食品添加物よりおそろしいのは「家庭の台所」だ
松永 和紀(まつなが・わき)科学ジャーナリスト
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https://president.jp/articles/-/30078
一部引用
■食品添加物よりも「手作り」がこわい場合も
私はこの十数年、多くの生協の依頼を受けて食の安全に関する連載を広報誌に執筆し、勉強会の講師を務めてきました。
痛感するのは、料理をして家族の健康を支える女性たちの抱える複雑な思いです。
科学的なデータは、手作りが必ずしも高い安全性や品質にはつながらないこと、
食品添加物を気にするよりも心配すべきことがあることを明確に示しています。罪悪感に苛まれる必要はありません。
たとえば、おにぎり。「素手でにぎらなければ価値がない」とした女性誌の記事が昨年、世間を賑わせました。
「昔からおにぎりは手で握るものだった。手の常在菌が付くから発酵食品となり意味がある」という記事に対して、
「おにぎりによる黄色ブドウ球菌食中毒を知らないのか!?」という指摘がSNSで相次ぎました。
黄色ブドウ球菌は、健康な人でものどや鼻の中に持っており、手指の切り傷で増殖しやすい菌です。
手指の小さな傷を気にせず素手で調理すると、食中毒を引き起こします。
黄色ブドウ球菌の食中毒は多くの場合、おう吐や腹痛などの軽い症状で済みます。
したがって、食中毒が多発して数十人、数百人と死んでいたような昔は、おにぎりで少々あたってもだれも気にしなかっただけなのです。
こう書くと、「昔は、塩辛い梅干しを入れていたから食中毒を防止できていた」と言い出す人が必ずいますが、それも間違い。
梅干しの抗菌効果は、ほんのわずか、それも梅干しのごく近くだけです。
結局、「昔はよかった」という郷愁が、「昔は安全だった」という思い込みにつながっています。
■添加物なくしてツナマヨおにぎりなし
現在、報告される食中毒死亡者は年間数人程度。食品工場の衛生管理のレベルは著しく向上しています。
作業者は手袋をして調理加工を行っており、おにぎりであれば、機械が成形します。
中の具材は、ツナマヨネーズなど品質が変わりやすいものが人気のため、食品添加物も用いて日持ちを向上させています。
添加物がなければ、ツナマヨネーズ入りのおにぎりは、家庭で作ってすぐに食べるしかありません。
しかし、添加物のおかげでコンビニエンスストアなどの店頭に一定時間並べられ、私たちは気軽に購入して食べることができます。
■添加物には厳しい安全性審査がある
では、食品添加物の安全性はどのように守られているのでしょうか?
食品添加物に指定されて許可されるには、図表1のような試験で問題がないことが確認されなければなりません。
人体実験はできませんので、主に動物を用いて試験をします。
動物と人では代謝のメカニズムが異なる部分もあり、それを補うためによく似た化学構造を持つ医薬品や天然物質などの人への影響を調べた研究結果なども考慮します。
日本では、内閣府食品安全委員会がさまざまなデータを集めて詳細な検討を行い、問題ないと判断したものだけが使用を認められます。
厚生労働省が、添加物ごとに使い方や使用量、残留する場合の規格基準等を決め、事業者はそれらを守って使用しています。
「添加物は、悪い原材料をごまかすために使われる」というのは、よく聞かれる話です。
しかし、添加物の使用量には多くの場合、上限があり、品質をごまかすほどの量は使えません。
また、食品の原材料価格がかなり安い一方、添加物はおしなべて高価。添加物は、品質の保持や向上、安全性確保などのために使われるのです。
■食中毒を防ぐ発色剤がゆがんだ報道で誤解されている
ハムやソーセージなど加工肉によく使われる発色剤の亜硝酸塩は、色をよくし肉の臭みを消します。
さらに、ボツリヌス菌の増殖抑制効果がある、とされています。ボツリヌス菌は自然界に普通にいる菌ですが、非常に強い毒素を作り食べると死亡する場合があります。
ハムやソーセージなどの加工肉は、国際がん研究機関(IARC)からグループ1(人に発がん性がある)に分類されているため、
「発色剤の亜硝酸塩によりがんになる」という情報が雑誌などにしばしば掲載されます。
しかし、これも間違い。
たしかに、欧米での調査研究で、加工肉の摂取量の多い人たちでは大腸がんのリスクが高くなっていますが、日本人の調査では、がんリスクの上昇はみられません。
というのも、日本人の加工肉摂取量は、欧米に比べれば非常に少ないのです。
■「山パンは添加物まみれ」は大きな誤解
食品業界で有名な話があります。「私が家でパンを焼くと、すぐにカビが生えるのに、ヤマザキのパンはカビが生えない。
食品添加物まみれに決まっている」と主張した女性に対して、「手作りパンにカビが生えるのは、あなたの台所が汚いからです」
と鈴鹿医療科学大の長村洋一教授が一喝した、というエピソードです。
大企業の食品工場では通常、粘着テープで髪の毛など大きなごみを取ったうえで、風を吹き付ける装置の中に入ってカビの胞子なども吹き飛ばしてから作業するのが一般的だ
家庭の台所では、カビの胞子は飛び放題。シンクや調理台には確実に細菌がいます。
この女性の台所が汚いのではなく、どの家庭の台所もどんなに掃除していても、清潔とは言いがたいのです。
一方、食品企業、特に大企業の工場は、作業室内の圧力を上げて、外から菌やカビの胞子が入り込みにくいようにしています。
作業者は作業着や帽子、マスク、手袋等を身につけ、風でごみやカビの胞子等を吹き飛ばしてから入室し、作業しています。
製造後は、毎日掃除や消毒も怠らず、細菌が残っていないか調べる検査も高い頻度で行っています。
山崎製パンのパンにカビが生えにくいのは、こうした環境で製造し、急速冷却してすぐに包装するためです。
このような加工食品の実態が、知られていません。
■添加物は安全性試験に合格したエリート
国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長の畝山智香子さんは断言します。
「保存料を気にする人が大変多いのですが、食品のリスクについては食品添加物の保存料より微生物による食中毒のほうが圧倒的にリスクが高いです。
適正に使用されている食品添加物が原因で病気になったという報告は近年は全くないのに、微生物による食中毒は毎日のように発生しています」
松永 和紀(まつなが・わき)
科学ジャーナリスト
京都大学大学院農学研究科修士課程修了。毎日新聞社の記者を経て独立。
食品の安全性や環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。
主な著書は『効かない健康食品 危ない自然・天然』(光文社新書)、
『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(同、科学ジャーナリスト賞受賞)など。