明治、大正、昭和、平成と一世紀を生きてきました。
震災や空襲など様々な怖い体験もしてきました。B29(米
国の爆撃機)の空爆のときには乳飲み子を抱え、防空壕
のなかでおっかなくて、おっかなくて。死ぬかとおもった
こともありました。イジメやうらぎり。さびしさなどから。
死のうと思ったこともありました。
「これ以上、おまえたちに迷惑をかけたくないから」と自
ら老人ホームに入所した母との悲しくて悔しい別れや、
「全盲になるかもしれない」と言われた手術(緑内障)
など、不安なこともありました。
今、一人暮らしの私の家にはヘルパーさんが週六日、
六十四歳になる、一人息子の健一が週一日来てくれます
が、正直に言えば、ヘルパーさんや倅が帰るときはさび
しく、悲しくなります。とくに健一が帰る時間が近づく
と気分が塞ぎ、無口になってしまいます。
でも私はその度に歯をくいしばり、自分を”叩いて叩
いて”(叱咤激励)自身に言い聞かせます。「くじけるな。
頑張れ、頑張れ」って-。
私、若い頃、奉公先でいじめられたときによく行った
橋があります。幸(しあわせ)が来るという字の通りの
「幸来橋」。その橋のたもとでしゃがんで泣いていると、
”ふーちゃん”という友だちがきて「がんばろうね」っ
て笑顔でなぐさめてくれました。泣きやんで、二人で青
い空や流れる白い雲を見ていると、なぜか晴れやかな気
持ちになっていました。あれから八十年余。