなければならないであろうと結論が出た・・・フェリックス以外は・・・。

エルウッドとジョニーは時間ギリギリに裁判所に入ることにして、俺だけ一足先に裁判所で様子見をすることになった。丸腰だがしかたがない。せいぜい大声を出して助けを呼ぼう。

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裁判所は市庁舎の3階にある。俺は階段の上からで見張ることにした。
見張っていると農夫の女房らしき出で立ちの女性が年代物の乳母車を引っ張りながら階段を上ってくる。

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相当重い赤ん坊らしく、ハァハァ言いながら登ってくる。エレベーターは壊れているのだろうか・・・?手を貸すべきだろうか・・・・?
やはり手を貸すべきだろう。俺は女のそばに行き、一緒に乳母車の手すりを掴み、赤ん坊を引き上げるのを手伝った。
「ありがとうございます」
「いえ・・・」
「重いでしょう?」
「ええ・・・」
俺はどうも初対面の女と口をきくのが苦手だ。なんとか失礼の無いように無理やり話題を降ってみた。
「男の子?それとも・・・」
「ええ、ええ・・オスやらメスやら・・いろいろと・・・」
なんだか変な答えだった。そのとき階下から年老いた廷吏が二人がかりで俺たちの証拠の缶詰のケースを運んできた。
そこに二人の保安官が通りかかり、年老いた廷吏に話しかけて、代わりに缶詰のケースを運び出した。南部の保安官は親切だなと思いながら見ていると、俺は妙なことに気付いた。付帯の保安官はアジア系の男だが、妙なのはそこではない。二人の保安官の鼻の下は乾いているのだ。
今、この建物の中にいる人間は全員と言っていいほど鼻の下のメンソレータムを塗っている。
しかし、この二人のアジア系保安官は鼻の下にメンソレータムを塗っていないのだ。
しまった、あいつら保安官に化けて潜入したのだ!
俺は大声で缶詰を置くように叫んだ。その瞬間、横から手を怪我したコウ・ニョウサンが現れた。
「構わないからヤッチマイナ!」

その命令で保安官に化けたコウ兄弟の手下は腰の銃を抜きこちに向かって撃ちだした。そう、保安官に化ければ銃を持ち込むことも容易だったのだ。
こちらは丸腰で隠れる場所がないどころか、赤ん坊と母親を庇わなければならない・・・不公平だな。
足もとや後ろに9mm弾がはじける。俺はなんとか急いで乳母車を引き上げようと焦るがなかなか上がるもんじゃない。
コウは大笑いしながらこちらを見ている。そのとき、俺の手を9mmがかすめた。思わず乳母車の取ってから手を放してしまうと、乳母車はガタンガタンと一段一段階段を下がりだす。
俺はその乳母車を追いかけるがもう少しで手が届かない。
そして起こってはいけないことが起こった。弾が一発乳母車に当たった。
俺はその場に凍りついた・・・俺のせいだ・・・・・
母親はそれを見て
「おや、まァ・・」
とだけ呟いた。
乳母車は今ではスピードを上げて階段を下っていく。ガタンガタンガタンガタン・・・
奴らの手下はいまや六人に増えている。コウの拳銃も入れれば7丁の拳銃が俺を狙っている。

もう、俺は観念した。こんなことなら・・・赤ん坊を巻き添えにしたのだから・・撃たれた方がマシだ。

そのとき奴らの横からエルウッドが右手に銃を持ち、左手になにやら光る金属板を掲げてジョニーと一緒に飛び込んできた。
「警察だ!警察だ!伏せろふせろ!」
今度はエルウッドが警察に化けて突っ込んで来たのだ。
エルウッドは俺を狙っている拳銃を撃ち飛ばしながら突撃してきたが、エルウッドの銃は5連発。5人倒しても2人残る。

やはり観念しようと思ったとき、そばにいた母親がポケットから携帯電話を取り出し、エイッとばかりにボタンを押すと・・・
乳母車がボン!と音を立てて爆発した。そして乳母車の前方に堆肥を撒き散らした。
乳母車には赤ん坊ではなく抗議用の堆肥が少量の指向性爆薬と一緒に積んであったのだ。母親はこれを市役所内で抗議の為に爆発させて堆肥を撒き散らす計画だったのだ。

ヤツラは、オスやらメスやらの糞まみれになった。
そこへ本物の保安官が飛び込んできて、ヤツらに銃を向けながら逮捕した・・決して手錠を掛けようとはしなかったが・・。
エルウッド自分は警官で、ずっとこいつらを追っていたのだと保安官にウソをついたが、エルウッドの南部訛りのおかげで保安官は簡単に信じてくれた。

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結局、裁判所がトイレより臭くなったのと、原告が全員逮捕されたので、もう勝ちも負けもなく、この裁判自体が無くなった。

コウ・ニョウサンとその手下たちは、裁判まで仮釈放は認められず、市庁舎の掃除を命じられた・・南部や中西部では判事のチカラは神をも上回る。
オレンジ色の囚人服を着てこびり付いた堆肥を掃除するコウ・ニョウサンを思い浮かべると思わず笑みがこぼれた。

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仕事は終わったので俺たちは別れることになった。
エルウッドは南部の自宅へ、ジョニーは同じ方向だがドン・コレステローレが飛行機を用意していた。俺も一緒に乗るか?と訊かれたが、折角だがバスに乗ってみたいと断った。
「変わった野郎だぜ」
ドンはこう言うともう証拠として必要が無くなった缶詰めを俺にボーナスとしてくれた。
重いので断ろうと思ったが、折角なのでフェデックスで送ることにした。

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そして俺は今、自分のオフィスでワルサーに弾を込めながらこの一週間を振り返っている。
振り返ってきて思うのだが、コウ兄弟の狙いは他に合ったのか?
そういえばタナカサンとドロテの帰りが遅いな。俺は少しだけ嫌な予感がしてきた。

「太平洋の向う側 8」  固ゆで料理人
Chapter6 Madican

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夜がお決まりの音を纏ってこの街にやってきた。パトカーのサイレン、盗品を観光客に売りつける物売りの声、世界の終末が間近に迫ってる警告の声、女が男を罵る声、たまに神の声や銃声がそれに混じる。
向かいの安ホテルの看板が点く。古い警告灯がジージーと音を立てている。今夜も空き部屋はあるらしい。

タナカサンとドロテが帰ってこない。少し心配になった俺は、外は暗くなってきたが、兎に角タナカサンとドロテを探すことにした。
コバヤシ丸という日本の缶詰加工船の船長に会いに行くと言っていたので、波止場へ行くことにした。
ちょっと急ぎなので自分のイタリア車で行くことする。

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この国の標準では小さい街の部類に入るこの街では、4輪車よりもスクーターが便利だ。
駐車場は要らないし、どこでも止められる。
それに俺は調理人ではあるが、私立探偵でもある。
ロンドンでもトーキョーでもエドでも、私立探偵や万事屋はこのヴェスパスクーターに乗ることになっている。勿論この街でも探偵はヴェスパに乗ることになっている。
尾行にも便利で、浮気の調査には持って来いだ。これを使うと、尾行の対象が「Follow Me」と言ってくれているように思えるほど簡単になる。
ただし、フリーウェイは走れないが・・・

因みにローマでは王女でもヴェスパに乗るらしい・・。

霧の多いこの街では、スクーターに乗るときはレインコートが必需品だ。俺はヴェスパとおそろいの水色のレインコートと、同じ水色のハンティング帽を冠り、足首に黒いワルサーを括り付け、ポケットにおやつのマカロンをしのばせ、ヴェスパとお揃い色のショルダーバックにいつでも食事が摂れるように缶詰をたくさん詰め込んで、スクーターの足もとに括り付けた。

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これだけあれば、張り込みをしながらも素晴らしいお食事が摂れるという訳だ。
装備を用意し、身なりを整えた俺はヴェスパを波止場へと走らせた。

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コバヤシ丸が停泊しているのはどこの埠頭か判らないので、フィッシャーマンズワーフに行き、そこからノースビーチへと探しながらヴェスパを走らせる。
フィッシャーマンズワーフを追い越し、海に向かっていけば、黄昏がゴーグルを金色に染めて広がるが、右に競馬場は無いし左にビール工場も無い。ピア39は昔ながらの海岸遊園地だ。
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子供が大好きなベタベタと甘い食品が山のように売られている。この国の食生活の貧しさはこのような施設から始まっているのかもしれない。ここは甘い以外に味は存在しない世界なのだ。

海を見るとアシカが沢山生息居ている。ピア39の沢山のアシカが寝転んでいる姿を見ると、今度生まれるときは、アシカかナマケモノになりたいと願うようになる。

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やがてコイトタワーが見えてきて、遠く沖合にはベイブリッジが見えてくる。そして古い倉庫が見えだしたらそこが埠頭だ。

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しばらく走ると港湾事務所があったので、そこでコバヤシ丸がどれか訊くことにした。

事務所は古い木製で、絶えず潮風に当たっているせいかペンキもはげかかり、湿った木の匂いがする。
おれはスプリング式のドアを押して中に入った。
一瞬誰もいないのかと思ったが、受付カウンターの向こうからうめき声が聞こえた。
俺はカウンター越しに覗き込んだ。
そこには初老の男が頭から血を流して倒れていた。
俺は駆け寄って声をかけたが返事はなく、ただ呻くだけだ。
兎に角警察に電話をかける。
電話をきってから男に声をかけ続ける。このかけ続けるというのが案外大事らしいが、何故かまでは習わなかった。今度消防署で教わって来よう。

やがて救急車が到着し、救急隊員たちがテキパキと応急処置を始める。
2分くらい後に警察車が到着した。降りてきたのは初老の刑事一人だけだ。
この刑事、まるで1950年代からタイムスリップしてきたのか、黒のスーツに細身の黒のナクタイ、そして黒のソフト帽を冠っている。そして顔も昔風の怖い顔だ。
警察バッジを持っていなかったら、凶悪犯罪者と思われても仕方ないような冷酷な顔立ちで、特にブルーの眼が氷のような冷酷さを放っている。車椅子の老婆を、瞬きひとつせずに階段の上から突き落とすことが出来そうな冷酷さを滲み出している。

「オイ、オマエ!」
俺は自分のことを指差し、オマエとは俺の箏か?と言う顔で刑事を見た。
「そうだ、オマエだ。オマエが見つけて俺たちを呼んだ、それで間違いないな?」
俺は頷いた。
「ウン?待てよ・・・お前の顔、見たことあるな・・・お前、よくホットドッグ屋台に来てるな?」
俺は教授と呼ばれている情報屋のホットドッグ売りだとすぐに判った。
「俺は隠してもしょうがないので、名乗って、そして事のいきさつを話した。」

すると刑事は関係あるかどうかは判らないが、先ずそのコバヤシ丸を探そうと言い、すぐに制服警官に何事かを命じた。
数分後、コバヤシ丸の停泊場所がわかり、俺は刑事の車に乗ってコバヤシ丸に行った。

コバヤシ丸はブルーの船体に白いラインの入った加工船で、船と言うより、海底油田のプラットホームと言う方が的確な双胴船だ。船体中央部と後部に巻き網の巻き上げ機やクレーン等が配置されている200メートルほどの大きな船で、釣り上げた魚を一気にさばいて缶に詰めて缶詰めにしてしまうという工場のような巨大加工船だ。
船籍はJapan。所属はObamaとなっている。なにやら我が国の大統領のような地名だ Yes We 缶!

刑事が船を見て小さく口笛を吹いた・・・
「たまげたな、航空母艦なみの大きさじゃないか・・これどこから入るんだ?・・判るか?」
俺は首を振った。船に沿って歩いてみると、船首部分に小さな開口部があり、渡り板がかけてある。
覗いて見ると、またも男が倒れているのを見つけた。
刑事は腰のケースから銃身の短いリボルバーを抜いた。

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古いコルトの38口径だ。今時こんなGUNを使っているとは、どこまでオールドファッションな男なんだ?
刑事が応援を呼ぶ電話をかけてから俺に訊いた。
「オイおまえ、なんか武器はあんのか?」
俺は足首から小型のワルサーを抜いた。
刑事が笑った
「古いGUNだな、オマエ、オールドファッションな奴だな」
失礼なことに、自分のGUNをさて置き、俺のGUNを古いと笑った。ところでこの刑事、笑い方も怖い。

そして俺たちは船の中へ入って行った・・・でもなんで俺がいかなくてはならないのだろう・・・ま、イイカ・・。

船の中は一応明るいのだが、日本製のホラーゲームのようで、今にも歩く死体が襲いかかってくるような気がする。
俺はああいうゲームが大嫌いだ。だって・・・すごく怖いじゃないか。

いくつかの防水扉を通り抜け、いくつものラダーを上り、いくつも通路を間違えて、やっと艦橋に到達すると、そこには幾人かの日本人乗組員が縛られていた。

通訳が来るのを待ち、乗組員たちに話を訊くと、武装した数人が乗り込んできて、日本から運んできた缶詰6ケースと、船に来ていた日本人とフランス人の女の子と船長を連れて行ったとのことだった。
盗まれたのはサンマの缶詰。
変に思った俺がどんな缶詰か訊いてみると、俺たちがウィチタに運んだのと同じ缶詰だった。
そうなれば犯人の見当は付くと言うものだが、しかし、何故という疑問に答えは出ない。

あとは警察が現場検証をやることになったので、俺たちは退散することにした。
刑事はマディカンと言う強盗殺人課の警部補で、相方は只今胃潰瘍で入院中だそうだ。
この刑事と組むと胃がおかしくなるのかもしれない。

タナカサンとドロテのことが心配だが、今はなにも手掛かりがない。今は心配するだけで慌てずに待ちの時間だ。俺でもこういう時は、あたふたしないで心配でもじっとしていることが大切だと知っている。
俺はマディカンにヴェスパのところまで送ってもらい、いったん事務所に帰って、少し腹ごしらえをすることにした。腹が減っては・・・だ。

このところサンマばかりだったので、今日はサーディン缶を開けることにしよう。
パンの上に砕いた茹で卵とサーディン、パセリにマヨネーズ、それと少量のヨーグルトでカンタンなオープンサンドを作ろう。

そのとき、タナカサンのロールスロイスがどこにも無いことに気が付いた。
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おれはマディカンに黄色いロールスロイスを探すように手配を頼み、事務所までヴェスパを走らせた。

事務所に着いた。いつもの様に俺だけだ。
秘書がいれば少しは明るくなるのだろうが、誰かが留守をしているなんて・・・考えるだけでも嫌だ。それにどっちにしろ雇う余裕もないしな・・・・

今夜の夜食の缶詰を選ぶ。
たまにはフランス製のお洒落な缶詰を選ぼう。
オリーブオイル漬けのサーディンが美味そうだ。
先ずは茹で卵を作り、缶詰めを選ぶ。
茹で卵はカチカチに12分茹でる。6分とか9分とか半熟卵なんかは作らない。
何故かは判らないが、ハードにボイルするのが俺たちの仕事の伝統なんだから仕方がない。
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コンヌタブレのサーディンがお気に入りだ。
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開缶すると4匹の鰯がオリーブオイルのプールに浸かっている。
オイルのプールとは健康に良さそうだ。
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サーディンを皿に盛り、トマトをあしらう。
次に茹で卵を適当に崩して皿に盛る。
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冷蔵庫で干からびる寸前の緑系の野菜を発見したら、それも盛ってやる。
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マヨネーズ、レモン、ペッパー、ドレッシング、なんでも好きなものをかける。
その際、魚の匂い消しに大いに有効な醤油も2~3滴かけると良い。
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最後に缶に残っているオイルをかけてやる。何事も無駄は良くない。

今夜は白ワインくらいで止めておこう。
マディガンも今日は真夜中でもなにかあったらたたき起こすから酒を控えろと言っていた。
果たして明け方4:30に電話は鳴った。マディカンだった。
「おい、クリフハウスで見つかったぞ!」
岬でタナカサンの黄色いロールスロイスが見つかった。

太平洋の向こう側

2022年07月24日 | 固ゆで料理人
太平洋の向う側 5」  固ゆで料理人
     Capter3 深夜プラス缶 Pert3

俺は愕然とした。
「なんてことだ・・あんたが・・・伝説のエルウッドか?」
今、俺の横に居る人懐っこい顔をした南部訛りの男が、伝説のスナイパー「エルウッド」なのだ。
この男は、「デューク・トウゴー」と呼ばれているもう一人の伝説のスナイパーと撃ち合いをして、引き分けに持ち込んだ世界でただ一人のスナイパーだ。

彼は緊張などは微塵も感じさせずに笑顔さえ浮かべていった。
「そうだ・・・だが、その話は後だ、それよりあんた、44を持っているな?それを貸してくれ」
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ところで「44」とは44マグナムのことだ。
世間でよく誤解をされているが、44マグナムとは銃の名前ではなく、弾丸の種類のことだ。
サンフランシスコの名物警官が使って一躍有名になった強力な弾だが、よく言われているような車を止めてしまうような威力は無いし、片手で撃つことは不可能なんてことはない。大体片手で撃てないような拳銃などあり得ない。

だがやはり相当な威力は持っていて、この威力が強いということは弾が遠くまで安定してとどき、且つ飛翔距離により威力の低下率も低いことを意味する。
実際この弾を使う100メートルの射撃競技もあるくらいだ。
そしてこの拳銃「スミス&ウェッソン・モデル29」は非常に優れた命中精度を誇るGUNで競技にも良く使われる。

エルウッドは魔法でも使えるのか、この先に起こることを知っているらしく、
「この先につぶれた雑貨屋がある。道を挟んだ反対側に空のガレージのようなものが立っている。そこの陰にさっき見た2台のルノーが鼻先を向け合って止まっている。」
「俺たちが傍まで来たら道を封鎖しようとしているという訳か?」
「そうだ、俺たちが近づくギリギリのタイミングで両側から飛び出してきて道を塞ぎ、俺たちを始末する気だろう・・・で。44の出番だ。俺が合図したらアクセルを思い切り踏んで相手の隙間をめがけて飛びこめ」
後ろの席で秘書のジャック・レモンに似た秘書のフェリックスがジャック・レモンに似た早口で嘆きの抗議をしてきたが、無視した。伝説のエルウッドが大丈夫と言うのだから信じて良さそうだ。

エルウッドは助手席の窓から上半身を乗り出し、拳銃を構えた。エルウッドが黒いソフト帽と顎鬚をつけたらまるで日本製のアニメだ。

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雑貨屋まであと100メートルほどに迫ったとき、エルウッドが
「今だ!」
と怒鳴った。
俺がアクセルをグッと踏み込むとエンジンが咆哮し、皆が後ろの席に押し付けられたが、エルウッドだけはピクリとも動かない。
雑貨屋まであと60メートルくらいに近づいたとき、雑貨屋と反対側のガレージの陰からルノーが2台、我々の行く手を遮ろうと飛び出してきた。
エルウッドは「こんなもんか?・・OK!」と、誰かと会話をしているような独り言を言った瞬間、彼の手は轟音と煙に包まれた。後ろの席でフェリックスの「ヒッ!」と言う恐怖の声がした。

伝説のスナイパー・エルウッドの放った弾は、右雑貨屋の裏から飛び出してきたルノーの窓から入り、ハンドルの上部をえぐる様にかすり、そのままハンドルを右に急激に切らせた。そのためにルノーは急激なハンドル操作で傾き、そのまま横倒しになった。
俺は意志の力でブレーキを踏まずに、横倒しになったルノーと驚いて止まったもう一台のルノーの隙間めがけて飛び込んだ。俺の車のフロントバンパーと敵の車が激突する。
秘書フェリックスの恐怖にひきつった叫び声と一緒に、車の横をガリガリと擦る音が聞こえたが、アクセルを緩めることなく突っ走った。

車の壁を突き抜けるとリアウィンドゥにカンカンと音を立てて何かが当たりだした。
この車は大統領専用車なみに特殊防護加工をしているから拳銃の弾くらいじゃなんともない。
振り向いて後ろを見たエルウッドが
「ステンガン?随分古いのを持ち出しやがったな・・ま、この車より強いのは大統領が乗り回してるヤツくらいしか無いから、あんな豆鉄砲じゃ何にも出来やしないな」
なんだかしゃべり方も日本製のアニメキャラに似てきた・・・。

バックミラーを見てみるとトレンチコートを着た中国人の二人組が短機関銃を撃っているのが見えた・・・トレンチコート?リーダーはジョン・ウーかもしれないな。

エルウッドは車を止めろと言い、俺が車を止めるや否や車を降りた。敵の二人組は新しい弾倉に交換しようとしていたが、まさかこっちが車を降りて反撃に出るとは思っていなかったらしく、慌て始めて新しい弾の補充に手間取りだした。
エルウッドは落ち着き払って、弾の補充をしている中国人マフィアに向けて素早く2発撃った。
弾は二人の中国人の銃にそれぞれ命中して銃を遠くに弾き飛ばした。
そして二人とも手を挙げた。
そのとき横倒しになった車からもう二人が這い出してきたが、エルウッドはまるで出てくるのを知っていたかのように二人の手から拳銃を撃ち飛ばした。

エルウッドはそのまま連中の方へ歩き出した。車からはい出した方の一人が彼を睨みつけながら、撃ち飛ばされた自分の拳銃を拾うか拾うまいかを考えている。
エルウッドはジェームズ・スチュアートのような人懐っこい笑顔を浮かべながら睨んでいる中国人に向かってまるで歯の隙間から漏れるようなしゃがれ声で凄みながら・・・
「考えてるな?俺が5発しか撃っていないか、それとも6発全部撃ってしまったか・・・実は夢中になりすぎて、どっちだか俺にも判らないんだ・・・で、どうする?賭けてみるか?」
・・・・伝説の男はモノマネ好きなオチャメさんなのかもしれない。
中国人マフィアの眼が細まり、かすかに笑みを浮かべ、そして銃に手を伸ばした。
銃声
エルウッドの44マグナムが火を噴き、中国人の拳銃を吹き飛ばした。
この距離で掴んだものを44マグナムで撃ち飛ばされたら大変だ。
マフィアは手にかなりの打撲を受けた。多分骨折じゃ済まないだろう。あまりの苦痛にすすり泣いている。

俺はすすり泣いている奴に
「お前がコウ兄弟の片割れか?ニョウサンか?それともケツアツか?兎に角、もう俺たちの邪魔をするな」
と言い渡し、車に乗った。

俺たちが車に乗り動き出すと、手下の前で泣かされ大事な面子を失ったマフィアは、絶対に復讐してやると大声で叫んだ。俺たちは無視して走り出した。

敵のルノーはどちらも使えそうもない。これで奴らは追って来れない。しばらくは安心して走れそうだが、エンジンやタイヤに問題が無い車でもこうひどい傷がついてしまっては、いつパトロール警官に止められるとも限らない。
次の町で目立たない車を調達することにした。

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中古屋で手頃な59年型のキャディラックのエル・ドラドを見付けたので購入した。国産車なら目立たないだろう。
銃や証拠の缶詰をトランクに移す。

「ジョニーが腹減ったな」
と呟いた。
そういえば腹が減った。しばらくは襲われることもなさそうだし、どこかで食事することにした。
しばらく走るとこんな片田舎に珍しく日本食レストランがあったので、そこに入ることにした。
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店の前に車を止め、中に入る。
俺とエルウッドは辺りを警戒しながら後から入る。

外観の通り小さい店で、チャオメンとかエッグロールとか、日本食ではないメニューが多い。

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中から
「イラッシャイマセ」
と、たどたどしい日本語で挨拶をしながら、日本の伝統的なシェフのユニフォームに身を包んだルイ・アームストロングのようなオヤジが出てきた。
で、色々とオヤジと会話を交わした後、ジョニーが新しいレシピを考えてやることになった。
勿論又もやサンマの缶詰を使ったヤツだ・・・そして勿論、サンマの缶詰を食べることに文句はない。
どうもこの旅は健康への道を進んでいるような気がする。
そんな訳でまたもやサンマ缶のレシピだ・・・。
「太平洋の向う側 6」  固ゆで料理人
Capter3 Part4 SourSweetSamma

そんな訳でまたもやサンマ缶のレシピだ・・・。

俺たちがエッグロールやチャオメンはジャパニーズではなく、チャイニーズの料理だと指摘すると、ジャパンはチャイナの一部ではないのか?と聞きかえしてきた。コウ兄弟に聞かせたら泣いて喜ぶかもしれない。

まあほとんどのアメリカ人にはジャパンもチャイナも区別がつかない・・・それを言えば外国人か同国人かの区別もつかないほどアメリカ人と言うやつは外国に興味を持たないのだが・・・。
で、Mr,ルイ・アームストロングはなにか簡単な日本の料理を教えろと言うので、追っ手もしばらくは来ないだろうし、兎に角、これが俺の本職だから頼まれれば嫌とも言えないので教えることにした。

秋刀魚の缶詰もたくさんあるし、こういう時はすぐにタナカサンに電話だ。

「オウオウ、またサンマの缶詰ですか?・・・・フ~ム・・・・・じゃ、サンマを考えないで、カバヤキを考えてみましょう」

タナカさんはなにやら禅のようなことを言いながら考えていた。

「カバヤキを使う料理はいくつかあります。有名なのはうな重、う巻き卵、それにうざくと言うところでしょうか?」
「うざく?ああ、日本のランバージャックのことですね、ヘイヘイホーと言う人・・・」
「違います・・・まったく変なこと知ってますね、貴方は・・・」
「うざくとはウナギの蒲焼の酢のもので、キュウリの塩もみとウナギを合わせた酢の物です。もともとはウナギの白焼きを使う料理だったようですが、殆どは蒲焼を使います。ウザクのウはウナギのウ、ザクはキュウリの薄切りをザクザクと呼んだところからその名がついたそうです。ですからサンマでやるときはサンザクでしょうか?」
「あ~、サンザク王に俺は成る!と言うやつですね?」
「・・・いえ違います。サンザクでも山賊でもなく、あれは海賊です・・・あなたは日本製のアニメのファンですか?」
「ではジオン軍の・・・」
「アナタ、わざと間違ってますね?アナタ、笑いをとりたいですか?」
しまった・・・俺が冗談を言うような人間だと思われてしまったかもしれない。
俺は自分のイメージを損なわないように、わざとその質問を無視した。

タナカサンは
「まァ良いでしょう・・・先へ進みましょう。先ずは酢の作り方です。酢に砂糖と塩を一つまみ、砂糖の量はかき混ぜてちょっと甘すぎかな?と思うくらい入れてください。もし過不足が出てもあとでなんとでもなります。しかし、塩は一つまみを絶対守ること。入れすぎたら取り返しがつきません。仕上げに醤油で甘さの調節をしましょう・・・ところで、アナタの冗談はつまりませんよ・・・」
この一言に俺のプライドが大いに傷ついたのは言うまでもない。

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「酢は一煮立ちさせるとカドが取れて、食べた途端にむせるようなことが無くなるので、是非やって欲しいデスネ・・でも、むせるのが好きならやらないでもオーケーネ!」

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「キュウリは縦半分に切って、斜めの小口切りネ。切ったらボウルに入れて塩を少し振って、10分程置いて置くデスね」

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「針の様に細く切った針生姜が美味しいでありますが、茗荷が冷蔵庫にあったので茗荷を使うでした。薄く切って水にさらしてからザルに揚げて水を切ります」

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「さてキュウリの水を手で良く絞り、キュウリの塩もみを作ったら盛り付けて出来上がるのです」
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「ヴェリィイーズィーですね^_^

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「先ず秋刀魚を盛って、キュウリを載せて、茗荷を載せて、卸生姜のしぼり汁を少し掛けて、作った酢を掛ければ完成です。イタダキマシタ!ホシ・・・三っつですゥ~・・・」

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Mr,ルイ・アームストロングに、タナカサンから教えられたとおりに作って見せた。
とても簡単なので、フェリックス以外の全員が一発で覚えた。

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みんなで試食した。これはウマイな。
エルウッドは
「ホントに美味いなこれは・・・素晴らしいな人生と言うのは・・」
と誰かに話しかけていた。
板前のルイは
「What a wonderful taste」
と感激している。
これからの季節、キュウリが美味くなるし、これはお奨めのメニューだ。
タナカサン、今回は久しぶりの3ベースヒットだぜ。

そして俺たちは春巻きと焼きそばをなんとなく釈然としない気持ちではあったが、平らげて店を出た。

その時ルイが俺たちの車を見て、派手な車だね~・・恰好イイネェ、イェ~と言われたので、俺たちは又車を変えることを考えた。
そこでこのキャディラックとルイのトラックを取り換えてもらうことにした。

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俺は運転席、ジョニーは助手席、エルウッドとフェリックスは荷台に乗る。
フェリックスは汚いだ寒いだとブチブチと文句を言っているが、エルウッドは楽しそうに誰かと話している。

そして俺たちはこのトラックでウィチタを目指した。

                            続く・・です
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太平洋の向こう側

2022年07月24日 | 固ゆで料理人
「太平洋の向う側 4」  固ゆで料理人
    Chapter3 深夜プラス缶 Part2

ドンから依頼の電話があったのは1週間も前の箏だった。

仕事は豆腐屋のジョニーとその秘書で会計士のフェリックスをカンザスに連れて行くことだった。
俺の役回りはドライバーで、いざと言うときは護衛。
もう一人護衛専門の男でハーヴェイと言うガンマン。ハーヴェイはナビも担当する。ボディーガードとして危なそうな道を回避するというより、このヴィンテージカーにはカーナビゲーションシステムが付いてないからと言う理由だ。

俺たちは空路でカンザスに行くと見せかけて、二日ばかりかけて陸路を往くことにした。

仕事の内容はシンプルだが、仕事の理由は複雑だった。

ドンとジョニーが始めた秋刀魚の缶詰とオカラのヘルシーフードの店は大当たりに当たったのだが、二人は商標登録やレシピの保護を忘れていた。

そのうちに、全く関係の無い他人に「ジョニー・ザ・ハンサム ヘルシーレストラン」の商標登録やレシピの特許の申請をされてしまったのだ。

ドンはまさかマフィアのドンである自分に、そんな大それたことをする奴がいるとは考えていなかったので寝耳に水のことだった。
やった連中はチャイニーズマフィアのコウ兄弟で、どんなもののニセモノでも作り、そのニセモノの商標登録をして、ニセモノを法的にホンモノにしてしまうというやり口でのし上がってきた連中だ。
文句を言えば力にモノを言わすことも厭わない連中だから始末が悪い。
もっとも俺の雇い主のドン・コレステローレも似たり寄ったりではあるが・・・・

そんな訳でドンはコウ・ニョウサンとコウ・ケツアツ兄弟の商標登録の無効を訴えると同時に損害賠償の訴訟を起こしたわけだ。
只、カンザスで登録されたので、裁判もカンザスで開かれることになったのはドンの誤算だった。
ドンはパートナーのジョニーと証拠品の缶詰をカンザスに送らなければならなくなった。

証拠品の缶詰とは、特注で日本で作らせた秋刀魚の蒲焼ではなく、アメリカ人にも分かり易くしたネーミングの「SANMA TERIYAKI=Pacific saury Teriyaki」と印刷した缶詰で、製造年月日がコウ兄弟の登録以前になっているので、証拠として採用されたものだ。

原告と証拠を運ぶのをコウ兄弟が邪魔するのは確実だから、俺たちに仕事がきたという訳だ。
それにサンマ缶詰とオカラのヘルシーレシピは俺が作ったから、俺は証人としてもカンザスに行く必要がある。

ドンは俺たちを本チームとし、別に相談役のヘイガン、ドンの実の兄のフレド、それにジョニーのソックリさんのチームをもう1チーム作り、ドンの兵隊達に守らせながら空路を派手に出発させて囮にして敵の目をくらませている間に、俺たちはコッソリと陸路を往く計画だった。

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俺たちは今は「いにしえ」の国道66号線を東へ向かうことにした。
バーストウあたりで66号線に乗り、そのままカンザスへと向かう。2日で着ければ良いが、余裕を見て裁判の4日前に出発する。
4日見たことは正解で、ハーヴェイは良く道を間違える。すぐに妙な側道に入るのだ。
その度に少しづつ遅れがでてしまう。
それでもハーヴェイは気にする様子もなくニコニコとしていられるから不思議な男だ。

兎に角、そういいながらもルート66をメインにカンザスへと向かう。
乾いた土地をまっすぐ貫くルート66。
ハイウェイを使わないのは尾行の車や襲撃してくる車を見付けやすいし、前方の道路封鎖にもすぐに気付くからだ。

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ハイウェイの発達で国道は時代遅れになり、国道沿いの町も廃れていった。
車はガソリンで走るので、ガソリンスタンドを見付けたら必ず給油しなければならない。
もし一つ見落としたら、次のスタンドまで何百マイルも走らなければならないことにもなりかねないからだ。

給油以外で止まることはあまりしたくない俺たちにとって、食事は豆の缶詰が便利だ。
何んといっても食器はスプーンしか必要ないから、車の移動中にしっかり食べられるし、空いた缶は路肩に置いて拳銃射撃の標的にして眠気覚ましにもなる。
缶詰は偉いだろ?

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バーベキュービーンズは、南部に良くある、ドラムカンを半分に切ったバーベキューコンロでスペアリブのバーベキューを売っている屋台なんかで人気のメニューで、ポークリブのサイドにたっぷりと盛りつけられる豆料理だ。
こいつは甘めのバーベキューソースで煮込んであり、ポーク&ビーンズやチリビーンズとは違う豆料理だが・・・・味はどれもさほど違わないように思える。

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いくら便利でもこればかり食べているのはゴメンだ。
給油するときにスナックのようなものが売っていればそれを買うことにする。

国道沿いのガソリンスタンドは必ずと言っていいほど小さな雑貨屋が付いている・・・と、言うよりもガスポンプの付いた雑貨屋と言う方が正しい。

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俺たちは「小さな旅」に出てきそうな古い雑貨屋で止まり、給油することにした。

都市部では見られなくなったが、田舎町では今でもこういう雑貨屋やドラッグストアに、ソーダファウンテンと呼ばれる飲み物売り場のカウンターが作られている店がある。
チョコレートソーダにアイスクリームを載せた飲み物なんかを今でも売っている。

中に入ると、ソーダファウンテンのカウンターに置いてある古くて小さな日本製のトランジスターラジオから、古いカントリーミュージックが流れている。

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給油のついでにここで休むことにした。
フェリックスと言う会計士は神経質な男らしく、始終文句を言っている奴だ。
今も野球帽を被った店の親父に先ず手をよく洗って、それからソーダのグラスをもう一度良く洗ってから使用しろと言っている。
ソーダファウンテンの親父はブツブツ言いながらフェリックスに従っている。

反対にジョニーの方はなんに対してもあまり頓着が無さそうで、食べ物を扱っているとは思えないような気がするだらしなさで、彼のシャツには一昨日こぼしたソーダの上に昨日こぼしたソーダがかかり、その上に今こぼしたソーダが地層のようになっている。
フェリックスはそのことをガミガミと注意するのだが、ジャニーは何か唸りながら否定の仕草で手を降り、フェリックスに取り合わない。
汚いシャツのジョニーと完璧なビジネススーツのフェリックス。こいつらは良いコンビなのか?随分とおかしな二人だ。

車の中でずっと寝ていたジョニーがあくびをしながらソーダを啜るという器用なことをしつつ訊いてきた。
「ここはテキサスか?」
ハーヴェイが言った。
「もう15時間前からテキサスに入っている」
「じゃ、あと15時間くらい走らないとテキサスから出られないな・・。」
フェリックスは20ドル札を親父に渡して、自分が使う前にトイレをピカピカにして来いと注文を付けている。
俺たちはコーラにアイスクリームを載せたもの呑みながら古いラジオから流れる古いカントリーを聴いていた。 

窓の外を見ると2台の古いルノー4cvが東に向かって走って行った。
ヴィンテージカーの集会でもあるのかもしれない。
それなら俺たちのシトロエンも参加資格があるかもしれない。

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そのときハーヴェイが独り言を言った。
「・・・OK、判った・・・」
俺はハーヴェイが誰かと話しているのかと思い、彼を見た。
ハーヴェイはカウンターの下に手を入れ足首に付けていた予備の拳銃を取り出し、ズボンのバンドに鋏んだ。

俺は訝しげにハーヴェイを見ると、
「今走って行ったルノーが、この先で待ち伏せしているそうだ・・・・」
「・・・待ち伏せしているそうだ?・・そうだって・・一体誰と話しているんだ?」
ハーヴェイはちょっと気まずそうな表情を浮かべ、
「後で説明する」
とだけ言った。
「いや、今だ。今説明して貰おう。俺はオマエが正気かどうか知らなければならないんだ」
ハーヴェイはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「俺には誰にも見えない友達がいるんだ。それはいつもマズイことが起こりそうなときなんかにアドヴァイスしてくれる・・・・守護霊みたいなもんだ・・・・そして・・」
彼の話が切れた。俺は先を促した。
「そして?」
「・・・・そいつがハーヴェイと言う名前の・・・兎なんだ・・・」
俺は愕然とした。
「・・・・・・なんてことだ・・・」