白石勇一の囲碁日記

囲碁棋士白石勇一です。
ブログ移転しました→https://note.com/shiraishi_igo

Master対棋士 第5回(第4局)

2017年01月21日 19時49分05秒 | Master対棋士シリーズ(完結)
皆様こんばんは。
日本棋院若手棋士アカウントの担当者は、前回は富士田明彦五段でした。
そして、今日からは何と、大西竜平新人王が担当しています!
楽しみな一週間になりそうですね。

さて、本日もMasterの対局をご紹介します。
最近はMasterrばかりになっていますが、もちろん他の題材も取り扱って行きます。
とりあえず、タイトルがすっきりするまではお待ちください(笑)。

また、第2回~第4回までの対局者について、読者の方から情報提供して頂きました。
ありがとうございます。

さて、本日ご紹介するのは謝爾豪二段(中国)との対局です。
Masterの白番です。



1図(参考図)
まずはこの図をご覧ください。
左上の形を見た事のある方は、多いのではないでしょうか。
白△を捨て石に、白が左上隅で治まる定石です。

ただし、この形は黒Aなどの有力な後続手段があり、白があまり良くないと見られています。
そこで白が変化して、難解型に進むことが多いですね。

本局は逆に、黒がハメ手に近い手を打って変化しました。
そこから難解な戦いに進んだ実戦もありますが・・・。





2図(実戦)
白は簡明に対応し、黒△の切りを許しました。
白Aと黒Bの交換をしていないので、この手が成立します。

この形、プロの実戦では初めて見た気がします。
不勉強なので、新手と言い切る事はできませんが・・・。
黒△に切られては白悪い、というのが従来の常識でした。

ただ、黒〇と白〇の交換が、白を固めてかなりの悪手になっており、黒Cが先手にならなくなっています。
また、白が先手になるので白△に回れます。
理屈としてはそんな所でしょう。

AIには未練と言うものが無いので、部分に拘らずにどんどん大場へ先行します。
いかにもスピード感がありますね。





3図(実戦)
黒1と挟まれた場面では、なるべく急な戦いを避けよう、というのが一般的な棋士の感覚です。
というのは、左方にも下方にも黒△の援軍があり、いかにも戦いに役立ちそうに見えるからです。

ところが、白2のカケから6の押さえ込み!
この手はプロ同士の対局でも稀に打たれますが、多くは白に有利な条件があっての事です。
何故なら、黒7となった形は、白が2目の頭とお尻を両方ハネられた形になっているからです。
プロは過去の経験から、こういう形は白が良くないと判断します。

しかし、Masterの判断は違いました。
プロもMasterも、石の形の良し悪しが重要である事は変わりません。
白2子は間違いなく悪い形ですが、それよりも隅の黒が閉じ込められた事が、つらいだろうと言って(?)いるのですね。





4図(実戦)
40手ほど進み、白1と飛んだ場面です。
上辺の白は既に生きており、右辺の白も中央に飛び出して危険はありません。

一方、中央と右下の黒は眼が無く、どちらも弱い石です。
明らかに白が有利な状況になっています。
一体、何故こんな事になったのでしょうか?
白が打って来た手は、コスミや1間飛びといった、基本的な手ばかりなのですが・・・。





5図(実戦)
その後、黒は上下の石を治まりましたが、その間に白地が増え、中央の白も厚みに変わりました。
こうなっては、明らかに白優勢です。
この後黒Aと打ったのは必死の頑張りですが、当然ながら白Bのツケが好手で、左辺を荒らしに来られました。





6図(実戦)
結局、黒は左辺の地を守り切りましたが、中央の白がすっかり厚くなりました。
白が厚くて地も多い、必勝形になっています。

こうして見ると、黒△の集団が全く役に立っていませんね。
やはり、石の効率が大差になってしまいました。

次回は中国最強の女流棋士、於之瑩五段が登場します。

Master対棋士 第4回(第3局)

2017年01月20日 18時14分10秒 | Master対棋士シリーズ(完結)
皆様こんばんは。
お知らせするのが遅れましたが、著書「やさしく語る 碁の本質」の第3刷発行が決まりました!
この早さにはビックリです。
次回作の執筆に向けて、ますますプレッシャーがかかりますね(笑)。

なお、皆様からご指摘頂いたミスは、第2刷で大半を修正できています。
ただ、石数のずれについては、雰囲気を変えてしまう恐れがあり、修正を見送りました。
申し訳ありませんが、ご了承ください。

第3刷では、唯一の修正点があります。
それは、人工知能と書くべき所を、1箇所「人口」知能と書いてしまった点です。

ともあれ、皆様からのご指摘のおかげで、より完成度を高める事ができました。
ありがとうございます。

次回作でも、皆様からお世話になるかもしれません。
ミスが出ないに越したことはありませんが・・・。

さて、本日もMasterの対局をご紹介します。
黒番がMaster、相手の棋士は不明丁世雄三段(中国)です。



1図(テーマ図)
黒△と飛んだ場面です。
これは棋士同士の碁と言われても、全く違和感は無いでしょう。

また、今までと違い、どちらかと言えば分散型の碁形ですね。
双方に大きな地ができそうにないように見えます。

Masterは中央志向のイメージがありますが、実際にはいつも中央を目指している訳ではありません。
あくまでも勝率の高い手を目指しているので、隅や辺が大きいと見ればそちらに打つのです。





2図(実戦)
その後、黒1、5と、黒△を見捨てるような打ち方をしています。
足早作戦を採って来たように見えますね。
確かにそれも一面ですが・・・。





3図(実戦)
右下隅を気にして、白1と守りました。
それを見て、一転して黒2の動き出し!
黒8まで、一瞬にして下辺の白が閉じ込められてしまいました。

Masterに隙を見せると、絶対に見逃してくれません。
恐ろしいですね・・・。





4図(実戦)
下辺の白は脱出できないので、左下の黒との攻め合いに持ち込みました。
白△と打ち、Aの所にコウができています。
これは、従来であれば人間のチャンスでした。
AIはコウが苦手であり、Masterの前身であるAlphaGoでさえも、その欠点を抱えていました。
ところが・・・。





5図(実戦)
黒1、3が最善であり、粘り強い応手です。
コンピューターのイメージにはそぐわないのですが、実はAIは最善の答えを出す事が苦手だったのです。
しかし、この弱点は相当高いレベルで克服されてしまったようです。

白4、6とコウを抜いて行きますが、黒全体を取るまでにはかなりの手間がかかります。
その間に黒5、7と連打し、白△や〇を飲み込む構えです。
大きな地ができそうにないと言っていましたが、状況が変わって来ました。





6図(実戦)
さらに手順が進み、黒△と打った場面です。
下辺の白は右下と繋がって安泰になりましたが、Aの所のコウが残っており、まだ左下の黒を取れた訳ではありません。
一方黒は白△や〇を立ち枯れにした上、左上一帯も大きな構えになっています。
結局、テーマ図以降は白の得た物があまりにも少なかったのです。

この後白Aと突入して暴れましたが、的確な対応に遭って上手く行きませんでした。
黒の完勝です。

人間の碁は描いたストーリーを大事にしますが、それに縛られて臨機応変な判断ができなくなる事があります。
しかし、AIにはそれがありません。
今までどう打って来たかは関係なく、その場その場で最善手を見付けるだけなのです。
このあたりが、AIの碁を見て違和感を感じる理由の一つでしょうね。

Master対棋士 第3回(第2局)

2017年01月19日 23時32分20秒 | Master対棋士シリーズ(完結)
皆様こんばんは。
本日、第20期ドコモ杯女流棋聖戦挑戦手合三番勝負が始まりました!
第1局の結果は、154手まで白番の謝依旻女流棋聖が中押し勝ちを収め、先勝となりました。
挑戦者の牛栄子初段は、序盤で明らかに優位に立っていただけに残念でした。

結果的には謝女流棋聖が圧倒しましたが、しかし三番勝負の行方はまだ分かりません。
私の経験上、こう手酷くやられると、かえって思い切った戦いができるようになるのです。
1月30日(月)に行われる第2局に、期待しましょう!

なお、しばらく国内棋戦の紹介はしない予定です。
女流棋聖戦の総譜は、幽玄の間でご覧頂けます。

本日はMasterの棋譜を紹介します。
今回も相手は不明です。张紫良二段(中国)です。



1図(テーマ図)
Masterが白番、黒△と打った場面です。
ここまでの布石、AIらしさは微塵も感じませんね。
Masterは2間締まりや大ゲイマ締まりを打つイメージがあるかと思いますが、小ゲイマ締まりも打つのです。

しかし、普通だったのはここまででした・・・。
実戦進行の前に、まずは人間的な布石を見てみましょう。





2図(参考図)
私が白なら、このような進行を目指します。
棋士によって細かい所は違うでしょうが、大体これに近い進行を考えるでしょう。
隅や辺を主体とした考え方です。
ところが・・・。





3図(実戦)
ここで、Master得意の手が出ました。
白1、白7の肩ツキ2発!
まさか、こんなに早い段階で肩ツキを打つとは・・・。

肩ツキは、一般的には模様の拡大を防ぐ目的で打たれます。
また、肩ツキした石を他の目的に役立てる事ができればなお良しです。

しかし、この場合模様と言っても、上辺には黒石が5つあるだけです。
急いで消しに行く必要があるようには思えないのです。
また、肩ツキした石がどう役立って来るか、現時点では全く見えません。
これが本当に良い打ち方なのか、疑問を感じました。





4図(実戦)
と思っていたら、白2ともう一つ肩ツキ!
2つでは物足りなかったのか、20手目にして3つ目の肩ツキです。
この肩ツキは消しではなく、勢力を作る意味があります。
しかし、これがどう生きて来るのか、はっきり見えて来ない点は同じです。

「白はこんな甘い打ち方で間に合うの?」
これが大半のプロの感覚でしょう。
ところが・・・。





5図(実戦)
40手ほど進み、白1と打った局面を見てみましょう。
戦いの起こっている中央で、白△が立派な役目を果たしているではありませんか!
中央の黒を大きく包み込む態勢になり、明らかに白のペースになっています。





6図(実戦)
その後50手ほど進み、白△と打った場面です。
黒は防戦一方になり、前図から殆ど地が増えていません。
一方、白は攻めの効果で、右下一帯を大きく盛り上げる事に成功しました。
下辺肩ツキからの勢力も、しっかりと役立っている事が分かります。

本局はMasterらしさ溢れる棋譜でした。
この碁でも、見た事の無い形は一切打たず、いつの間にか形勢が良くなっていました。
布石で数十手先を読み切る事は不可能ですから、この打ち方は人間的に言えばという事になります。
勘の精度が物凄く高い事が、Masterの最大の特徴です。

Master対棋士 第2回(第1局)

2017年01月18日 23時21分49秒 | Master対棋士シリーズ(完結)
皆様こんばんは。
昨日から「Master」の棋譜紹介を始めましたが、早速間違いが発覚しました。
日本棋院から配布された棋譜を時系列順だと思い込んでいたのですが、実際にはそうではありませんでした。
昨日ご紹介したのは第6局でした!

という訳で、本日は第2回ですが、ご紹介するのは第1局です。
早く第7局まで進めて、正常なタイトルに戻したいですね・・・。
ついでに、対局者の段位も間違っていたようなので訂正しました。



1図(テーマ図)
さて、気を取り直して対局紹介に入りましょう。
黒の棋士は不明潘亭宇初段(中国)、白がMasterです。

左上隅周辺の黒の構えはやや狭く、そこに白AやBと入って行くと、窮屈な思いをする事になります。
そこで、実戦は白△のツケ!
ツケを打つと、大抵はお互いの石が固まる結果になります。
苦労せずに黒地を制限しようという理屈ですね。
なるほどと思いました。

ただ、この手にはさほどの驚きはありませんでした。
確かにこの配置では見た記憶がありませんが、小目への頭ツケ自体は、少なくとも30年ほど前には打たれているのです。





2図(実戦)
黒1以下は真っ先に思い付く対応で、実戦もこう進みました。
すると、黒△が働きの悪い石になっている事が分かります。
左上の黒は完全に生きており、そこから少し地を増やしているだけなのです。

ただ、白8に対して、黒Aから左右を分断できれば黒が良くなります。
黒はそこに期待をかけましたが・・・。





3図(実戦)
結果はこの通りです。
黒は2線をずらずら這った上に、△のコスミまで打たされました。
この手の後続手段は黒Aですが、生きている石と繋がるだけのつまらない手です。
白Bの大場に回られ、早くもリードを許してしまいました。





4図(実戦)
さらに手順が進み、黒△と打った場面です。
とても黒を持つ気はしませんが、勝負が決まるのはまだ先と感じます。
中央の黒が弱い事が気がかりですが、上手く誤魔化せれば、地の勝負に持ち込めるかもしれません。





5図(実戦)
ところが、Masterの打ち回しはシンプルかつ的確でした。
白1以下べたべたと左辺を塗り付け、白11!
この手は下辺一帯の白模様を広げると同時に、中央の黒に迫る一石二鳥の絶好手です。
この瞬間、碁は終わりました。
左辺に黒地が15目ほど増えましたが、小さな問題です。





6図(実戦)
その後、白△と打った場面です。
中央の黒が苦しむ間に、白模様はさらに大きく広がりました。
しかも、中央の黒はまだ生きていません。

黒Aは必死の突入ですが、もはや形勢は大差です。
白はあっさり生かして周辺の地を固め、付け入る隙を与えませんでした。

1手1手を見ると、白は凄い手を打っている訳ではありません。
しかし、重要な地点は決して逃がしません。
これが所謂大局観ですね。
碁の強さにおいて、かなりの部分を占める分野です。

Master対棋士 第1回(第6局)

2017年01月17日 23時59分59秒 | Master対棋士シリーズ(完結)
皆様こんばんは。
突然ですが、今回からブログの運営方針を変更します。
当面は毎日更新を維持しますが、分量は半分ぐらいになる予定です。
頑張り過ぎても良い事はありません。

さて、週刊碁などをご覧頂くとよく分かりますが、AI囲碁ソフト「Master」の新手が、棋士の公式戦に登場し始めていますね。
私にとって、AIは自分の仕事を脅かす敵なのですが、世間でこれだけ注目されている以上、避けては通れません。

それに、自分も棋士の端くれです。
Masterの碁を見ていなかったせいで負けた、という事にでもなったら目も当てられません。
という訳で、止む無く調べているのですが、折角なので皆様にも1局ずつご紹介しましょう。
全60局のご紹介が終わるのは、何か月後でしょうか。

ちなみに、1/22(日)、1/29(日)にMasterの解説会が行われます。
ご興味がおありの方は、ぜひご視聴・ご観覧ください。

また、3/26(日)には一力遼七段AIと対局します。
最適な人選でしょう。
大変な戦いになるでしょうが、ぜひ勝利を収めて欲しいですね。

さて、前置きが長くなりました。
本日ご紹介するのは、Master(Magist)(黒)と李翔宇(Li Xiangyu)二段三段の対局です。
アルファベット表記に慣れないので、対局者名が合っているかどうか、あまり自信がありませんが・・・。



1図(テーマ図)
この碁は大橋拓文六段のブログでも紹介されていましたね。
右上一帯の分かれは、明らかに黒良しです。
何故なら・・・。





2図(形勢判断)
碁では、序盤から1線や2線に石が並ぶことは、なるべく避けるべきです。
石の効率が悪くなってしまうからです。
しかし、この局面はどうでしょうか?

黒石が2線に1つ、1線に1つ、抜かれている石が1つ(これに関しては最も大きなマイナス)です。
一方の白は、2線に9つも石があります。
これは石の効率が大差である事を示しています。

形勢判断には様々な要素があり、この考え方だけでは足りない事もあります。
しかし、重要な判断基準にはなるでしょう。

碁盤全体を見た上での言い方をすれば、このようになります。
「碁盤の右半分は白の石数が多いが、さほど白有利になっていない。
しかし、碁盤の左側は黒石が多く、見た目からして黒が有利な状況。
よって、形勢は黒有利。」





3図(実戦)
白1、3と入って行きましたが、見るからに白が苦しそうです。
白Aと逃げるのでは足が遅いですし、BやCと足を伸ばすのも薄い形で心配です。





4図(実戦)
打つ手に困って選んだ白1、3は、「下手(へた)の両ヅケ」などと言われる悪い打ち方です。
黒8までとなった形は、白1の石が痛み、白3、5、7の所も「空き三角」の愚形です。
何か事情があってこの進行になったのでしょうが、形勢はさらに悪化しました。





5図(実戦)
その後、左上黒△と打った場面を見てみましょう。
白△に注目してください。
この集団、殆ど何の役にも立っていません。
その間に黒は右下、左下でしっかり地を確保し、左上の黒地も大きく盛り上がっています。

ここでも石の効率が大差で、形勢は大差になりました。
この後白Aから暴れましたが、最終的には全て仕留められて投了です。

この碁の白はAI得意の展開にはまり、良い所が無かったですね。
尤も、トップバッターですから止むを得ない所でしょう。<追記>6局目でした。
後から登場する棋士ほど、対策を用意する事ができる分有利です。
長期戦に持ち込む棋士も現れ出すのですが・・・結果はご存知の通りです。