「古典を読め!特にシェイクスピアを読め!」とINDEC会員に日々檄を飛ばしているゴウ先生であります。そのシェイクスピアの傑作戯曲『ヴェニスの商人』が初めて映画化されたというのです。シェイクスピア俳優としても名高いあのアル・パチーノが絡むというのです。これは、じっとしていられる状態ではありません。
水曜日1000円の特典を活かそうと、封切後最初の水曜日の昨日、テアトル・タイムズスクエアの10時35分からの初回上映にのこのこ出かけました。
ところが、10時20分過ぎに高島屋12階に着いたら、チケットを買うために長蛇の列がすでに出来ているではありませんか!びっくり仰天です。
しかも、完全満席!何回かこの映画館には来たことがありますが、こんなことは初めて。アル・パチーノのせいなのか、ジェレミー・アイアンズのせいなのか。ともあれ、日本におけるシェイクスピア人気の高さを思い知らされたのでした。
とにかく、脚は組めない。肘掛も遠慮しながらしか使えない。巨体のゴウ先生には辛い限りです。「これで面白くなかったらさっさと途中で帰ってやる!」と思って上映を待っていました。始まる前から、この作品、大きなハンディキャップを負わされてしまったのです。かわいそうですが、仕方ありません。有無を言わさず、コチトラを映画の虜にしてくれないと、シェイクスピアが泣いてしまいます。
そうやって身構えていると、予告編がたったの4分!嬉しくなります。この窮屈な状態でくだらない映画の予告編や新宿近辺のつまらない飲食店の広告を延々と見せつけられたら、切れます!
このような複雑な感情が交錯する中、幕を開けた『ヴェニスの商人』。ほとんど原作どおりに進んでいくのに、またもやびっくり!これで映画化する意味があるのだろうかと先行きが不安になります。
しかも、フィルムの状態がいまひとつよくありません。もともとの監督ないしは撮影監督の意図なのか。それとも日本に送られたマザー・フィルムの状態が思わしくないのか。若干甘い絵です。最前列で見ざるを得なかった立場だと、正直きついなあと思わずにはいられませんでした。結果的にも、もっとシャープでハイコントラストな画像の方がこの映画には合っていたと思います。何せ16世紀の華麗な衣装が隠れた主役の映画ですから。
しかし、いざ見はまると映画の魅力に引きずられて、出て行く気には到底なりません。寝不足で小屋に向かったのに、眠るに眠れないのです。それもこれも、アル・パチーノのシャイロックに魅入られたからでした。
『ヴェニスの商人』は、本来シェイクスピア喜劇の代表作であったはず。どの入門書・解説書にもそう書いてあります。なのに、パチーノがシャイロックをやると、この戯曲が『リア王』に匹敵する大悲劇に見えてきます。
もっと直截的に言わせてもらえば、パチーノにかかると、シャイロックがリア王に見えてくるのです。年老いた実力者が、周囲の人びとに裏切られて、孤独な末路を辿るという共通点を思い出させるのであります。
『リア王』の映画化と言えば、わが黒澤明監督の『乱』が頭に浮かびます。あの映画で主役を務めた仲代達矢の風体。まさにそれがパチーノの姿そのものなのです。特に白髪だらけのもじゃもじゃの顎ひげ。監督のマイケル・ラドフォードのイメージにひょっとしたら、仲代があったのでは、と想像するほどでした。
さらに、この映画は、行き過ぎたユダヤ蔑視に対する批判が隠されている気がします。監督がユダヤ人かどうか知りませんが、どう見てもそのように見えてしまうのです。それもパチーノをシャイロックに採用した結果です。
シェイクスピア本人が、『ヴェニスの商人』を反ユダヤ主義の観点から書いたことは間違いありません。強欲なユダヤ人の高利貸しであるシャイロックをいたぶり失意のどん底へと追いやることで、ユダヤ嫌いの当時のイギリス国民におもねろうとした意図が見えます。
しかし、映画では、パチーノの重厚な演技が、かえってその反ユダヤ主義が行き過ぎたものに思われるのです。シャイロックがまさに悲劇のヒーローに見えてくるのです。まさに、『ゴッドファーザーPart II』 や『ゴッドファーザーPart III』のマイケルが年老いてそこに現れるのでした。いつの間にか、マイケルへの感情移入がマフィアへの同情と変わったように、なぜそれほどまでにユダヤ人をいじめるのか!と怒りさえ覚えてくるほどなのです。
とても笑って見られるものではありません。よく知っているストーリーなのに、新鮮でならないのです。
しかも、ラドフォード解釈では、はっきりとホモ関係にあるアントーニオとバッサーニオ。そうした愛情を持つアントーニオをちゃっかり利用するバッサーニオの構図が生々しくて、彼らを含むキリスト教信者たちが憎たらしくてたまらなくなるという寸法です。
もちろん、アントーニオを現代のイギリスを代表する名シェイクスピア俳優ジェレミー・アイアンズが、バッサーニオを『恋におちたシェイクスピア』でシェイクスピアを演じたジョセフ・ファインズという名優たちが演じているがゆえに、さらにユダヤ人の悲惨さが浮き彫りになるのです。
つまり、ラドフォードの意図には、キリスト教原理主義に対する痛烈な批判があるように見えます。それは現代のイラク戦争に見られる構図と同じものです。こうした男たちの愚かさを支える、バッサーニオの妻ポーシャ(リン・コリンズ)の活躍も、何やらどこぞの大統領の尻拭いをする賢夫人を思い出させて、リアルに迫ってきます。
日本では関が原の戦いが起きようとしていた頃、シェイクスピアはこのような400年以上もリアリティを保ち続ける作品を書いていたという事実に脱帽してしまいます。そしてそのことを認識させてくれたこの映画を作り上げたスタッフとキャストに乾杯です。
しかし、映画全体と見れば、もう少し工夫が欲しい気がします。喜劇ではなく悲劇にしたいのならば、裁判の後のシークエンス(原作では第5幕以下)をそのまま映画化するのは気に入りません。あの部分は、観客を笑わせるためのオチの部分です。今回の映画には相応しいとは言えません。
さらに、上気した画質に対する不満もあります。撮影監督ならびに照明担当者に文句を言いたいものです。DVDでは改善されていることを願いたいものです。アメリカではすでに発売されていますから、取り寄せようかと思っています。
というわけで、ゴウ先生ランキング:B-
決して間口の広い映画ではありません。関心がない方には退屈な映画でしょう。しかし、ひとたび関心をもてたらこれは面白い作品です。ぜひとも原作と比較しながらご覧になることをお薦めします。
そこで、原作を読んでみたい方へ。ゴウ先生のお薦め翻訳は、小田島雄志訳です。映画のムードと少し違う和訳に違和感を覚えながら読むと、ラドフォード監督の意図がより鮮明に見えてくる気がします。ともかく、この映画は、原作にない最後のシャイロックが登場するシーンで決まるのですから。
時間がある方は、ぜひどうぞ。
『ヴェニスの商人』公式サイト:http://www.venice-shonin.net/
ゴウ先生ランキング:B+
ゴウ先生ランキング:A
ゴウ先生ランキング:B+
水曜日1000円の特典を活かそうと、封切後最初の水曜日の昨日、テアトル・タイムズスクエアの10時35分からの初回上映にのこのこ出かけました。
ところが、10時20分過ぎに高島屋12階に着いたら、チケットを買うために長蛇の列がすでに出来ているではありませんか!びっくり仰天です。
しかも、完全満席!何回かこの映画館には来たことがありますが、こんなことは初めて。アル・パチーノのせいなのか、ジェレミー・アイアンズのせいなのか。ともあれ、日本におけるシェイクスピア人気の高さを思い知らされたのでした。
とにかく、脚は組めない。肘掛も遠慮しながらしか使えない。巨体のゴウ先生には辛い限りです。「これで面白くなかったらさっさと途中で帰ってやる!」と思って上映を待っていました。始まる前から、この作品、大きなハンディキャップを負わされてしまったのです。かわいそうですが、仕方ありません。有無を言わさず、コチトラを映画の虜にしてくれないと、シェイクスピアが泣いてしまいます。
そうやって身構えていると、予告編がたったの4分!嬉しくなります。この窮屈な状態でくだらない映画の予告編や新宿近辺のつまらない飲食店の広告を延々と見せつけられたら、切れます!
このような複雑な感情が交錯する中、幕を開けた『ヴェニスの商人』。ほとんど原作どおりに進んでいくのに、またもやびっくり!これで映画化する意味があるのだろうかと先行きが不安になります。
しかも、フィルムの状態がいまひとつよくありません。もともとの監督ないしは撮影監督の意図なのか。それとも日本に送られたマザー・フィルムの状態が思わしくないのか。若干甘い絵です。最前列で見ざるを得なかった立場だと、正直きついなあと思わずにはいられませんでした。結果的にも、もっとシャープでハイコントラストな画像の方がこの映画には合っていたと思います。何せ16世紀の華麗な衣装が隠れた主役の映画ですから。
しかし、いざ見はまると映画の魅力に引きずられて、出て行く気には到底なりません。寝不足で小屋に向かったのに、眠るに眠れないのです。それもこれも、アル・パチーノのシャイロックに魅入られたからでした。
『ヴェニスの商人』は、本来シェイクスピア喜劇の代表作であったはず。どの入門書・解説書にもそう書いてあります。なのに、パチーノがシャイロックをやると、この戯曲が『リア王』に匹敵する大悲劇に見えてきます。
もっと直截的に言わせてもらえば、パチーノにかかると、シャイロックがリア王に見えてくるのです。年老いた実力者が、周囲の人びとに裏切られて、孤独な末路を辿るという共通点を思い出させるのであります。
『リア王』の映画化と言えば、わが黒澤明監督の『乱』が頭に浮かびます。あの映画で主役を務めた仲代達矢の風体。まさにそれがパチーノの姿そのものなのです。特に白髪だらけのもじゃもじゃの顎ひげ。監督のマイケル・ラドフォードのイメージにひょっとしたら、仲代があったのでは、と想像するほどでした。
さらに、この映画は、行き過ぎたユダヤ蔑視に対する批判が隠されている気がします。監督がユダヤ人かどうか知りませんが、どう見てもそのように見えてしまうのです。それもパチーノをシャイロックに採用した結果です。
シェイクスピア本人が、『ヴェニスの商人』を反ユダヤ主義の観点から書いたことは間違いありません。強欲なユダヤ人の高利貸しであるシャイロックをいたぶり失意のどん底へと追いやることで、ユダヤ嫌いの当時のイギリス国民におもねろうとした意図が見えます。
しかし、映画では、パチーノの重厚な演技が、かえってその反ユダヤ主義が行き過ぎたものに思われるのです。シャイロックがまさに悲劇のヒーローに見えてくるのです。まさに、『ゴッドファーザーPart II』 や『ゴッドファーザーPart III』のマイケルが年老いてそこに現れるのでした。いつの間にか、マイケルへの感情移入がマフィアへの同情と変わったように、なぜそれほどまでにユダヤ人をいじめるのか!と怒りさえ覚えてくるほどなのです。
とても笑って見られるものではありません。よく知っているストーリーなのに、新鮮でならないのです。
しかも、ラドフォード解釈では、はっきりとホモ関係にあるアントーニオとバッサーニオ。そうした愛情を持つアントーニオをちゃっかり利用するバッサーニオの構図が生々しくて、彼らを含むキリスト教信者たちが憎たらしくてたまらなくなるという寸法です。
もちろん、アントーニオを現代のイギリスを代表する名シェイクスピア俳優ジェレミー・アイアンズが、バッサーニオを『恋におちたシェイクスピア』でシェイクスピアを演じたジョセフ・ファインズという名優たちが演じているがゆえに、さらにユダヤ人の悲惨さが浮き彫りになるのです。
つまり、ラドフォードの意図には、キリスト教原理主義に対する痛烈な批判があるように見えます。それは現代のイラク戦争に見られる構図と同じものです。こうした男たちの愚かさを支える、バッサーニオの妻ポーシャ(リン・コリンズ)の活躍も、何やらどこぞの大統領の尻拭いをする賢夫人を思い出させて、リアルに迫ってきます。
日本では関が原の戦いが起きようとしていた頃、シェイクスピアはこのような400年以上もリアリティを保ち続ける作品を書いていたという事実に脱帽してしまいます。そしてそのことを認識させてくれたこの映画を作り上げたスタッフとキャストに乾杯です。
しかし、映画全体と見れば、もう少し工夫が欲しい気がします。喜劇ではなく悲劇にしたいのならば、裁判の後のシークエンス(原作では第5幕以下)をそのまま映画化するのは気に入りません。あの部分は、観客を笑わせるためのオチの部分です。今回の映画には相応しいとは言えません。
さらに、上気した画質に対する不満もあります。撮影監督ならびに照明担当者に文句を言いたいものです。DVDでは改善されていることを願いたいものです。アメリカではすでに発売されていますから、取り寄せようかと思っています。
というわけで、ゴウ先生ランキング:B-
決して間口の広い映画ではありません。関心がない方には退屈な映画でしょう。しかし、ひとたび関心をもてたらこれは面白い作品です。ぜひとも原作と比較しながらご覧になることをお薦めします。
そこで、原作を読んでみたい方へ。ゴウ先生のお薦め翻訳は、小田島雄志訳です。映画のムードと少し違う和訳に違和感を覚えながら読むと、ラドフォード監督の意図がより鮮明に見えてくる気がします。ともかく、この映画は、原作にない最後のシャイロックが登場するシーンで決まるのですから。
ヴェニスの商人 シェイクスピア全集 〔14〕 白水Uブックス白水社このアイテムの詳細を見る |
時間がある方は、ぜひどうぞ。
『ヴェニスの商人』公式サイト:http://www.venice-shonin.net/
乱東宝このアイテムの詳細を見る |
ゴウ先生ランキング:B+
ゴッドファーザーDVDコレクションビクターエンターテインメント/CIC・ビクタービデオこのアイテムの詳細を見る |
ゴウ先生ランキング:A
恋におちたシェイクスピアユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパンこのアイテムの詳細を見る |
ゴウ先生ランキング:B+
私の言いたい事をすべて言ってくださっているようなレビューでした!
あの指輪のエピソードは楽しいですが、なくてもいいのかな~なんて思っていましたので。
大河ドラマの「功名が辻」を見ながら、「ヴェニスの商人」は同じ頃の話だよな~と思っていたので、あらためてシェイクスピアには脱帽してしまいました。
感想をアップしたので、TBさせていただきましたデス。
よ~し!バンバン図書館通いしようっと!!
ではまた、遊びに来ます!!!!!
>あんさん、遊びに行かせてもらいます。
>マダムSさん、勉強になりました。DVDを取り寄せて、比較してみます。
皆さん、これからもよろしくお願いします。
中世のヴェニスの町並み、衣装、調度品などどれをとってもうっとりするほどで、内容はもちろんですが、映像の美しさにも十分満足したのですが・・
たまたま先生がご覧になった新宿の映画館は もともとオムニマックス用のスクリーンですし、一番前の座席にお座りになったということですから、尚更キメも荒く見えてしまったのではないかと・・ご同情申し上げます。
是非DVD化されたら比較なさってみて下さいね そしてこの作品の美術面も堪能される事を願っています。