ハミングバード【hummingbird】
アマツバメ目ハチドリ科の鳥の総称。南北アメリカの主として熱帯地方にすむ。鳥類中最も小形で、体重2~9グラム程度のものが多い。
ハチのように高速で羽ばたき、空中に停止して花の蜜を吸う。
ハチドリ ― 魅惑的な鳥の曲芸師
目ざめよ! 1980-6/8
小さなにじ色の生き物が急降下します。と,突然,ハイビスカスのピンクの花の前でぴたりと止まり,空中に浮いたようになります。
ぱっと前進したかと思うと,そのまま後退し,再び突進して,その細長いくちばしを花の中に突っ込みます。翼の輪郭はおぼろげにしか見えません。
そしてブンブンという虫の羽音に似た音を立てています。その生き物はさっと横へ飛び,それからまっすぐ上昇し,あっという間に姿を消します。
この魅惑的な鳥の曲芸師は,神がわたしたちを楽しませるために備えてくださった生き物の一つ,ハチドリです。
ハチドリという名前はその翼の音に由来しています。ハチドリは花から花へ飛び回るので,ブラジルでは,「花に口づけする鳥」と呼ばれています。
見事な空中の離れ業
1分たつかたたないうちに,どこからともなくもう一羽のハチドリが飛び込んで来ました。ハチドリがこれほど見ごとな飛行家なのはなぜでしょうか。
際立っているのは,普通全体重の25%から30%を占めている,その翼の筋肉です。鳥はたいてい翼を上下に動かしますが,ハチドリはそうではありません。
他に例を見ないその小さな翼はオールのように一点を軸にして前後に動くのです。ヘリコプターの回転翼のように旋回はしませんが,それととてもよく似た働きをします。
例えば,ヘリコプターが前後に動くとき回転翼が傾きますが,ハチドリの場合も同じで,翼が傾くのです。
ほかの鳥も体を動かさず中空に浮かんでいることができますが,ハチドリはその道の達人です。そればかりか,即座にまっすぐ上へ飛べるのはハチドリだけです。
そして,後ろ向きに飛ぶことについてはどうでしょうか。それができる鳥はハチドリのほかにはいません。翼の水平面を後方に傾ければよいのです。ブーン! ハチドリがもう一羽飛んで行きます。
ハチドリのはばたきの速度が速いのには全く驚かされます。一番速いハチドリは1秒間に90回余りもはばたくことがあります。また,体重が2㌘以下のカリフロックス・アメシスティナの場合1秒間に80回はばたくことが知られています。
それとは対照的に,オオハチドリという大型のハチドリは1秒間に8回から10回しかはばたきません。驚いたことに,それは,もっと大きな鳥が1秒間にはばたく回数よりも少ないのです。
ハチドリは全くすばらしい軽業師です。特に求愛の時,雄鳥は目もくらむような妙技をして見せます。北アメリカにいるルビー色ののどをしたハチドリがつがう時に行なう魅力的な“空中ダンス”について,作家のC・H・グリーネワルトは次のように述べています。
「雌は……地面にごく近い枝に留まる。雄は空中高く舞い上がり,驚嘆している未来の花嫁のまん前まで急降下し,それからさっと舞い上がり,雌の居るところを底辺にしてU字を描く。
「それが行なわれるとき,雌は,雄のにじ色に輝く羽色が見えるような位置を選ぶ。あるいは雄が雌のためにその位置を選ぶこともある。こうして,雌は雄の空中曲芸ばかりか美しい色彩をも楽しむのである」。
全身これエネルギーの塊
これまでに測定された結果では,普通の飛行速度は時速85㌔という驚くべき速さで,最高時速は114㌔余りです。さらに驚異的なのは非常に遠い距離を飛んで渡りをするハチドリです。
北アメリカにいる3種類のハチドリのうちルビー色ののどをした鳥と赤かっ色の烏は冬の住みかまで3,200㌔移動し,広い尾を持つハチドリはメキシコ南部から米国コロラド州とワイオミング州のロッキー山脈まで2,400㌔から3,200㌔飛びます。
体長がわずか7.5㌢であることを考えると,そんなに小さな鳥がどうしてそれほど遠くまで飛べるのだろうと不思議に思えるのはもっともなことです。
もっと驚嘆すべきことがあります。ルビー色ののどをしたハチドリは800㌔の距離をノンストップで飛行し,メキシコ湾を一っ飛びに横断すると考えられているのです。
そのハチドリたちは,ノンストップの飛行をする前に通常の体重の半分の重さまで,燃料となる脂肪を蓄える特別な能力を与えられています。
ハチドリの消費するエネルギーの量には人間も舌を巻いてしまいます。グリーネワルトによれば,ハチドリは通常一日3,500カロリーほどを消費しますが,それは体重77㌔の男性が一日に消費するエネルギーの量に相当します。
ハチドリに対抗するには,人間は約15万5,000カロリーを消費しなければなりません。それは,1日にハンバーグステーキを129㌔も食べることに相当します。
食物について言えば,ハチドリは言うまでもなく食欲が旺盛です。主なエネルギー源として糖分を取り,たんぱく質源として虫とか小さなくもを食べて,毎日体重の半分に相当する量の糖分を消費します。
ですから,1日に50回から60回も蜜で食事をしてもまだまだ十分ではないのです。1日中花の周りを飛び回って,10分から15分ごとに軽い食事を取るためねらいを定めているハチドリの姿が見られるのも不思議ではありません。
鳥の世界の宝石
ハチドリには分類されている種類が319種ありますが,そのすべてはアラスカからティエラデルフエゴに至る南北両アメリカ大陸とその近隣の島々に住んでいます。
その分布は主に南アメリカの熱帯地方と中央アメリカに集中しており,最も多いのが163種類いるエクアドルです。ブラジルには少なくとも105種類のハチドリがいます。
一番小型のハチドリで,鳥の世界でも最も小さな鳥はキューバのマメハチドリです。体長はわずか5㌢ですから,大きなマルハナバチと同じ位の大きさです。最も大きなハチドリであるオオハチドリは体長が12.5ないし15センチに達します。
ルビー色ののどをしたハチドリの雄は,日に当たるとルビーのように輝くのどがご自慢です。のどのところがそのような光沢のある色をしているハチドリは少しも珍しくありません。雄の成鳥だけが金属光沢の明るい色をしている種類もあります。
もっとも,雄に劣らず美しい羽をしている目のさめるような雌もいます。
ハチドリが光沢のある色に見えるのは,色素によるのではなく,羽の構造によります。ダイヤモンドの場合,光線をにじ色に分光しますが,それと同様にハチドリの場合も,
光が観察者の後方から差して羽に直接当たらなければ羽がにじ色に輝くのを見ることはできません。しかも,それはほんの一瞬の間で,鳥が首をちょっとかしげると光沢はたちまち消えてしまいます。その上,羽の生え方も種々様々です。光沢のある長い尾をしていて,花から花へ突進すると,その尾が信号旗のようにはためくというハチドリもいれば,脚のわた毛の房を見せびらかしているハチドリもあります。また,口の両脇にほおひげのような羽を付けた,いきな格好のハチドリもいます。
さらに,くちばしも実に変化に富んでいます。例えば,アンデス山中に生息するヤリハシハチドリなどは,くちばしが飛んでいるようだ,と形容されます。
その反対にラムフミクロン ミクロリンクムは珍しい紫色の背中をしていますが,くちばしは一番貧弱で,へん平な花向きに作られています。一方,長い曲がったくちばしを持つハチドリは奥行きのあるらっぱ状の花をよく訪れますが,それはもっともなことです。
1962年にアウグスト・ルシというブラジルの動物学者はペルーのアンデス山地で目のさめるようなラケットハチドリ(Loddigesia mirabilis)を再発見して捕獲しました。
この魅惑的な鳥は非常に数が少ないので,絶滅したと考えられていました。求愛の時,ハンサムな雄は,二つの繊細で美しい尾を体の下に巻き込み,ラケットの形をした先端の部分で顔を包みながら,うっとりしている雌の前で舞います。
習性その他
ハチドリを観察したことのある人ならすぐにうなずかれることですが,ハチドリは華麗で,けんか好きで,好奇心が強く,大胆不敵です。えさをくれる人のそばへ行って,砂糖水を吸います。あなたの手からえさを食べることさえするかもしれません。ハチドリはほかの鳥から自分のなわ張りを守ろうとします。それが仲間のハチドリでも容赦しません。カラスがいるとその頭の周りをブンブン飛んで勇敢に攻撃し,ついにそれを追い払ってしまうのです。たかと小ぜり合いをしているのが観察されたこともあります。たかはハチドリより100倍も大きな体をしていますが,すごすごと退却します。花の咲きみだれる一つの茂みでたまたま出会った二羽のハチドリは,くちばしでつつき合ったり追い払い合ったりします。
ハチドリは空中で生活します。つまり木の枝には留まりますが,地面に降りることは決してありません。水浴びも飛びながらします。池に飛び込んだり,滝や露でぬれた木の葉の間をくぐったりするのです。
ハチドリは非常に美しい鳥ですが,隠すことのできない一つの“欠陥”を持っています。スキステス ジェフロイを除いて,どのハチドリも聞くに堪えるような声をしていないのです。
ハチドリたちののど自慢では,すずめが割り込んでも一等賞を獲得することでしょう。調子はずれの鳴き声を立てるハチドリもいますが,悲しいかな,おせじにも美しいとは言えません。
ハチドリは確かに人目を引く小さな生き物です。活発で,大胆不敵で,おまけにけんか好きです。他に類のないほど変化に富むその色彩と形は時間をかけて観察するだけの価値が十分にあります。
本来の生息地にいるハチドリを観察した人なら,ハチドリが魅惑的な鳥の曲芸師であることにすぐ同意されるに違いありません。
*画像は無料フリー素材