ポチは、親もわからない、ノラ犬でした。
昭和二十年代、三十年代頃には、そこここにノラ犬が闊歩していました。
戦後まもない頃は、ヒトの生活も、闇市などに支えられた貧しい時代でした。
そんな時にでも、イヌをかわいがるヒトはたくさんいました。
だから、ノラ犬も、なんとか食いつなぎながら町なかで生きてこられたのでしょう。
戦争中でさえ、イヌの供出のお達しがあっても、隠してでも愛犬を手放さなかった人々もいたということです。
ポチがS少年の家に住みついた頃、戦後の復興にむけて、日本が進みはじめたその頃。
家と家との間には塀どころか垣根もないような、生活共同体がありました。
板塀の平屋のトイレは、もちろんポッチャンです。
みそや醤油を貸し借りしあう、長屋のようなご近所づきあいでした。
家と家との間には空き地もいっぱいありましたから、道なんて歩かずに、空き地をつっきって、家までの近道を通るのは当たり前でした。
そんな時代でしたから、ポチは、S少年のうちに住みついたとはいえ、当然のことながらお家の外にいました。
保健所に登録もしない、首輪さえしない、半分ノラのような生活です。
ポチは、S少年のおうちにいれば、ねぐらとエサの心配がいらなくなったので、ウロウロしなくてすむようになりました。
それで、居ついただけかもしれません。
でも、ねぐらといったって、えんがわの下にかってにもぐり込んで寝るのです。
エサといっても、ねぎの入ったみそ汁かけご飯をもらえるだけです。
それでも、家族のみんながかわいがってくれるので、ポチは、S少年のうちの子になったつもりだったのでしょう。
ポチにとっては、落ち着けるねぐらとエサと愛情の他には、なにもいらなかったのです。